学生時代
「怜さん、初めてのカラオケはどうだった?」
店を出て、明の先導で移動しながら咲が尋ねる。時間が経つのは早いもので、何時の間にか空はもうすっかり暗くなっていた。
「楽しかったです。咲さんが一緒に歌ってくださったお蔭で、色々な曲を歌えました。ありがとうございます。」
少しはにかんだ様子の怜に、三人は顔を綻ばせた。
「私の方こそ、怜さんと一緒に歌えて楽しかったよ!ありがとう!」
満面の笑顔を見せる咲に、怜は目を丸くする。
私と居て、楽しんでもらえた…?本当に?
表面上は困らないだけの社交スキルは習得したものの、プライベートでの人付き合いなど皆無に等しかった自分に、人を楽しませる事が出来るとは到底思えない。だが、咲の屈託の無い笑顔は嘘を言っているようには見えなかった。怜の瞳は戸惑いに揺れる。
「司、カラオケは俺の勝ちだな。」
明が得意顔で胸を張った。
「お前の方が一曲多く歌っただろうが。俺が最後に歌えていたら、また違っていたかも知れないぞ。」
司は苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「負け惜しみは見苦しいぞ、司。」
「たかだか小数点以下の差で良い気になるな。」
「二人共、そろそろその辺にしておきなさいよ。」
また口論を始めそうな気配の二人に、咲が呆れ顔で窘める。
「…点数では明さんの方が少しばかり高かったかもしれませんが、司さんが歌われた曲の方が、私は好きだなと思いました。」
呟くような怜の言葉に、司は勢い良く振り返った。
「本当か?怜!」
司は忽ち笑顔になる。
「司、怜ちゃんはお前が歌った曲が好きだって言っただけだぞ。お前の事が好きって言った訳じゃないからな。」
呆れ顔の明の野次も、最早どうでも良かった。
「怜はどの曲が一番良かったんだ?」
「司さんが最初に歌われた曲です。学生時代のアルバイト先で聞いた事があって、良い曲だなって思っていたのですが、曲名も歌手も覚えていなくて。今日司さんが歌ってくださったお蔭で分かりました。」
「そうだったのか。俺もあの曲好きなんだ。最初はメロディーが良いし、俺の音域に合って歌いやすいっていうだけだったけど、今は歌詞にも共感出来るなって思っている。少しクサいけどな。」
嬉しそうに怜と話す司に、咲は微笑む。
お兄ちゃんの機嫌を直す時は、これからは焼き菓子よりも怜さんね!
二人が会話を弾ませている間に、どうやら目的地に着いたようで、一行は明に続いてファミレスに入って行く。明の意外な選択に、怜は再び驚いた。
「学生時代は、さっきのバウンドワンで皆で遊びまくって、このファミレスに雪崩れ込むのが定番のルートだったんだ。今日は怜ちゃんに、それを体験してもらおうと思ってさ。」
呆気に取られている怜に、明が席に着きながら微笑む。
自分の学生時代は勉強とアルバイト漬けの日々だ。普通の学生は友達とこういう所に来ていたのかと、怜は周囲を見回す。高校生くらいのグループが参考書を開いて一緒に勉強していたり、大学生くらいのグループが楽しそうに会話していたり。
もし、状況が違っていたら…。
怜の脳裏にそんな考えが過ぎった。学生の頃の自分もこんな風に友人を作って、今日のように一緒に遊んでいたのだろうか。
考えても仕方のない事だ、と怜はすぐに自嘲する。それでも、そんな楽しい日々を垣間見せてくれた明に、怜は内心で感謝した。住む世界が違うと思っていた三人を、今は少し身近に感じる。
「怜さん、ここはパフェが意外と美味しいんだよ!私の一押しはチョコパフェなんだ!」
咲が楽しそうにメニューを見せる。
「今は季節限定で苺のパフェも出ているぞ。これも人気メニューの一つだからお勧めだな。」
明が示した写真に、咲も怜も目を輝かせる。
「本当だ!それも捨てがたいなー。ねえ怜さん、また違うの頼んでちょっとずつ味見しない?」
咲の提案に、怜は嬉しそうに頷いた。
「賛成です。流石にパフェは幾つも食べられないですから。」
「決まりね!じゃあ、あーくんはこっちのヨーグルトパフェにしてよ。」
「おいおい勝手に決めるなよ。」
咲の我が儘に、明は苦笑いを浮かべる。だが咲には甘い明の事だ。結局はヨーグルトパフェを頼む事になるだろうな、と司は内心で同情した。
「お前達、デザートも良いが、食事は何にするか決めたのか?」
司の冷静な突っ込みに、咲と明は苦笑して、怜は慌ててフードメニューのページに戻った。




