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これから広まるかもしれない怖い作り話  作者: 井越歩夢


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其の四十Ⅵ「曲がり角」

これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない

いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。


全部で壱百八話。どれも短い物語です。


しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、

時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、

時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。


そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。

これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。


この話、本当なんです。

想像を絶する恐怖体験をしたとき、脳はその記憶を思い出せなくすることでトラウマを回避する。

そんな話を聞いたことがあります。

私があのときのことを思い出せないのは、きっとそのためなのかもしれません。


これは、私が五歳の時に体験した怖い出来事の……一部です。


私の通っていた保育園では、夏になると合宿をするのが恒例でした。

昼は川遊び、夕食はカレーを美味しく食べて、そして夜を締めくくるのは「きもだめし」です。


二人一組になって保育園の廊下を進み、突き当りまで行って右に曲がり、行き止まりまで行って戻ってくる。ただそれだけのシンプルな順路でした。

昼間は見慣れた廊下。暗いだけで、何かが出るはずもない。そう思いながら、私たちは自分の順番を待っていました。


私たちの順番は、一番最後でした。


先に行った子たちが戻ってくるたびに「何もなかった」とネタバレを口々に言います。

そうか、やっぱり何も出ないんだ。私は安心しながら、友達と一緒に廊下へと足を踏み出しました。


暗い廊下を、二人でゆっくりと進みます。廊下の突き当りが近づき、右に曲がった行き止まり。

そこまで行って戻れば終わり。


私は息を整え、突き当りに着いた瞬間、ふっと右を向きました。


その瞬間……


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


私たちは叫び声を上げ、五歳児の全速力で廊下を駆け戻りました。

出発地点に戻ると、先に行った子たちがキョトンとした顔で私たちを迎えます。


「何か!!何かいた!!!」


私は興奮気味に叫びました。突き当りを曲がった瞬間、そこに「とても怖い何か」がいたのです。

でも、それが何だったのかは全く覚えていません。ただ、とても恐ろしかったという感覚だけが鮮明に残っているのです。

そして、私と一緒にいた友達も同じものを見ていました。二人で確かに「とても怖い何か」を見たのです。


でも、二人以外の子たちは、それを誰も見ていませんでした。

「本当に何もなかった」と、皆が首を振ります。

あのとき、私たちだけが見たもの。 あれはいったい何だったのでしょうか。


その夜、怖くて胸がドキドキしていたはずなのに、就寝時間になると私はぐっすり眠ってしまいました。 そして翌朝。早く目覚めた私は、もう一度きもだめしの順路を歩いてみることにしました。


昨夜と同じように、ゆっくりと廊下を進みます。突き当りに着き、ふわりと右を向きました。


そこにあったのは、ただの壁でした。


何もいるはずがない。でも、私は昨夜、ここで確かに「とても怖いもの」を見ていました。

一緒の組だった友達も同じものを見ていました。


でも、それを私たち以外は誰も見ていない。結局、それが何だったのかは分からずじまいでした。


あれから四〇年。 私は今でもあの夜のことを、はっきりと覚えています。


ただ、あの時見た「とても怖い何か」だけは、どうしても思い出せないのです。

恐怖の感覚だけが残り、姿や形は記憶から消えている。


それを見たあの日から、ずっと。


想像を絶する恐怖体験をしたとき、脳はその記憶を思い出せなくすることでトラウマを回避する。

そんな話を聞いたことがあります。

私があのときのことを思い出せないのは、やはりそのためなのかもしれません。


あれはいったい何だったのでしょうか。


これは、私が五歳の時に体験した怖い出来事の……一部です。


この話、本当なんです。


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