其の五十「私の記憶が確かなら」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
私には、霊感が強いために様々な怖い体験を数多くしている友人がいます。
この話は、十年ほど前、その友人から聞いたものです。
彼女との出会いは高校時代。
勝ち気で活発な彼女と内気で大人しい私。外見的にも、彼女は友達の多い陽キャ、私は本が友達の陰キャ。そんな接点のなさそうに見える私たちでしたが、「怖い話が好き」ということで意気投合し、それからもう二十年以上。その間、時に疎遠になることもありましたが何だかんだつながりは切れることなく、今も時々会って、お互いの好きな怖い話に花を咲かせます。
十年前、久しぶりに会った私たちは、お互いの最近の事から始まり、懐かしい話、そして怖い話へと話の花を咲かせていきました。それは会う度の、いつものお約束のような会話の流れになっていました。
そんな中、私は今まで聞いたことのない「彼女の怖い体験談」を聞くことになります。
それは彼女と私が、進学、就職で一時的に疎遠になっていた二十代の頃の話。
◇◆◇
この話は、二十年前。久しぶりに地元に戻った彼女が、友人とカラオケに行った帰りのこと。
車の中には運転する男性Aさんと助手席に男性Bさん。後部座席、運転席後ろに彼女と助手席後ろに女性Aさんの四人が乗っています。
久しぶりに顔を合わせたせいか、テンションが上がり深夜まで遊んだ彼女たちは帰りの車の中でもとめどない会話で盛り上がっていました。
そんな中、車は人気のない深夜の山道に差し掛かります。そこを過ぎると彼女の地元の街です。
そこを通りがかった時、彼女はふと背筋がゾゾゾとするのを感じたそうです。
霊感の強い彼女はその時、もしかすると何かがあるかもと思い、注意深く周囲に目を配りました。
車の進む方、左右の窓、左右斜め後ろ。夜闇の山道の風景が流れている以外、そこまでは特に変わった様子はなく、ホッと胸をなでおろす彼女でしたが、それでも背筋のゾゾゾとする感覚はまだ消えません。
そのとき彼女は、もう一点だけ確認していない事に気付きました。それは車の真後ろ。彼女は少し身を乗り出し、前席のルームミラーをのぞき込みました。
その瞬間彼女は「スピード上げて!!」と大声で叫んでいました。
突然のことに車内の三人は驚きましたが、彼女の霊感の事は皆知っており、運転していた男性Aさんはグッとアクセルを踏み込みました。車のスピードが徐々に上がっていきます。
そんな中、彼女と後席の女性Aさんは、後ろを向きました。そこで女性Aさんが悲鳴を上げます。
そこに見えたのは、必死の形相で両手足を大きく振りながら物凄い勢いで車を追いかけてくる、白い影の姿でした。
彼女はこれまで心霊体験が豊富だったせいか冷静です。しかし、この時女性Aさんが悲鳴を上げたという事は、女性Aさんにもそれが見えている!?彼女はそう思い、女性Aさんを前に向かせました。
車のスピードが上がる中、彼女は後ろを見ながら白い影の様子を見ていました。どうやら、それは様々な都市伝説や怪談で言われる「車より早く走る幽霊」の類ではなかったようで、徐々に距離は離れて行き、スピードを上げてから三つほどカーブを過ぎた頃には見えなくなりました。
その頃になると、彼女の感じていた背筋のゾゾゾ感もなくなり、もう大丈夫だとホッと胸をなでおろしたそうです。
白い影が見えていた女性Aさんの事が、少し心配ではあったものの、街に着いた彼女たち四人は解散。その後、誰も不可解な体験をすることなく、それから二十年近く経った今も時々連絡を取り合い集まっているとのことでした。
でも、この時の話は、彼女たち四人の中ではタブーのように誰も話さないそうです。
◇◆◇
これが、彼女と私が、進学、就職で一時的に疎遠になっていた二十代の頃に、彼女が体験した、私の今まで聞いたことのない「彼女の怖い体験談」。
最初、私はうわぁ、怖いねぇと、いつもの調子でしたが、ふと、あることを思い出しました。
彼女の地元の街へつながる道には、三つのルートがあります。
県道から直接街中へ入るルートが二つ、国道から山道に入り街中へ入るルート。
彼女は話の中で「山道」を通ったと言っていました。
その時、私は昔見聞きしたあることを思い出し、確認のため彼女に聞きました。
「ねえ、その時通ったの、国道から山道に入っていく道?」
「うん、そうだけど?」
それを聞いて私は、きっとその時の彼女のように背筋がゾゾゾとするのを感じました。
私の記憶が確かなら、その山道で昔、「死体遺棄事件」があったからです。
その当時、私は小学生。比較的近い場所で起きた事件だったため学校でも話題になったことを覚えています。新聞にも載っていたことも記憶しています。
そして、どういう経緯で知ったか覚えていませんが、その現場の正確な場所まで後に知ることになりました。
二十年前、彼女が通った山道。そして、背筋にゾゾゾと感じた場所というのが……
彼女に詳しく聞くと、まさにその場所だったのです。
その話を彼女にすると、彼女も、その話を思い出したようで、そう言えばそうだったと笑っていました。
……実際に、見える人って、慣れなのか強いんだなと思った瞬間でした。
◇◆◇
これが、十年ほど前、霊感が強いため様々な怖い体験を数多くしている友人から聞いた話。あれから十年ほど経った今も、彼女とは時々連絡を取っています。
そして、あのとき話題になったその場所を、私は取材の移動時に時々通ります。
その度に、その場所からは妙な静けさを感じ、そしてこの時の話を思い出します。
そこを通った私のあとを、必死の形相で両手足を大きく振りながら物凄い勢いで追いかけてくる、白い影がいないかを。
この話は、本当です。




