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魔石物語~妖精郷の花籠姫は奇跡を詠う  作者: 宵宮祀花
肆幕◆哀しき獣の月葬歌

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戦う理由

 上級闘士専用施療院にて。

 国際治癒医術師の資格を持っているというニアの治療を受けた一行は、漸く人心地ついた様子で心身を休めていた。ルゥは大事を取って、別室で一人眠っている。


「これからどうすっかね。金稼ぎに来たはずが、こんなことになるとは」

「だいたいはヴァンがオーナーを殴ったせいですがね」

「そうだねえ。エキシビションの賞金がどれくらいかはわからないけど、あれがあったらいくらか足しになったはずだよね」


 淡く笑みを浮かべながらクィンが言えば、シエルもクスクス笑ってそれに同意する。揶揄われているとわかっているヴァンも、二人に「うっせ」と悪態で返した。

 無理に明るく振る舞おうとしていることは、誰もが承知の上だった。白々しい作り笑いが本物の笑みに変わるのに、時間が必要であることも。

 戦いの最中に衣服を大きく切り裂かれたクィンは、現在ニアが用意した服を着ている。サイズが近いからと借りたものだが、彼も秘書という執事に近い立場の人間だからか、然程違和感がない。

 因みに着ていた服は、ニアが修復に出すと言って持ち去っている。


「お待たせ致しました」


 其処へ、用事があると言って席を外していたノエが戻って来た。

 彼の手には両手で抱えるほどの宝飾箱があり、付き従ってきた使用人らしき人たちは、それより一回り大きな箱を抱えている。


「まずはお礼を。あの薄汚いブタ野郎をぶっ飛ばしてくださり、ありがとうございました」


 上品な身形をした嫋やかな男から出てきたとはとても思えない言葉に、四人は目を丸くした。

 ノエはただでさえ細い目を更ににんまりと細め、一行を見回す。


「可能なら私も一発どころか何発か叩き込んでやりたかったのですがね、我々では少々しがらみがありまして、下手に動くことが出来なかったものですから」


 その言い分は、ヴァンたちにも理解出来た。ミアはひとり難しい顔をしているが。オーナー同士やりやすいこともやりにくいこともお互い様だったのだろう。それを冒険者という部外者が外から突き崩した。新しい風のお陰で、膿を一つ取り除くことが出来たのだ。


「そして、ルゥのご兄弟を助けられなかったこと、心からお詫び致します。ルゥにも後ほど改めてお詫びしなければなりませんね……」


 ミアは、現在施療院の個室で眠っているルゥを思い、長い睫毛を伏せた。

 あのあとルゥは散々泣きじゃくって、泣き続けて、糸が切れたように意識を失った。彼が吐いていた黒い液体は、エスタの宿で見た黒い粉末と同じ成分だった。災厄の魔石を粉末にして、様々な魔石や魔獣や罪人の血を混ぜて煮詰め、固めて、再度粉にしたもの。魔術というよりは呪術に近い効果を及ぼす、悪しき物体だ。


「ニアがあの男の屋敷を調べたところ、諸々の証拠が出てきたそうです」

「やっぱり、最初からオーナーが全て……?」


 シエルの問いに、ノエは苦しい表情で頷いた。


「あの男は、この街を魔骸で以て牛耳るつもりでいたようですね」


 オーナーはローベリアから錬金術師を招き、安価で買い叩いた獣人の兄弟を改造して魔骸を己の手駒とすることを考えた。立派に育て上げたプリンス階級の闘士と魔骸の戦いをエキシビションで披露し、力を見せつけた上でそれを制御して見せる。力を誇示するためには、まず餌とする闘士が強く華やかでなければならない。それゆえオーナーは表向きルゥの待遇を良くして、彼が冒険者と交流を持つことにも制限をつけなかった。彼の人好きのする明るい性格はオーナーの計画にとって好都合でしかなかったため、基本的に放置されていたようだ。

 お陰でノエは、ノーマを通して情報を集めることだけは出来たのだが。

 そして、今日。エキシビションの舞台にてルゥを魔骸に変異させて力をより誇示し、使い捨てるつもりだったのだが、オーナーが与えた例の粉末との相性が悪く、強い拒絶反応を示した。ルゥが戦うどころではなくなり計画が崩れるかと思われたとき、運悪く目をつけられたのがミアたちだ。

 ルゥの体調不良の原因を押しつけ、その上で悲惨な姿を晒してもらうのに、美しい容姿を持ったミアやシエルは特に都合が良かった。

 一方でルゥの兄弟は、彼のオーナーに捕まったその日から、件の粉末を溶かしたものを少量ずつ食事に混ぜられ、徐々に体調を崩していった。本格的に寝込むようになってからは完全隔離され、ルゥは一目さえも会えないままオーナーの言う通り闘士として戦い続けた。

 いつかまた、元気になった兄弟に会えると信じて。


「…………ルゥは、これからどうなるの……?」


 目に涙を溜めたまま、縋るような表情でミアがノエに訊ねる。


「それは……まず、彼がどうしたいかにかかっています。今後も闘士として戦うつもりなら当家が責任を持って後継としますが、そうでないなら……」


 重い空気が流れる中、不意に一つの足音が部屋に向かってきた。裸足の音だ。

 振り向くと其処には、泣き腫らした痕を頬に残したルゥが立っていた。


「ルゥ、もう起きて大丈夫なのですか」


 ルゥはノエに頷いてから、静かに切り出した。


「ノエ。おれは……ここから出て行きたい。もう、戦うりゆう、なくなったから」

「……そうですか」


 ノエはルゥの決断を真っ直ぐ受け止めた。

 半ば、わかっていたことだった。戦っていたときは楽しかったかも知れない。だがそれは、全て兄弟たちのため。護るべき兄弟がいなくなったいま、残る理由も戦う理由もない。


「でも、どうしたいとか、まだ、わからない……」

「ええ。わかります。急がなくて良いのですよ。暫くは当家で療養するといいでしょう」


 ノエの申し出にも、ルゥは力なく「ありがと」と言って俯くばかりだった。

 天真爛漫な彼を見てきたミア一行は、彼の胸を埋め尽くしている喪失感を思うことしか出来ず、ただただ黙ったまま見つめていた。


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