其の六十弐「犯人は現場に戻される」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
犯人は現場に戻る──そんな言葉があります。しかし、あれは迷信だと私は思っています。
人を殺した人間は、決してその現場には近寄らない。
私はそう思っていたのですが……これは、私が聞いた、ある事件の話です。
◇◆◇
それは一本の電話から始まりました。
「白骨死体がある」──そう警察に通報があったのです。
発見された場所は、長年使われていない観光地の土産物売り場の倉庫。
通報したのは、廃墟マニアを名乗る遠方の男性でした。
彼は様々な廃墟を見て回ることを趣味にしていたらしく、 その日も廃墟巡りをしている中、偶然この建物を見つけ、入り口の鍵が開いていることに気付いた。興味本位で中に入ったところ、倉庫の奥で白骨化した死体を見つけ、警察に通報した──そう説明していました。
ここから、これは死体遺棄事件として捜査が始まりました。
それから一年後。犯人は逮捕されました。
犯人は──廃墟マニアを名乗る第一発見者の男性でした。
◇◆◇
なぜ、犯人はわざわざ自分が死体を遺棄した現場に戻り、警察に通報したのか。
普通なら、そんなことはしないはずです。
人を殺した人間は、決してその現場には近寄らない。それなのに彼は戻り、そして通報した。
なぜよりによって犯人は、自分が死体を遺棄した場所に戻ったのか。それはなぜなのか?
私はこんな想像をしました。
もしかすると犯人は、被害者の幽霊に導かれて、思ってもいない行動をさせられたのではないか。
犯人が現場であるその倉庫の前に立ったとき、背筋にゾゾゾと冷たいものが走ったのではないか。
そして、気付けば足が勝手に動き、扉を開けていたのではないか。
中に入ると、そこには被害者の白骨死体。自分が遺棄したはずの死体が、まるで「おかえり」と言わんばかりに目の前に現れた。
その瞬間、犯人は逃げることもできず、何故かその手が勝手に動いて、警察に電話をかけていた……
幽霊は存在しない──そう言う人もいます。
しかし、この話を思い返すと、私はどうしても「幽霊の仕業ではないか」と考えてしまうのです。
犯人は、被害者の幽霊に導かれて現場へ戻った。そして、自らの罪を暴露するように通報させられた。
それは、被害者の怨念だったのかもしれません。あるいは、現場そのものに染み付いた「何か」が犯人を引き寄せたのかもしれません。
この事件を知ってから、私は「犯人は現場に戻る」という言葉を単なる迷信だと片付けられなくなりました。 確かに、普通の人間なら現場には戻らない。戻りたいはずがありません。
しかし、もしそこに「人ならざるものの見えない力」が関わっているとしたら──。
犯人は現場に戻る──その真相は、犯人が自分の意思ではなく幽霊に導かれて戻らされるのではないか?
なぜ犯人は戻ったのか。 なぜ通報したのか。
答えは分かりません。 しかし、私はこう考えています。
──きっと犯人は、被害者の幽霊に呼ばれていたのだと。
これは、私が聞いた、ある事件の話です。
この話、ただの作り話のように思えるかもしれません。
けれど、この話は、本当なんです。




