双子姫の秘密
爽やかな風が吹き抜ける草原の中、シエルが口火を切った。
「さて、お互い聞きたいことは色々あるだろうけれど、まずは公女様にお話を伺おうかな」
「ええ……」
双子姫の片割れが悲痛な表情で語ったのは、ミアたちが抱いていた嫌な予感に実体を与えたかのような、うれしくない答え合わせだった。
ある日突然、アルマファブルの后妃が地下牢に捕らえられたことから異変は始まる。
もしかしたらそれ以前からなにかに蝕まれていたのかも知れないが、少なくとも双子姫にとって明確に異変と取れる事態は、母である后妃に降りかかった思いも寄らぬ災難であった。彼女たちの父でありアルマファブル大公である壮年の男は、后妃の投獄理由を「不義である」と語った。その言葉もまた、姫たちには信じ難いものだった。
「父と母は、年の差こそあれどとても仲睦まじい夫婦でした。娘であるわたくしから見ても、民の目から見ても、それは間違いない事実であったと確信しておりますわ」
「それなのに、突然不義の疑いをかけられるなんて……いえ、疑いではなくそれが事実だと信じていたのでしょう。でなければ審議もなく投獄などしないでしょうから」
手を握り、寄り添い合いながら、双子姫は交互に語る。
まるで二人で一つであるかのように、僅かな息の乱れもなく。
それから大公の乱心による災難は、姫たちの身にも降りかかる。
あまりにも突然に、身に覚えのない罪状を突きつけられ、審議の間すらなく処刑の日取りだけが決定した。我が子に向かって罪人である后妃の影武者は罪人だと叫んだ父の目に、正気の光は全く見えなかった。悍ましい化物でも見るかのような目で見られたことも哀しかった。
何故、大公は突然狂ったのか。何故、母や自分たちを裏切り者だと断じたのか。僅かでも自身の行いに覚えがあるならまだしも、后妃にも姫たちにも大公に疑われるような覚えはない。
だからこそ思考が遅れ、対処も逃亡も出来ず、無抵抗で処刑台に上らされてしまったのだった。
「皆さまが来てくださらなければ、どうなっていたか……」
「本当に、ありがとうございます」
改めて礼を述べてから、姫の片割れがそういえばと一行を見た。
「わたくし、自分のことばかりで皆さまのご用事を伺うこともしませんでしたわね」
「そうですわ。いったい我が国へどんなご用事でしたの?」
もしや馬車に不備でもと、双子姫の視線が魔獣馬車へと向かう。だが見た限り、魔獣にも馬車の本体にも故障や不備は見られない。
「それなんだけどね、ローベリアが崩壊してしまったから、顛末を伝えに来たんだ」
「えっ……!」
双子姫は揃って言葉を失い、シエルを見た。
「まあ、あの国でも色々あったわけだけれど、それを話している余裕はなさそうだね。まず今回の諸々を片付けてしまおうか」
「そうですわね……わたくしたちに出来ることでしたら何なりと仰ってください」
「あのう……それじゃあ、気になってたことを聞いてもいいかにゃ?」
それまで黙って話を聞いていたミーチェが、怖ず怖ずと右手を挙げて発言した。ミーチェの目は双子姫の片割れへと向いており、その表情は不思議そうな色に染まっている。
「なにかしら?」
「お姫様、どうして片方お人形さんなのにゃ?」
「えっ」
ミーチェの問う言葉に一番驚いたのはミアだった。丸い目を更に丸くして、ミーチェと双子姫を交互に見つめている。
「……抱き上げたときにわかって仕舞われましたのね。確かにこの妹は、機構人形ですの」
「ええ。間違いなく、わたくしはお姉さまと共に歌うため作られた叡智の結晶ですわ」
嫣然と微笑む双子姫は、何処をどう見ても美しい姫君でしかない。人形だと言われても、ミアの目には違いが全くわからない。
「そうだったの……全然気付かなかったわ。でも、どうして?」
「世界が詩魔法の蘇生を試みていることはご存知でして?」
