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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
胸を張る為に

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手紙

今回少し長めです。

翌週の日曜日、母に藤堂家との和解と父の納骨を報告したい、と言う怜に付き合って、司は車で都外の墓地へと向かっていた。


「ありがとうございます、司さん。我が儘を聞いていただいて。」

「全然構わないよ。寧ろもっと言って欲しいくらいだ。怜の我が儘なら何でも叶えてあげたいからね。」


怜に微笑みながらそう言った所で、司はふと正月の出来事を思い出す。確か似たような会話を妹夫婦もしていたような気がする。あの時は白い目で一瞥していたが、まさか自分が半年も経たないうちに、逆の立場になっているなど思いもしなかった。人生分からないものだな、と思いながら、司は口元を緩める。


「でも良かったな。藤堂家の人達と仲良くなれて。皆怜の事を歓迎していたみたいだったし。」

「はい。皆さん快く受け入れてくださったみたいで安心しました。また何処かの誰かみたいに、金目当て呼ばわりされないか少し不安に思っていましたから。」

怜はそう言って苦笑する。


「そんな心配はもうしなくて良いよ。もし今後誰かがそんな事を言って来たら、俺に教えてくれ。怜はそんな人間じゃないって、完膚なきまでに反論して捻じ伏せてやる。」

「ありがとうございます。とても心強いです。討論で司さんに勝てる人がいるなんて思えませんし。」

怜がクスクスと笑いながら言った。


「そうでもないぞ?俺は未だに母さんと咲が苦手だからな。あの二人が相手だと勢いに負けて、言いたい事も言わせてもらえなくなる。」

「ではお二人は別格と言う事で。」


そんな他愛ない会話を楽しんでいるうちに、車は墓地に到着した。以前来た時に場所は覚えているので、司は手早く手桶と柄杓を借りて水を汲み入れる。雪原家の墓が見えて来た時、二人は何かが供えられている事に気が付いた。近付いて見てみると、雪原怜様、と宛名が書かれた一通の封筒が、ご丁寧にビニール袋に入れられており、風で飛ばないように重石が置かれていた。


「怜、誰からなんだ?」

手にしていた仏花を置いて封筒を手に取り、ビニール袋から取り出した怜は、裏面を見て顔を顰める。

「灯さん…継父の姉からです。」


怜の返答に、司も眉間に皺を寄せた。まだ高校生だった怜を追い出しておきながら、今更何の用なのか。


「すみませんが、読んでみても構わないでしょうか?」

「勿論だ。何て書いてあるんだ?」


封筒から手紙を取り出した怜は、素早く目を走らせた。手紙は九年前の謝罪から始まり、弟を失った悲しみと怒りを両親共々怜にぶつけて完全な八つ当たりをしてしまった事、怜が出て行ってから弟の家の遺品を整理していて見付けた弟の日記を読み、弟が幸恵と怜を深く愛していた事を知った事、激しく後悔して慌てて謝罪しようとしたものの、連絡先も進学先も聞いていなかった為叶わなかった事、今回のように手紙を供えていても全く読まれた形跡が無く、何時しか諦めてしまった事等が書かれていた。そして先日偶然出くわした時は、突然の事に気が動転してしまい、また怜の態度で当然の事とは言え、まだ許されていない事を思い知って謝罪の言葉が出て来なかった事、きちんと会って改めて謝罪したい旨が綴られており、最後に連絡先が書かれていた。


