其の五十四「群衆幽影」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私の知り合いのライターさんが、友人から聞いた話です。
ただ、知り合いの知り合いからの話なので、もとの内容に多少の色が付けられているかもしれません。
でも、この話を聞いたとき、私は「ああ、そのとおりかも」と、妙に納得してしまったのです。
そのライターさん、Y子さんは観光地やイベントを紹介するネットニュースのライターで、交友関係も広く、ユーモアにあふれるとても楽しい方です。
そんな彼女が、ある友人から「幽霊に会える場所」の話を聞いたということで、怖い話を書いている私にアイデアになればと教えてくれました。
幽霊に会える場所。
私はそれを聞いたとき、心霊スポットや廃墟など、人のいない寂しい場所を思い浮かべました。そういう場所で、夜、特に丑三つ時に現れるものだと、私はずっと思っていたのです。
しかし、Y子さんが友人から聞いた話は、もっと意外で、もっと身近なものでした。
それは「人混みの中」。
私は思わず首をかしげました。 人の多い場所、ざわざわとした喧騒の中に幽霊がいる?でも、その続きの言葉を聞いたとき、私は「ああ、そうかもしれない」と思ったのです。
「人が多い中だから、そこに幽霊がいることがわからないのよ。」
確かに。たくさんの人がいる中で、そこにいる人が「人」なのか「幽霊」なのかなんて、瞬時に判別できるはずがない。
それに大体、歩きながら一人ひとりの顔をじっくり見ることなんてない。
だから、幽霊が人混みの中に紛れ込んでいても、そこにいる誰もが気付かない。
気付かないまま、彼らとすれ違っているのかもしれない。
その話を聞いたとき、私はふと、以前にあった不思議な出来事を思い出しました。
それは去年、取材で〇〇〇市(場所は伏せさせていただきます)に行った時のこと。
私は街中のスクランブル交差点で、信号が変わるのを待っていました。
普段、程よく田舎な土地で暮らしている私には、まさに人混みに呑まれるような感覚。
そんな中で、私はふと向かい側にいる一人の女性に目を留めました。
黒い服を着て、うつむき加減で信号が変わるのを待っている。
普段なら全く気にもかけなかったと思いますが、なぜかその人だけが妙に浮いて見え、言葉にできない違和感を覚えました。
そんな違和感を抱きながら、信号が変わり、信号待ちをしていた人混みは一斉に交差点への向こうへと足を進めます。もちろん私も、人波に流されるように足を進めました。
向かい側の黒い服の女性も、うつむき加減のままこちらに歩いてきます。前を見ていないのによく人とぶつからないものだと思いながら、私は彼女とすれ違いました。その瞬間、何かゾゾゾと背筋に冷たいものが走りました。
え?何?
その感覚に私は慌てて振り返りました。 けれど、そこにはもう彼女の姿はありませんでした。人混みに紛れて見失ったのか、それとも忽然と消えてしまったのか。どちらかはわかりません。
ただ、そこに彼女の姿は無かった。それだけは間違いなく事実でした。
「人混みの中だから、そこに幽霊がいることがわからない。」
あれは本当に幽霊だったのか。 それとも、ただの見間違いだったのか。
でも、あの時の背筋をゾゾゾと走った冷たさは、間違いないものと思っています。
この話をY子さんから聞き、去年のことを思い出してからというもの、私は人混みを見ると、そこにいる人々の中に、もしかすると幽霊が混じっているのではないかと思うようになりました。
黒い服を着て、うつむき加減で。
幽霊は、寂しい場所にだけいるのではない。 むしろ、人が多い場所にこそ紛れ込んでいる。人混みの中で、誰も気付かないまま、すれ違っている。 そして、気付かないまま、隣に立っている。
あなたが今日、すれ違った人。 その人は本当に「人」だったのでしょうか。
これは、私の知り合いのライターさんが、彼女の友人から聞いた話です。
最初は意外に思いましたが、今では「そのとおりかもしれない」と思っています。
幽霊に会える場所は人混みの中。
彼らが近くにいても、多くの人がそのことに気付いていないだけ。
私はこの話、本当だと思います。




