其の九「タクシー怪談」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
タクシーの怪談といえば「乗客が幽霊だった」という話がよく知られている。
深夜、人気のない道で乗せた客が目的地に着くと忽然と姿を消し、後部座席には水滴だけが残っていた。または、墓地の前で降りた客が実は何十年も前に亡くなった人物だった。
そんな話は、誰もが一度は耳にしたことがあるでしょう。
私が聞いたのはそれとは少し違い、乗客ではなく運転手が幽霊だった。
それはこんな話でした。
ある女性が、仕事帰りにタクシーを拾った。時刻は夜の10時過ぎ。駅前のロータリーで何台か並んでいる中の一台に乗り込んだ。運転手は年配の男性で、無口だったが、感じの悪い人ではなかったという。
「○○町(町名は伏せておきます)までお願いします」
彼女がそう告げると運転手は黙ってうなずき車を走らせた。
車窓の風景は、最初はいつもと変わらなかった。見慣れたコンビニ、交差点、街灯の並び。だが、しばらくすると、車窓の風景が少しずつ変わっていった。
見たことのない建物。妙に古びた看板。街灯の色がどこかぼんやりと赤みを帯びている。
「あれ? こんな道、あったっけ?」
そう思いながらも、彼女はスマホを見ていた。ナビを確認するでもなく、ただ何となく時間を潰していた。そんなときふと車内が、シンと妙に静かなことに気づいた。
エンジン音はしている。だが、外の音がまったく聞こえない。人の気配もない。車が走っているはずなのに、それはまるで車ではない何かに乗っているような感覚。
「すみません、この道って…」
彼女がそう言いかけた瞬間、運転手は初めて口を開いた。
「もうすぐ、着きますよ」
その声は妙に遠くから聞こえるようだった。車内にいるはずなのに、まるで壁越しに話しかけられているようなくぐもった響き。その様子に彼女は、急に不安になった。
スマホの地図を開くと、現在地が表示されていない。GPSが途切れている。電波も圏外になっている。
「すみません、やっぱりここで降ります。」
そう言って彼女は慌ててドアのロックを外そうとした。だが、ロックは解除されない。窓も開かない。車は静かに、しかし確実に進んでいく。
その時、車窓に映った風景が完全に変わっていた。
それは街ではなかった。灰色の空と黒い木々が並ぶ道。人の気配はなく風も吹いていない。まるで、時間が止まったかのような世界。
「ここ、どこですか?」
彼女が震える声で尋ねると、運転手はポツリとこう答えた。
「向こう側です。」
その言葉の意味を、彼女はすぐには理解できなかった。
次の瞬間、車は急停止した。ドアが開き冷たい空気が流れ込んでくる。彼女は反射的に外へ飛び出した。足元は土だった。舗装されていない湿った地面。そして振り返ると、タクシーはもうなかった。
そこにいたのは、あの運転手だった。彼は、静かに微笑みながらこう言った。
「戻れて、よかったですね。」
そして、次の瞬間、彼の姿も消えていた。
彼女は気がつくと駅前のロータリーに立っていた。手にはタクシーの領収書が握られていた。だが、そこには運転手の名前も、会社名も、何も書かれていなかった。
これが私が聞いたタクシーに纏わる怪談です。
この話。本当かどうかは、わかりません。
でも、聞いた話ではそのタクシーに乗った人は皆「いつもの風景が、いつの間にか違う風景に変わっていた」と語るそうです。
そして、それに気づかずにいると、そのまま霊界に連れていかれるのだとか。
この話、本当らしいんです。