「…端的に言うと、九年前の事について謝罪したい、と。」

終始無表情で手紙を読み終えた怜は、溜息をついて司を見た。


「…怜はどうしたいんだ?」

ともすれば親族への怒りの言葉が口を衝いて出そうな自分を抑え、司は怜に尋ねた。


「…分かりません。でも、会うだけ会ってみても良いかな、とは思います。」

「そうか。怜がそうしたいのなら、会ってみれば良い。でもやっぱり心配だから、俺も一緒に行っても良いかな?」

「はい。司さんが一緒に居てくださるなら、とても心強いです。」


微笑みを浮かべる怜に、司も顔を綻ばせる。怜は手紙を鞄にしまい、二人は墓参りを済ませて帰路に着いた。


「司さん、この前来た時に、自分を許して、少しずつでも自分を好きになっていこう、って言ってくださった事、覚えていますか?」

「ああ、勿論だよ。それがどうかしたのか?」

口元に笑みを浮かべて尋ねてきた怜を、司は横目で見遣って訊き返す。


「あの言葉をかけていただけて、私、本当に嬉しかったんです。あれから少しずつですけど、前よりは自分の事が好きになれました。それに気付いた切っ掛けは、藤堂家の人達を許すって決めた事なんです。」

怜は何処か吹っ切れたような表情を浮かべて語る。司は車を運転しながら、黙って耳を傾けていた。


「過去の事を根に持って、心を閉ざして、ずっと一人で生きてきて。今思えば、何も失わずに済んだけれども、何も得る事が出来ない期間だったと思います。でも状況が変わって、勇気を出して、自分だけの世界から一歩踏み出してみて。そうしたら、心を許せる大切な人達が出来ました。複雑な気持ちを抑えて人を許す事は難しかったけれども、心の底に渦巻いていた重苦しい気持ちが晴れて、頼れる親戚も出来ました。今の環境は以前よりもずっと好ましいもので、この環境を作り出す決断が出来た自分の事を、少し好きになれました。…きっと、私一人では出来なかった決断で、司さんが側に居てくださったから出来たんだと思います。」

そう言って微笑む怜に、司も表情を緩ませた。


「そんな事はないと思うよ。単に俺は側に居ただけで、決断してきたのはいつも怜だ。」

「いえ、司さんが側に居てくださったからこそ、冷静さを保てましたし、心の支えにもなってくださっていたんです。司さんには本当に感謝しています。」

怜に笑顔で言われ、司は嬉しさ半分、照れ臭さ半分の心境だった。


「だから私、雪原の親族にも会おうと思います。勿論向こうの姿勢次第ですが、本当に反省してくれているなら謝罪も受け入れるつもりです。自分の嫌な部分がまた少し無くなって、その分だけ自分の事をまた好きになれるかも知れませんから。」


しっかりとした怜の口調に、司は頷いた。この分ならきっと大丈夫だ。親族とも和解し、また新たな関係を築く事が出来るに違いない。囚われていた怒りや憎しみを捨て、前を向こうとする怜の姿勢に、司はまた心を惹かれた。


「じゃあ景気付けに何か食べに行こうか。怜、昼食は何が良い?何でも怜が食べたい物を言ってくれ。」

「良いんですか?じゃあ…。」


表情を明るくした怜に、司は少し目を丸くした。また特に無い、と言われるかと思っていたが、やはり希望を言ってもらえる方が嬉しい。何処でも良い、お洒落なレストランでも高級ホテルのランチでも、必ず連れて行ってあげたい、と司は意気込んで怜の言葉を待つ。


「この前教えていただいた、ハーゲンダーツ食べ放題が付いているバイキングで。」

怜の答えに、司は思わず吹き出した。


「…何で笑うんですか、司さん。」

怜が不貞腐れた様子で尋ねる。


「いや、怜のアイス好きは本当にぶれないなーと思って。」

司は肩を震わせながらクックッと笑う。


「司さんまで明さんと同じような反応をしないでください。何ならスイーツ食べ放題の方にしても良いんですよ。一応パスタやスープも付いているみたいですし。」

「すみませんでした。バイキングの方が良いです。じゃあ行こうか。」


頬を膨らませてそっぽを向いてしまった怜に苦笑しながら宥めつつ、司は車を走らせる。店は都外の墓地からは少し遠かったが、着いた頃には昼時のピークを過ぎていたので客も少なく、お腹も減っていたので沢山食べられて満足した。勿論、怜の機嫌はハーゲンダーツのお蔭ですっかり元通りになったのは言うまでもない。

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