其の参十壱「最も古い鍵」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が以前取材先で出会った古物商の男性から聞いた話です。
その方は、地方の古びた商店街の一角で、骨董品や古道具を扱う店を営んでいました。
店内には、時代のわからない仏像や、誰が使っていたのか想像もつかない家具、
錆びた時計、色褪せた写真などが所狭しと並んでいて、
この空間だけ、どこか時間が止まっているような空気が漂っていました。
取材の合間、私はその店主と軽い雑談をしていたのですが、
その中でふとした拍子に「鍵」の話になりました。
「鍵っていうのはね、開けるための道具だけど、閉じ込めるための道具でもあるんですよ。」
そう言って、彼は奥の棚から小さな木箱を取り出しました。
中には、黒ずんだ鉄の鍵が一本だけ入っていました。
形はとても古風で、現代の鍵とはまるで違う。
重く、冷たく、そしてどこか禍々しい印象を受けました。
「これはね、“最も古い鍵”って呼ばれてるんです。どこで作られたのか、誰が使っていたのか、記録は一切残っていない。でも、これを持っていた人は、みんな何かを“開けて”しまったらしいんです。」
私は、へぇ、と目を丸くし半信半疑で聞いていました。ですが、店主の顔は笑っていませんでした。
というより、最初からずっと、笑っていなかったように思います。
声の調子も変わらず、まるで天気の話でもしているかのように淡々としていました。
「開けてしまったら、戻れないんですよ。何を開けたのかは、人によって違う。でも、共通しているのはその後、開けただろう人の姿を誰も見ることはなかったということです。」
そう話す店主の目はどこか楽しげで、わずかに口元が緩んでいたようにも見えました。
その様子に、私は背筋が冷えるのを感じました。
少しの沈黙のあと、店主はこの鍵に纏わる話、過去にこの鍵を買い取った人物の話をしてくれました。
ある若い男性が、興味本位でこの鍵を購入したそうです。彼いわく「古い鍵にはロマンがある」と。
そして数日後、その男性は姿を消しました。
部屋には鍵だけが残されていて、ドアも窓も施錠されていたそうです。警察が調べても、侵入の痕跡はなく、失踪の理由は不明のまま。
「彼は、何かを開けてしまったんでしょうね。自分でも気づかないうちに。そして鍵は彼を閉じ込めたのでしょうね。鍵は開けるだけのものではなく、閉じるための道具でもあるのですから。」
店主はそう言って、鍵をそっと木箱に戻しました。その手つきは、まるで何かを大切にしまうというより、何かを“戻しておく”ように見えてました。
私は、それ以上聞くことができませんでした。
取材を終えて帰る道すがら、私はずっとその鍵のことを考えていました。
鍵とは、何かを開けるためのもの。
でも、開けてはいけないものも、世の中にはあるのかもしれません。
それ以来、私は古い鍵を見ると、少しだけ身構えるようになりました。
もし、それが“最も古い鍵”だったら。
もし、それが、何かを開けてしまう鍵だったら。
そして、もしそれを開けてしまったら、もう戻れないのだとしたら。
「鍵っていうのはね、開けるための道具だけど、閉じ込めるための道具でもあるんですよ。」
店主のこの言葉と、その時の顔。感情のない声と、わずかに浮かんだ笑み、
ヒヤリとした視線を、私は忘れられません。
この話、本当なんです。




