其の六十「忘却の夏休み」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、この「これから広まるかもしれない怖い作り話」の読者さんから頂いたダイレクトメールにつづられた、怖い体験談のお話です。
(DM及び掲載許可をいただき、ありがとうございました)
それは、読者さんが小学生だった頃の出来事でした。
◇◆◇
風間先生、こんにちわ。
いつも「これから広まるかもしれない怖い作り話」を楽しみに読ませていただいています。
どの話も、どこまでが本当で、どこからが作り話なのかと考えさせられ、
毎回、背筋がゾゾゾとしています──先生の決まり文句ですね(笑)。
もしよろしければ、僕の怖い体験を聞いていただきたく、今回DMさせていただきました。
それはこんな話です。
◇◆◇
あれは小学校五年の夏休み。僕は友人五人と「肝試しをやらないか?」という話になりました。
僕たちの住む田舎町の観光地(場所は伏せます)付近に、廃業した旅館がありました。
通称「幽霊旅館」。
学校の中で評判の、「お化けが住んでいる」という噂の建物。ですが、ここは先生たちから「絶対に行ってはいけない」と言われている場所でした。
理由は三年前の事故。
肝試しに行った子供三人が老朽化した床を踏み抜き、大怪我をしたというのです。
しかし「行ってはいけない」と言われる場所ほど、子供にとっては好奇心をくすぐるもの。
僕たちは「建物の中に入らなければ大丈夫だろう」と考え、その旅館を見に行くことを夏の肝試しに決めました。
◇◆◇
とはいえ僕たちは小学生。夜に出歩くことはできません。ですが、その旅館は山間にあり、夏でも午後三時を過ぎれば日が陰り、薄暗くなる。そこで僕たちはその時間を狙うことにしました。
「観光地に遊びに行く」と親に告げ、昼頃に出発。自転車で山間の観光道路を走るのは涼しく、気持ちのいいものでした。
やがて目的地の幽霊旅館へ続く道の入り口に到着。周囲を確認し、車が来ていないことを確かめると、僕たちは一斉に自転車でその道へ入っていきました。
舗装されていない道でしたが、意外にしっかりしていて、タイヤも空転せずに進んでいけます。五分ほどで道は開け、目の前に噂の「幽霊旅館」が姿を現しました。
窓ガラスは所々割れていましたが、思ったよりしっかりした建物。おどろおどろしい雰囲気満点の廃墟を想像していた僕たちは、少し拍子抜けしました。
しかし、何故かここで僕たち全員が同じ思いを抱いていました。
「中に入ってみたい」
言葉にせずとも、五人で顔を見合わせ、コクリと頷く。それが暗黙の合図となり、僕たちは入口の硬くなった引き戸をズズッと開け、一歩足を踏み入れました。
そして──気付いたときには、病院でした。
◇◆◇
建物に足を踏み入れた瞬間までは覚えています。しかし、その後の記憶は五人全員にありません。気付けば病院のベッドに横たわっていたのです。
当然、親や先生からこっぴどく叱られました。ですが同時に「これで済んでよかった」と安堵の表情を浮かべる大人たちの姿もありました。
一体何が起こったのか。僕たち五人は全く覚えていませんし、思い出すこともできませんでした。
◇◆◇
その後、僕たちは三年前の事故の真相を知ることになります。
三年前、幽霊旅館に入った三人の子供は、大怪我をしたのではなかった。実際には三人とも、地元から遠い病院に今も強制入院させられている。
彼らは旅館の中で「言葉に出来ないほどの何か」を見て錯乱状態で発見され、恐怖で精神を病んでしまったのです。だからこそ、この場所は「行ってはいけない」とされていたのでした。
僕たち五人がなぜ無事だったのかは分かりません。ですが、その後幽霊旅館へ続く道の入り口は閉鎖され、建物を見に行くこともできなくなりました。
◇◆◇
あれから二十年。今となってはその建物がどうなっているかは分かりません。
ただ、毎年夏になるとこの出来事を思い出し、あのとき何を見たのかと考えてしまいます。
そして今回、先生の怖い作り話「其の四十Ⅵ 曲がり角」を読んだとき、僕は「そうなのかもしれない」と感じ、DMを送らせていただきました。
想像を絶する恐怖体験をしたとき、脳はその記憶を思い出せなくすることでトラウマを回避する。
先生、「其の四十六:曲がり角」は本当は作り話ではなく、先生が本当に体験した話ではないですか?
◇◆◇
これが、頂いたダイレクトメールの内容です。
これを読んだ私は、背筋がゾゾゾとすると同時に、なかなか鋭い読者さんだなと、思わずニヤリとしてしまいました。
彼の恐怖体験は相当なものだったのでしょう。脳が記憶を封じるほどの出来事。
そして私も……
この話、本当なんです。




