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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
胸を張る為に

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顔合わせ

翌週の土曜日、怜と司は雅樹の病室を訪れた。今日はそこで直樹の家族との顔合わせを行ってから、皆で墓に向かい、納骨を行う予定である。


「失礼します。」

ノックをして病室に入ると、雅樹、絢子、直樹の他、中年の女性と若い男女が一斉に二人に視線を向けた。


「怜さん、最上さん、来てくれて、ありがとう。」

既に身体を起こしていた雅樹が、嬉しそうに二人に声をかける。


「いえ。お身体の具合はどうですか?」

雅樹に声をかける怜の表情は、以前よりも和らいでいる。大分スムーズに会話を交わせるようになっている二人を目の当たりにして、司は口元を緩ませた。


「怜さん、最上さん、紹介します。こちらは私の妻の美奈子みなこ。それから息子の悠樹はるきと娘の悠奈はるなです。二人は双子で、現在大学三年生です。」


直樹に紹介され、中年の女性がぺこりと頭を下げる。優しげな微笑みを浮かべる品の良い女性だが、初対面であるからか、挨拶を返す怜の表情は硬い。

悠樹と悠奈は双子と言うだけの事はあって、顔立ちはとても良く似ていた。おそらく母親譲りであろう丸く大きな目をした、どちらも中性的な容姿の美形で、従姉である怜にも何処となく似ている。流石に体格は異なるものの、きっと子供の頃は、同じ服を着ていたら見分けが付かなかったのではないだろうか。


「怜さんは、どうして伊達眼鏡をしているの?」

互いの挨拶が一段落した時、怜をじっと見つめていた悠奈がおもむろに口を開いた。

「度が入っていないのなら、絶対外した方が良いと思うけどな。」


怜は自然と口角を上げていた。咲と同じ事を口にした悠奈に好印象を抱きながら伊達眼鏡を外す。


「まあ…!怜さんは秀樹に良く似ているわね!」

絢子が顔を輝かせた。

「本当だ。目元がそっくりだな。」

雅樹も嬉しそうに目を細める。

「写真で見た秀樹さんと貴方も良く似ていたから、貴方と並ぶとまるで親子みたいね。」

怜と直樹を見比べながら、美奈子が楽しそうに微笑んだ。


病室に漂っていた多少緊張した空気が次第に緩和していくのを感じ、司も肩の力を抜く。


「直樹さん、父の遺骨と、後この母の遺品を一緒に納めたいのですが。」

怜が秀樹の遺骨と、ファッションリングを通したチェーンネックレスを取り出した。


「これは…。見覚えがあります。兄が幸恵さんに贈った物ですね。」

「はい。母はいつも身に着けていました。継父と結婚してからも、ネックレスにしてずっと。」

怜が手にしたネックレスを、皆興味深げに覗き込む。


「ふうん…。結婚指輪じゃないんだ。」

悠樹が怪訝そうに呟く。

「父と母は結婚はしていませんから。」

「え!?そうなの!?」

さらりと怜が口にした言葉に、皆が目を見開いた。


「婚姻届は未成年者の場合、両親の同意が必要ですから。父は藤堂家を出てすぐに二十歳になりましたし、母の二十歳の誕生日の数日後が出産予定日だったので、父と母は婚姻届と出生届を一緒に出す事にしていたそうです。ですがその前に父が他界してしまったので、結局二人は結婚出来ませんでした。」

「…そうだったのか。私達がつまらぬ邪魔をしたせいだな。本当に申し訳ない。」

雅樹が肩を落として目を伏せた。


「もう過ぎた事ですから、仕方ありません。あまり気になさらずに、今はご病気を治す事だけを考えてください。」

怜は多少複雑な思いに駆られながらも雅樹に声をかけた。


「有り難い言葉だが、これは全て私の不徳が招いた事態だ。怜さんにも要らぬ苦労をかけてしまった。罪滅ぼしにもならないと分かってはいるのだが、せめてこれからは一族で怜さんの援助に当たらせてもらえないだろうか?」


雅樹達四人が怜を不安げに見つめる。悠樹と悠奈は話を聞かされていなかったのか、丸い目を更に丸くして雅樹と怜を交互に見遣ったり、お互いに顔を見合わせて首を傾げたりしていた。


「特に必要は無いのでお断りします。」

怜は若干眉を顰めて答える。


「必要が無いって…どうして?」

絢子が動揺した様子で尋ねた。

「やっぱり、私達の事を完全に許した訳ではないの?」


「いえ、過去の事は水に流すと決めましたから。貴方がたとは少しずつでも、親族として仲良くしていきたいと思っています。ですが金銭の話は持ち込まないでください。私は今はお金に困っている訳ではありませんし、そもそも自分で稼いだお金しか信用しない主義ですので。」


怜はやや表情を強張らせた。怜の主義の根底にあるのは、おそらく雪原家との一件だろう、と司は推測する。


「藤堂会長。お気持ちは分からなくもないですが、お金に頼ろうとする姿勢は良くないと思います。彼女もそんな事は望んでいないでしょうし。今はこれまでの分まで交流を深める努力をすれば良いのではないでしょうか。そしてこの先、もし彼女に何か困った事があった時に、手を差し伸べてあげれば良いと思います。」

司の言葉に、雅樹は苦笑した。


「…そうですな。最上さんの仰る通りだ。つい金の力に頼ってしまうのは、私の悪い癖ですな。怜さんも申し訳ない。」

「いえ、分かっていただければ良いんです。」

表情を緩めた怜に、美奈子が歩み寄った。


「お義父さんもお義母さんも主人も、やっと捜し当てた貴女の事を本当に大切に思っています。それは側でずっと見てきた私が保証するわ。私も漸く義理の姪に会えて本当に嬉しいの。これから是非仲良くして頂きたいし、何かあった時は絶対に力になりたいので、遠慮なく頼ってくださいね。」

怜の手を握り、無邪気な笑顔を浮かべる美奈子を、怜は当惑したように見つめていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。


「はい。ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願いします。」

互いに笑顔を見せた美奈子と怜に、全員が顔を綻ばせた。


「しかし、怜さんに本当に困った事があった時は、真っ先に最上さんに頼るんでしょうな。何とも寂しい気分です。」

直樹が司に向かって苦笑する。

「そうあって欲しいですね。勿論、俺はそちらのお手を煩わせる気は一切ありませんよ。」


直樹に向き直った司が口角を上げて見せると、視界の隅に顔を赤らめた怜と、目を輝かせた双子が見えた。


「最上さんカッケー!俺も見習おうっと。」

「ねえねえ怜さん!二人は恋人同士なんでしょ!?どうやって知り合ったの!?」

「ど…どうって、彼は私の職場の上司で…。」


興味津々で前のめりになって尋ねてくる悠奈にたじろぎながら、慣れない恋愛話で頬を染める怜に、皆が顔を綻ばせる。怜への追究の手を緩めない双子に、時折司が代わりに答えながら、話は納骨に向かう車の中でも尽きなかった。

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