其の六十参「誇張されたトンネルの噂」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これから広まるかもしれない怖い作り話を書くようになってから、読者の方から時々、怖い体験談を送っていただけることがあります。(ありがとうございます)
今日のお話は、読者Nさん(20代女性)から頂いたもの。
結論を先に言えば、友人が心霊スポットで幽霊を見たという話でした。
その結末に私は思わず「幽霊も大変ね」と苦笑いを浮かべてしまいました。
それはこんなお話。
3年ほど前、Nさんが大学生だった頃の夏。仲の良い男女5人──男性3人、女性2人──で、有名な心霊スポットに肝試しに行こうという話になり、彼らは深夜、車を走らせてそこに向かいました。
運転するのは車の持ち主Aくん。助手席にはNさんの友人Mさん。後部座席にはBくん、Cくん、そしてNさん。5人乗りのセダンに乗り込み、笑いながら会話をしていたものの、車内にはどこか緊張した空気が漂っていました。
この中の一人、Bくんは霊感の強い「見える人」でした。彼らはそのことを知っていて、Bくんが「ここは本当にヤバい」と言えば、その場には近づかないか、すぐに帰るようにしていたそうです。そんなBくんが、今回行く心霊スポットについては珍しく「ここは大丈夫」と言ったのです。
その場所は山間にある古いトンネル。噂によれば、そこには右手に包丁、左手に斧を持った若い男性の幽霊が、恐ろしい表情を浮かべて立っている。夜中2時2分にそこを通過すると、両手の武器を振りかざしながら鬼の形相で追いかけてくる。そして斬りつけられた場所は数日以内に失うことになる──腕なら腕を、足なら足を、頭なら命を。地元の人々は口を揃えて「見えたら終わり」と言い、その時間には近づかないという話でした。
車は進み、深夜2時1分。トンネルが近づいてきます。Cくん、Mさん、Nさんは緊張しながら周囲を見回し、Aくんはハンドルを強く握りしめ、前方を凝視していました。
そしてトンネルの半ば。時間は深夜2時2分。緊張は最高潮に達します。
その瞬間、Bくんがけろっとした顔で言いました。
「あ、いたね。」
あまりに落ち着いたその言葉に、Aくん、Cくん、Nさん、Mさんは悲鳴を上げました。Aくんはアクセルを踏み込み、一気にトンネルの出口へと車を走らせました。
トンネルを抜けて少し進んだところに広い退避場があり、車を停めたAくんは慌ててBくんに尋ねました。幽霊が付いてきていないか、と。
「大丈夫だよ。」
Bくんは落ち着いた声で答えました。
しかし、Bくん以外の4人は震えが止まりません。あの「あ、いたね。」の一言が、あまりにも恐ろしかったのです。
Bくんは続けました。
「あそこに霊は確かに立っていたよ。でも、立っているだけ。ここのトンネルは心霊スポットだけど、そんな怖い幽霊はいないよ。」
それに対してCくんは苛立ったように言いました。
「じゃあ、ここの怖い話は?あれは嘘なのかよ!」
「うん、そうだね。きっと、ここに幽霊が出るという話が伝わっていくうちに、それがどんどん誇張されて、今みたいに呪われるとか言われるようになったんじゃないかな。」
その言葉に、Nさんたちは胸を撫で下ろしました。けれど、Bくんはさらに続けました。
「ここは話が誇張された場所だったけど……でも、中には本物もあるから、気を付けないといけないけどね。」
Bくんの話では、そのトンネルの半ばにいた幽霊は、ただぼんやりと立っているだけだったそうです。何もせず、動くこともなく、ただそこにいるだけの白い影。
「ある意味、ここにいた幽霊さん、可哀想だね。ただ立っているだけなのに、包丁と斧を持っていて、鬼の形相で追いかけてくるとか、無茶苦茶誇張されちゃって。」
Bくんはそう言ってニッコリと笑いました。けれど、Nさんはその笑顔が何だか怖く感じたそうです。
これが、読者Nさんの体験談です。
私はこのメールを読みながら、思わず「幽霊も大変ね」と苦笑いを浮かべました。そこに立っていただけのはずなのに、いつの間にか恐ろしい存在にされてしまう。もしその幽霊が噂を知ったら、どう思うのでしょう。
そしてもう一つ。誇張されていく人の噂。それが本当に危険な心霊スポットを隠してしまうというBくんの言葉。
本当に怖いのは、幽霊よりも人の噂の方かもしれない。
私はそんなことを思いながら、メールを閉じました。
あまりお勧めはしませんが、心霊スポットに行くときは、その場所が誇張された噂なのか、それとも本物なのか──よく注意してください。
この話、本当なので。




