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女嫌い社長の初恋  作者: 合澤知里
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29/67

意識

「遅いな…。」


温泉から上がり、待ち合わせ場所の休憩室で明と富士山を眺めながら、腕時計を確認した司は溜息をついた。


「仕方ないさ。女の子は髪を乾かしたり化粧し直したり、何かと時間がかかるからな。それに咲はいつも長風呂だし。まあ気長に待ってやろうぜ。」

「分かっている。」

咲に強請られて温泉に来る事になった時点で、こうして待つ羽目になる事は織り込み済みだ。司の苛立ちの主な原因は他にある。


「あの~、すみませぇん。」

女性の鼻にかかった声に、司はまたか、と更なる苛立ちを覚えた。これで三回目だ。


「お二人でご旅行ですかぁ?私達も二人なんですぅ。良かったらご一緒しませんかぁ?」

「あー、悪いね。俺達は人を待っているんだ。」

こういう場合は明に返答を任せているが、それでも声を聞いているだけで苛々してくる。


「君達は何処から来たの?」

「東京です~。」

「奇遇だね。俺達も東京から来たんだ。」

「キャ~!本当ですかぁ!?」


司は大袈裟に溜息をついて席を立った。明に任せていれば確かに返答はしなくて済むが、暇潰しに会話を楽しむ明には付いて行けない。しかも東京から来たとなると話は長くなりそうだ。

休憩室を出て元来た道を戻って行く。女湯の前まで様子を見に行ってやろうか、と思っていると、咲の声が聞こえてきた。


「だから、人を待たせているんですってば。」

「いいじゃん。そっちの彼女、具合悪そうじゃん?俺達が介抱してあげるからさ。」

「結構です。あなた方の手を煩わせる程ではありませんので。」

はっきりと聞こえた怜の声に、司は慌てて駆け付ける。


「怜、咲、どうかしたのか!?」

「あ、お兄ちゃん!良い所に。」

周りを数人の男性に囲まれていた咲は、司の顔を見るなりほっとした表情を浮かべた。


「君達、俺の妹に何か用か?」

思いっ切り睨み付けながら近付くと、男達はそそくさと立ち去って行った。


「助かったよお兄ちゃん。意外としつこくて手こずっていたんだ。」

「全く。遅いと思ったら、まさかこんな事になっていたとはな。」

「すみません。私が少しのぼせてしまって、休ませて頂いていたんです。」


咲の後ろから顔を出した怜に、司の心臓が跳ね上がった。上気した顔に潤んだ瞳、少し気だるげな姿に思わず見惚れる。だがすぐに我に返った。


「のぼせたって、大丈夫なのか?」

「はい、もう大丈夫です。お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。」

「いや、構わないよそれくらい。休憩室で少し休んで行こう。」


司に二の腕を取られ、怜の顔は熱くなった。咲とあんな会話をした直後では嫌でも意識してしまう。


「だ、大丈夫です!一人で行けますからっ。」

怜は思わず司の手を振り払ってしまった。ショックを受けたような司の表情に罪悪感を覚えるが、これ以上触れられていたら別の意味でのぼせてしまう。

「す、すみません。…私先に行っていますね。」

居た堪れずに小走りで休憩室に向かう怜の後ろ姿を、司は呆然と見つめていた。


「…咲、俺、何か変な事したか?」

腕を触ったのがいけなかったのだろうか。嫌われてしまったのかと不安になりながら、司は縋る思いで咲を振り返る。

「ううん。多分怜さんが、漸くお兄ちゃんの事意識しただけよ。」

「え?」

咲の言葉に、司は目を見開いた。


「さっき温泉で怜さんに訊いてみたんだけど、お兄ちゃんの気持ち、怜さんに全然伝わっていなかったみたい。婚活が嫌になったから、手近な自分で済まそうって言う考えだと思っていたみたいよ。」

「なっ…!?」

司は言葉を失った。色々と思い悩み、思い切って伝えた自分の想いが完全否定されたようで、頭から血の気が引いていく。


「フォローしておいたけど、今一実感出来ていないみたい。それに、怜さんは自己評価が低いみたいなの。自分の事を、人間不信を拗らせた面倒臭い貧乏女、って言っていた。」

「そんな…!俺にとって彼女は「はいストップ。そんな事私に言っても仕方ないでしょ。そういう事は本人に直接言ってあげて。」

「…分かった。ありがとう、咲。」


休憩室に向かいながら、司は心を決めた。一度言って伝わらなかったのなら、この先何度だって言ってやる。彼女は自分にとって、初めて好きになった唯一無二の女性なのだから。

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