眼力
支払いを済ませた司は、明と雪原と連れ立って店を出た。
「あの…副社長、本当に宜しかったのですか?ネックレスまで買って頂いてしまって…。」
雪原が恐縮し切った様子で司に尋ねる。
雪原のセーターがシンプルなあまり胸元が寂しいからと、咲が持って来た華奢なネックレスがこれまた彼女に良く似合い、司は纏めて購入する事にしたのだった。
「構わないよ。君にはいつも世話になっているから、そのお礼だと思っておいて。」
「ですが…。」
尚も申し訳なさそうにしている雪原に、明が声を掛ける。
「怜ちゃん、こういう時はにっこり笑って『ありがとう』って言った方が、男は喜ぶんだよ。」
「…そうなのですか?」
雪原が上目遣いで司に尋ねた。一瞬、司の心臓が跳ねる。
「あ…ああ。迷惑でなかったのなら、喜んでくれた方が俺も嬉しい。」
「迷惑だなんてとんでもないです!あの…ありがとうございます。大切に着ます。」
雪原が顔を綻ばせ、司は目を見開いた。こちらの胸まで温かくなるような、心底嬉しそうな笑顔だ。
司は暫しその笑顔に見惚れていた。心臓がやけに煩く鳴るのを感じながら。
「じゃ行こうか。怜ちゃん、その荷物俺が持つよ。」
明が雪原の手にしていた紙袋をひょいと取り上げる。中身は雪原が店まで着て来た服と鞄だ。
「明さん!?それくらい自分で持ちます!」
雪原は慌てて取り返そうとする。
「駄目だよ。女の子に荷物なんて持たせられないだろ。」
「明、それは俺が持つ。」
司は明から紙袋を取り上げ、持ち手に腕を通して手をコートのポケットに突っ込んでしまった。
「副社長!?か…返して下さい!」
「断る。」
仏頂面で即答する司に唖然とする雪原の横で、明は思わず笑い出しそうになるのを堪えていた。
「怜ちゃん、荷物は持ちたい奴に持たせておけば良いから。行こう。」
明の言葉に、雪原は困惑しながらも、取り返す事は諦めた様だった。
三人は連れ立って地下鉄の最寄り駅まで歩く。
「ねえ見た!?今すれ違った人達素敵じゃない!?」
「見た見た!二人共イケメンだし、女の人も綺麗だったよね!モデルの人達かな!?」
「おい、あの子スゲー美人じゃね?」
明の耳に、そんな会話がちらほらと聞こえてきた。あちこちからの視線も感じる。
明は雪原を横目で見た。会話や視線に気付いているのかいないのか、無表情に戻っている彼女からは読み取れない。
本当、垢抜けたよな…。流石咲だ。この子がこんなに美人だとは思わなかったぜ。
明は内心で舌を巻いた。子供の頃からお洒落が好きで、母親と買い物に行きまくってファッションセンスを磨き上げ、WEST銀座店の副支配人を勤めるまでになったその眼力は伊達じゃない。
明はちらりと司を見る。司もまた、雪原を横目でじっと見つめていた。
「…副社長、あの…どこか変、ですか?」
雪原が自信無げに司に尋ねる。
「え!?いや、変なんかじゃないよ。本当に良く似合っているな、と思って…。」
「そ…そうですか。ありがとうございます。」
明は半ば焦った様子の司に近づき、小声で耳打ちする。
「安心しろ。怜ちゃんに見惚れているのは、お前だけじゃないから。」
「どういう事だ。」
顔を顰める司に、明は半ば呆れながらも、周りを見てみろ、と促した。司は辺りを見回し、自分達に視線を送る人々に漸く気付く。男性の視線が雪原に注がれていると分かった瞬間、司は言いようのない苛立ちに襲われた。
…っ!
思わず雪原を見つめる若い男達を思い切り睨み付けた。元々目つきが悪い方だという自覚はある。思惑通り、男達は竦み上がり、皆慌てて視線を逸らしていった。
おーおー。予想以上だな。女の子達まで怖がっちまったじゃねーか。
明は苦笑しながら、駅への階段を下りて行った。




