其の六十Ⅳ「昇降路の蓋の下で」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
私はあまりお酒の飲めないタイプですが、お酒そのものは嫌いではありません。
特にオシャレなBARの雰囲気が大好きで、年に数回、お気に入りのお店に足を運びます。
柔らかく静かな照明、グラスの奏でる音、低く流れるジャズ音楽──その空間に身を置くだけで、日常から切り離されたような、おしゃれな感覚になるのです。
そんなある夜、BARで顔を合わせた若いマッチョな男性から聞いた話が、今でも忘れられません。
マッチョだけに筋肉の話でもするのかと思いきや、彼が語り始めたのは、彼の通っていた大学で囁かれている「怖い噂話」でした。
彼の話によれば、その大学の地下には古い洞窟があるそうです。
地下道の奥にはさらに下へ降りるための昇降路があり、そこは古い木で作られた蓋で閉じられている。その蓋を開けると──そこには昇降路から溢れんばかりの大量の虫がいるらしいのです。
ただ、その虫の様子がおかしい。
彼自身は見たことがないそうですが、噂によれば、その虫はこの世のものとは思えない異様な姿をしているのだとか。
私は虫が苦手です。話を聞いただけで背筋どころか全身がゾゾゾと冷たくなるのを感じていました。
しかし彼はそれを気にすることなく、その異様な虫の姿を事細かに説明し始めました。
彼の語るその虫は、細長く歪んだ体に半透明の殻をまとい、内部から赤黒い液を滴らせている。
片側だけで数十本もの不揃いな脚を持ち、壁や床を這うように叩いて「シャコシャコ」と異様な音を響かせる。
頭部はぐしゃりと潰されたように平たく歪な形をしていて、そこには白濁した無数の眼が散らばり、ぐるぐるとねじれた長い触角が何かを探すかのようにピクピクと痙攣している……。
それらが数え切れぬほど重なり合い、羽音や甲高い擦過音が混じり合って異様な合唱となり、地下道を満たす。そこにライトを向ければ赤黒い液が光を反射し、それはまるで血のようにも見える……。
そんなものを目にすれば、誰だってその場に立ち尽くし、背筋をゾゾゾと冷たくするでしょう。
彼は続けました。
「地下道に潜むあの虫群は、ただの虫じゃない。もしかすると異界から滲み出してきた存在で、蓋をされた昇降路の先へ行こうとする者に『ここから先は人が足を踏み入れてはいけない』と警告しているのかもしれない……信じるか信じないかは、風間さん次第です。」
最後に彼はニヤリと笑い、某都市伝説番組のような台詞で話を閉じました。
それが何だか癇に障るように感じながらも、怖い作り話を書いている私は「いいネタを得られた」と肯定的に脳内変換をしたのでした。
彼はどこの大学に通っていたかという話はしませんでした。
でもこの話、ネットで調べればすぐにどこの大学の噂か分かるのかもしれません。
でも私は、調べませんでした。だって──私は虫が大の苦手ですから。
これがBARで出会ったマッチョな若い男性から聞いた、噂話。
この話、作り話のように思えますが、実は本当の話なのです。