「聞いたことはあるよ。エレミアも確か錬金術師を育成して詩魔法の復活を願っていたよね」
シエルの言葉を聞いて、ミアはエレミアでの出来事を思い出した。
星と詩の国エレミア。彼の国は吟遊詩人発祥の地として、災厄の魔石が世界に散ってからは更に吟遊詩人の育成に力を入れ、古代の石版の解読を求め、救済の詩を蘇らせようとしていた。世界が魔石の脅威に晒されているいま、似たようなことを他国がしていても、何の不思議もないのだ。
「わたくしたちは、詩魔法とはティンダーリア王家の血筋に因るものではなく、詩の女神の祝福と加護を受けた者が紡ぐ奇跡だと突き止めましたの」
「其処で、母は幼少から歌うことが好きだったお姉さまそっくりのわたくしを作成し、お姉さまの成長に合わせてわたくしも成長させ、本物の姉妹のように育てて歌の才を伸ばしてくださったの。いつか女神様に歌声が届き、詩魔法の祝福が得られるように」
港町での歌比べも、元はといえば二人の名声を天に轟かせる手段の一つだった。それがいつしか挑戦者を打ち負かすことに目的が移り、初心が忘れられてしまったのは大きな失敗であった。
「あのような失態を演じてしまいましたけれど、元は世界の救済を願っていた歌でしたのよ」
「ですが、それも当分は出来そうにありませんわね。世界どころか我が国がこの様ですもの」
双子姫は鏡写しのように寄り添い合い、哀しげに俯く。
草原のあいだを吹き抜けるそよ風の音だけが流れる中、暫し沈黙が一行を包んだ。
「……いけない。わたくしったら、お世話になっておきながら名乗ってもいませんでしたわね」
空気を変えるように、努めて明るい声を出して、姉姫が微笑む。
「わたくしの名はメリアエ」
「わたくしの名はメリアデ」
「どうぞ、お見知り置きくださいまし」
双子姫に続いてミアたちも「わたしはミア。こっちはクィンで」「俺はヴァン」「私はシエル。そして姫様方を救出した獣人の片方がルゥくんで」「ミーチェだにゃん」と順に名乗った。
メリアエは最後に名乗ったミーチェをじっと見つめたかと思うと、「違っていたら申し訳ないのだけれど」と前置いてから、身につけていたブローチを外して見せた。
「もしかして輝石加工職人キャスのお嬢さんではなくて?」
「えっ、お父さんを知ってるのにゃ?」
きょとんとして首を傾げるミーチェに、メリアエは眉を下げた表情で頷いた。
「素晴らしい輝石加工品を生み出す職人ですもの。当家も何度かお世話になっておりましたのよ。ただ……最近すっかりお姿を見なくなってしまいましたの。作品も売りに出されていないようで」
「工房に籠っていらっしゃるのか、それとも街を出て行かれたのか……いかに公爵家といえども、民一人一人の行方を全て把握していることは難しく、これ以上のことはわからないのですけれど」
申し訳なさそうにする双子姫に、ミーチェはふるふると首を振って微笑いかけた。獣人族特有の鋭い犬歯が、口の端で控えめに覗く。
「お父さんは野心の強い人だったにゃ。ミーチェを学園に入れたのも、半分は名声目的だにゃん。でも、だからこそ急にいなくなるのは不思議だにゃ。急に有名になるならわかるけどにゃ」
どうしたのかにゃ、と首を傾げるミーチェ。その顔は怪訝そうでもあり、心配そうでもあった。離れて暮らすたった一人の家族が行方知れずなのだから、当然である。
だがミーチェは、暫し考え込んでから、ふるふると首を振った。
「お父さんのことも気になるけど、まずは国のことだにゃ。なんでこんなことになったのか調べて解決しないと、何にも始まらないにゃん」
「……そうね。ミーチェのためにも、この国でなにが起きているのか調査しましょう」
「お花ちゃんありがとにゃん」
ミアの両手を握って微笑むミーチェの顔は、いつか見たルゥの寂しげなそれとよく似ていた。




