其の四十参「妖しい車」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が中学校時代を思い返したときに、ふと蘇った記憶です。
私の通っていた中学校は、今思うと少し変わっていました。
それは授業や行事が特別だったわけではありません。
ただ、そこでは突発的で意味不明な「ブーム」が、超短期集中で起こるのです。
何かが急に話題になり、みんながそれに夢中になる。
しかし、その熱はまるで一瞬の熱病のように一週間も経たないうちに、すぐ冷めてしまうのです。
その中に、あるホラー映画がありました。
悪霊の憑いた無人の車が走り回り、何人もの人を轢き殺すという内容の映画です。
そんな映画がなぜか男子生徒たちの間で突如爆発的に話題になり、昼休みや放課後はその映画の話ばかり。
でも、やはりそれも一週間ほどで終わり、次の週には別のアクション映画が話題の中心になっていました。
私はその映画を強く記憶していたわけではありませんが、妙に印象に残っていました。
車が人を襲う、誰も乗っていないはずなのに走り続ける黒いセダン。窓は加工されていて、外から内部は見えない。特徴的なクラクションの音や、前から見ると老紳士の顔にも見える車の不気味さが、どこか心の奥に根深く残っていました。
それはそれとして、時は過ぎ、ある日のこと。
私は友人の運転する車に乗って、買い物へ出かけていました。彼女は中学校時代の同級生。久しぶりに会ったので、仕事の話、家庭の話、子供の話と、話題は次々と移り変わりながら賑やかに花を咲かせていました。そんな中、話題は自然と昔話へと舵を切っていきました。
そのきっかけは、対向車のフロントガラスでした。
フィルムが貼られているのか、青っぽく光って中は全く見えない。彼女はそれを見て、ぽつりと言いました。
「あれだと人が乗っているかわからないね。」
その一言で、私は中学校時代の記憶を思い出しました。あの映画のことです。
「そう言えば、中学の時、悪霊の憑いた車が人を轢くホラー映画が急に話題になったじゃない。あの映画、最近見つけてね。」
「え、だいぶ古い映画じゃない?」
「うん、70年代の映画だったね。それで見てみたんだけど、その車も誰も乗っていないように見えるように窓が加工されていてね。」
「へぇー。それじゃあ、今すれ違った車も実は本当に誰も乗っていなかったりして!」
「そんなわけないよー!」
笑いながら交わした会話。懐かしさと滑稽さに、車内は和やかな空気に包まれました。
その時でした。私はふと視線を前方に向け、ゾッとしました。言葉を失い、笑い声が途切れました。
急に黙った私に、友人は「どうしたの?」と声をかけました。私は「何でもないよ」と答えました。でも、本当は何でもなかったわけではありません。
今、そこですれ違ったのです。
窓がオレンジ色をした古い型の黒いセダン。
あの映画に出てきた車とよく似た車。車内から外を見たシーンで、あの車のフロントガラスは確かにオレンジ色だった。そして車種は古い型の黒いセダン。
そんなはずはない。あれは映画の話だ。ただ、たまたまそういう車とすれ違っただけ。
私はそう思い込もうとしました。
ただ、オレンジ色のフロントガラスから中に人が乗っていたかどうかは、確認できませんでした。
見えない。誰もいないように見える。それはまさに、あの映画の車と同じ。
あの瞬間に見たものは、確かに映画の記憶と重なっていたのです。
黒いセダン。オレンジ色の窓。内部は見えない。
ただの偶然だと自分に言い聞かせても、どこかゾッとする感覚は消えませんでした。
それはまるで映画の中の車が現実に紛れ込んできたように。
私はその後も何度か街で車を見かけるたび、フロントガラスに目を向けてしまいます。黒く塗られた古い型のセダン、そしてオレンジ色に染まるフロントガラス。
もし再びあの車とすれ違ったら、その時は、もう偶然だとは思えないかもしれません。
これは私が友人と過ごしたある日の出来事。
この話、本当なんです。




