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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
漆幕◆忘れじの子守歌

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壊れた子供部屋

 影に攫われたミアが次に気付いたとき、其処は見知らぬ農村だった。

 刈り取りを終えた田畑と古い木製の家々が立ち並ぶ小さな村で、人は誰も住んでいないようだ。ミアが連れてこられた家は山裾近くにあり、裏手には薪を纏めておく四阿あずまやがあった。

 板張りの床は冷たく、簡素な壁からは隙間風が吹き込んでいる。硝子すら入っていない窓の外を見れば、すぐ其処まで冬が来ているような景色であった。

 マギアルタリアにいた頃はまだ暖かい季節だったはずなのに、木々は葉を落とし、風は冷たく、空は灰色に重く沈んでいる。


(空間全てが魔骸の気配に満ちているわ……こんなにも侵蝕が進んでいるのは初めて。それにこの気候も、魔骸が冬の空間を作っているのよね……? いったいどうして……)


 不安を映した瞳で窓の外を見ていると、背後に気配を感じて振り向いた。


「ミリー、どうしたの? お母さんはまだ帰らないわよ?」

「……ええ。わかっているわ」


 燃えるような赤い髪の少女が、ミアを真っ直ぐに見つめて微笑む。

 外見からして、年の頃は十歳ほど。体格は細めだが手足に肉刺の痕があり、良く動き回っていることが窺える。恐らく、両親の手伝いなどで幼くして働いていたのだろう。快活な性格が表情にも表れており、面倒見の良さが言動の端々から察せられる。

 だが、彼女の白目部分は魔骸の象徴である闇色に染まっており、その肉体からは生の気配を全く感じない。代わりにこれまでの旅で幾度となく感じてきた、災厄の魔石の気配に満ちている。最早彼女は人に非ず。完全に堕ち切った魔骸だと、彼女を構成する全てが物語っている。

 だというのに、彼女は過去遭遇したどの魔骸よりも“普通”に見える。

 ミアに話しかける声も視線もはっきりしている。魔骸の卵を抱えて妄想に耽っていた王女とも、兄を求めて暴れ狂っていた双児の獣とも、エルフの歌声を求め歌を呪った歌姫とも違う。

 此処に来てからというもの、この家から出ることだけは赦されなかったが、家の中にいる分には好きに過ごすことが出来た。


「窓の近くにいたら体が冷えちゃうじゃない。こっちへいらっしゃい」


 誘われるままに近付いていけば、魔骸とは思えないほど優しく抱きしめられた。体温のない腕がミアの小さな体を包む。きっと在りし日は、こうして寒がる弟妹を温めていたのだろう。

 切なさを覚えたミアが小さな手で怖ず怖ずと抱きしめ返すと、擽ったそうに笑う声がした。


「あなたは人一倍甘えん坊さんだものね。いいわ、今日はお姉ちゃんが一緒に寝てあげる」

「ほんとう? わたしが独り占めしてしまっていいのかしら」

「いいのよ、たまには」


 顔を上げれば、優しく微笑む金の瞳が間近にあった。

 狂って歪んだ魂だとは思えないほどに、穏やかな顔だ。けれど確かに彼女は壊れていて。それが証拠に、ミアの花翼と花冠の存在を正しく認識出来ていない。ヒュメンの姉妹と思い込んでいる。


 魔骸は、願いを抱えている。

 決して叶わない、強い強い願いを。

 ミアを攫った魔骸は、ミアをミリーと知らない名で呼ぶ。会話内容からして、魔骸の妹だったのだろうことだけは察せられたが、他にどれだけ兄弟がいたのかや、どんな暮らしをしていたのか、なにがあって魔骸になってしまったのかなど、肝心なことはなにもわかっていない。

 そしてなにより、本物のミリーはいま何処でどうしているのか。

 気にはなるが、いま自分が彼女にとってのミリーである以上「ミリーは何処にいるの?」などと問うことは出来ない。彼女の世界が壊れた場合、なにが起きるか想像もつかないからだ。


「先に寝ていようね。きっとすぐ帰ってくるから」

「ええ……そうね」


 夜が更けてきたところで、魔骸はミアを布一枚で隔てた隣室へと案内した。此処は土間と台所が一つになった主な生活用の部屋と、寝るための部屋の二部屋があるだけの、小さな家のようだ。

 寝室は暗く、入った瞬間は目が眩んでなにも見えなかった。だが、臭いと気配だけは隣室にいたときからずっと感じていた。


「……っ!」


 なにが此処で起きたのか、ミアは一目で察してしまった。

 あまりの光景に悲鳴を上げずにいるだけで精一杯だった。吐息が震えるのを悟られまいと両手で口を塞ぐが、掠れた吐息が零れ出てしまう。


「皆、静かだと思ったら先に寝ていたのね。仕方ないんだから」


 魔骸はまるで世話の焼ける兄弟に対して言うようにぼやきながら、それらに向かっていった。

 壁に凭れる格好で死んでいる子、部屋の隅に蹲ったまま死んだ子、逃げようとしたのか両手足を折られた状態で死んでいる子、行李のような物入れの中で小さくなって死んでいる子。

 室内には、たくさんの死が転がっていて。そのどれもが十にも満たない子供たちだった。


「風邪を引いたら大変だわ。もうすぐ冬になるっていうのに、仕方ない子たち」


 魔骸は命の灯が消えた子供たちを順に集め、布団に寝かせていく。手つきは紛うことなく優しい姉のもので、だからこそ余計に凄惨な光景と辻褄が合わずに混乱してしまう。

 一つを残して全員寝かし終えると、魔骸はミアへと振り向いた。


「さあ、一緒に寝ましょう。特別に子守歌も歌ってあげる」

「……ありがとう、……お姉ちゃん」


 此処に来て初めてミアがそう呼ぶと、魔骸は心底からうれしそうに破顔した。


「うふふっ、いいのよ。可愛い妹のためだもの。ねえ、ミリー」


 薄汚れた布団に横たわり、魔骸に抱きしめられながら目を閉じる。

 なんて奇妙な状況だろうか。心をなくしたはずの少女だったものと共に眠るなどと。本来なら、浄化しなければならないはずの相手と、それからたくさんの死体たちと共に夜を過ごすなどと。

 魔骸は独特の地方訛りが乗った発音で、静かに歌い始めた。


 ――――眠れ 良い子よ

 泣く子はないか 泣かずに眠れ

 もしも泣くなら 大きな白狼が

 お前の腹を ひょいとくわえて

 お山に連れ去り 巣穴に埋めて

 ノルドの木に 変えてしまうよ――――

 

 トントンと心地良いリズムで布団を叩きながら、魔骸は子守歌を歌う。

 二度と目覚めない子供たちへと。そして、自らを終わらせに来た花の少女へと。


「大丈夫よ。あたしが守ってあげるから。盗賊なんか怖くないわ。皆、殺してやるから……」


 歌い終えると、魔骸は誰にともなく零した。

 その声には明確な憎悪が込められており、聞くまでもなく彼女の過去になにかあったのだろうと理解出来た。

 魔骸の手が、ミアのやわらかな髪を撫でる。その気になれば引き裂いて殺すことも出来る手で、慈しむように優しく。その表情を確かめることは出来ない。ただせめて、いまだけは安らかでいてほしいと、ミアは心の奥底で願った。


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