報告
四月一日、司は社長に就任した。仕事内容は聡から徐々に引き継いでいたので今までとする事は左程変わらないのだが、各方面への挨拶がある為、暫くは忙しくなる。スケジュール調整は社長秘書となった怜が辣腕を振るっており、分刻みのスケジュールながらも司は着実にこなしていき、新社長としてまずは順調な滑り出しが出来たと言えた。
怒涛のような平日を乗り切った四月最初の日曜日、司は怜を連れて再び実家を訪れた。怜と結婚を前提に交際していく事を両親に報告する為である。…正確に言うと、妹夫婦からの催促で彼らに伝えざるを得ず、自動的に両親の知る所となり、強制呼び出しを食らった訳だが。
「…取り敢えず、報告があるんだけど。」
華が出してくれたコーヒーを一口飲んだ司がおもむろに切り出すと、聡と華、そして何故かこの場に来ていた咲と明も身を乗り出した。自分達が呼び出したのだから、報告の内容も既に知っている筈なのに、今か今かと期待に満ちた眼差しで見つめてくるのは止めてもらいたい。
「俺、今怜と結婚を前提に付き合っているから。」
司が頭を抱えたくなるのを我慢しながら、彼らが望んでいるであろう言葉を口にしてやると、歓声と拍手が沸き起こった。
「嬉しいわあああ!!やっと司にもお嫁さんが来てくれるのねっっ!!」
そう叫びながら、華が司と並んでソファーに座っている怜目掛けて突進し抱き付いた。突然の出来事に怜は混乱しつつも、つい最近こんな事があったなと何処か冷静に思い出す。咲と言い華と言い、飛び切り嬉しい事があると人に抱き付くのはこの母子の習性なのだろうかと怜は少し微笑ましく思った。
「ちょ、母さん気が早いから!」
慌てる司を綺麗に無視して、華は怜の手を取った。
「怜さん、未熟者の息子だけれども、今後共宜しくお願いします!どうか見捨てないでやってねっ!」
「こちらこそ、不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します。」
嬉しそうに満面の笑顔を見せる華に、怜も顔を綻ばせる。
「私からもお願いするよ、雪原君。どうかこれからも愚息を公私共に支えてやって欲しい。」
「会長。こちらこそ、これからもご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。」
ゆったりと歩み寄り、口元を緩めて手を差し出す聡に、怜も立ち上がって両手で握手した。
「会長、か。何ならお義父さん、と呼んでくれても構わないぞ?」
「父さんも気が早いから!」
母は兎も角、父まで何を言い出すのかと、司はぎょっとしながら叫んだ。
「あら、じゃあ私もお義母さんって呼んでね!」
「じゃあ私も怜さんの事お義姉ちゃんって呼んじゃおっかなっ!」
「って事は怜ちゃんが俺の義姉さんになるのか。いやー何か感慨深いな!」
わらわらと怜の周りに寄って行く皆を見ながら、司はもう突っ込むのも疲れて片手で顔を覆っていた。だが皆の勢いに押されて呆然としている怜を放っておく訳にはいかない。
「皆気が早過ぎる!そう言うのはちゃんと結婚が決まってからにしてくれ!」
全員から怜を引き剥がし、後ろに庇いながら司が怒鳴る。
「だって司、この機会を逃したら、あんたは一生結婚出来ないかも知れないのよ?それにこんなに可愛くて出来た娘さんなんてそうそう居ないんだから、全力で逃さないようにしなきゃ駄目でしょうが!」
ビシッと指摘する華の気迫に、司は思わずたじろいでしまう。母親のこういう所が昔から苦手なのだ。
こっちが奥様の素なのかな?何だか前来た時とイメージが違う気が…。
華の勢いに面食らいつつも、猫を被られるよりは好感が持てるなと、怜は口元を綻ばせた。
「ごめんなさいねー怜さん。司は昔から女心をなかなか理解出来ないのよ。だからもし何か不満があったら遠慮無く私に言ってね!責任を持ってきっちりと締め上げるから!」
何やら穏やかでない台詞をさらっと言われたような気がするが、取り敢えずスルーを決め込んで怜は顔に笑みを貼り付ける。
「そうだな。雪原君、私で良ければ何時でも相談に乗ろう。仕事の事でも何でも構わないから、愚息が迷惑をかけた場合は直ちに報告するように。」
「勿論私も怜さんの味方だからねっ!お兄ちゃんの愚痴でも何でも聞くよー!」
「俺もー。怜ちゃんなら何時でも何処でも大歓迎!」
「…俺の味方はいないのか。」
拗ねたように呟く司に、怜がクスリと笑いを漏らす。
「大丈夫ですよ、司さん。私は司さんの味方です。ですから、私の味方をしてくださる皆さんも司さんの味方ですよ。」
ふわりと笑顔を浮かべる怜に、司は胸が熱くなった。
「司さんにはお世話になりっ放しで、何度も救われている、言わば恩人ですから。不平不満なんてありません。私の方こそ男心を理解出来ない面があるかと思いますので、その場合はご指摘頂けますようお願い致します。」
「あ…いや、こちらこそ宜しく。」
ぺこりと頭を下げる怜に、司は微苦笑を浮かべた。
恩人、か…。
その言葉から、今はまだ恋愛感情は持ってもらえていないのだろうな、と考えた司は気落ちした。だが何はともあれ、今は怜に結婚前提の交際を承諾してもらっているのだ。何時か怜にちゃんと恋人だと言ってもらえるように頑張ろうと、司は決意を新たにした。




