側に居てくれる幸せ
病院からの帰り道、怜はずっと無言でいた。何処か遠くを見るような眼差しで、窓の外を流れて行く景色をぼんやりと眺めている。その様子を司は隣で窺っていた。
「角田さん、お願いがあるのですが。」
司は角田に頼み、送ってもらう場所を、今朝迎えに来てもらった怜の家の最寄り駅から、自分のマンションへと変更した。マンションに到着し、二人は角田に礼を言って別れ、司は怜を最上階の角部屋である自宅へと招く。
「怜、今日は疲れただろ。」
ソファーに座る怜にコーヒーを差し出し、司はその隣に座った。
「ありがとうございます。そうですね。少し、疲れました。」
怜はコーヒーに口をつけると、溜息を吐き出した。
「これ食べたら、少しは元気出るかな?」
司が冷凍庫から出して来たアイスクリームを差し出すと、怜は目を輝かせた。
「ありがとうございます。わあ、しかもハーゲンダーツ!」
嬉しそうな笑顔を見せ、早速スプーンで掬って口に運ぶ怜に、司は顔を綻ばせた。以前、怜がアイスクリームの中ではハーゲンダーツが一番好きだと言っていたのを思い出し、見かけた時に何となく一個だけ買って冷凍庫に入れて置いたのだが、こんなに喜んでくれるのであれば、今度からハーゲンダーツは冷凍庫に常備しておこう、と決意する。
「怜、俺で良かったら、何時でも話を聞くからな。」
怜が幸せそうに食べ終わったのを見計らって司が声をかけると、怜は司に顔を向けて口元を綻ばせた。
「ありがとうございます。…正直な所、まだこれで良かったのか自信が持てなくて。」
怜は目を伏せて話を続ける。
「藤堂の人達には怒りを覚えていたとは言え、当事者であるのは父と母で、私自身が藤堂の人達に直接何かされた訳ではありませんから。両親があの場に居たら、果たして私と同じ答えを出していたのかどうか。もしかしたら、私に話していないだけで、もっと酷い事をされていたのかも知れません。それこそ、どんなに謝られても一生許せないような…。ですが、二十八年もの間、藤堂の人達がずっと後悔して苦しみ続けてきたのであれば、もう許されても良いのではないか、と。同じように後悔してきた者として、肩入れせずにはいられなくて…。」
怜はそう言うと再びコーヒーに口をつけた。両親が既に亡くなっていて話を聞く事が出来ない以上、答えのない問題だ。両親に代わって、無理矢理にでも自分が答えを出さなければならなかった怜の苦悩が伝わってくる。
「…難しいよな。でも、もし俺が怜のご両親だったら、の話だけど…。」
口を開いた司に、怜が顔を上げる。
「俺は怜に自分達の憎しみを引き継がせたくない、と思う。自分達が受けた仕打ちがどれ程許せないものであっても、怜と藤堂家の人達との繋がりまで絶つ権利はないんじゃないかな。藤堂家の人達が十分反省して心から謝罪している現状であれば、自分達が居なくなった今でも、自分達が原因で怜達がいがみ合う状況は本意ではないと思う。怜達が和解して、これから仲良くなっていけるのであれば、それが一番良い道だと思って見守っていきたいと思うけどな。…勿論、俺が怜のご両親である訳じゃないから、本当の所は分からないけど。」
そう言って苦笑を浮かべる司に、怜はゆっくりと微笑んだ。
「ありがとうございます。司さんにそう言って頂けると、私も自分の答えに自信が持てます。」
笑顔を見せる怜に、司も安堵の笑みを浮かべる。苦悩した怜の心中を思い、司は優しく怜の頭を撫でた。
温かい…。司さんに撫でてもらうと、何だか安心する…。
自分の体温より少し高い司の手の温度を感じながら、怜は吸い寄せられるように司の肩に頭を付けた。少しはしたなかったかと顔を赤らめたが、司の手がすぐに肩に添えられたので、胸の高鳴りを覚えつつも、目を閉じてそのまま司に身を預ける。
驚いたのは司である。怜の方から身を寄せて来るなど初めての事なのだ。
怜…!?うわっ、やばい、すげー嬉しい…!!抱き締めたい…けど、そうしたらまた逃げられるかな?このままくっついているのも悪くないけど、ああでも抱き締めたいけど、うわ俺どうすれば良いんだよ…!?
怜の肩を抱いたまま真っ赤になって硬直してしまった司の慌てふためく内心など知る由もなく、怜はただ、大切な人が側に居てくれる幸せを噛み締めるのだった。




