大陸を越えた再会
宿に戻った一行は、購入した品を馬車に預けて部屋で休息していた。
六人用の大部屋が空いていなかったため、ソファのある四人部屋を選び、ルゥが獣の姿になってソファで眠ることになっている。まだ就寝には早いというのに、既に狼の姿でソファに寝そべっており、ヴァンたちの話し声に答えるかのように時折尻尾が揺れている。
「気になる噂を拾ったのだけれど……ラトレイアに行った人が戻らないんだって」
「ラトレイアに? 旅人が悉く宗旨替えでもしたってのか?」
女神信仰の都、ラトレイア。
聖遺物の国オラクロアに所属する大都市であり、救国の聖女レイアを女神とし、信仰対象として祀りあげて発展した都だ。
聖女レイアは魔石戦争の折に難民を広く受け入れ、祷りの力で土地を守ったという。毎朝礼拝を行う熱心な教徒が多く、協会本部の他に支部が三つあり、民は近くの教会に足繁く通っている。
そんな都を訪れた人が、戻らない。宗教に対して偏見がある者ならば勧誘が行きすぎて軟禁でもされているのではと考えるところだが、これまでラトレイアで勧誘行為がされたことはない。抑も鉱山都市と交易都市のあいだにあり、旅人が多く行き交う街でそのようなことをすれば、たちまち悪評が世界中に広まってしまう。信者獲得のメリット以上のデメリットが目に見えていて、無理な勧誘をするとは思えない。
ならば何故、あの街で人が停滞してしまっているのか。
「向かった人が戻らないっていうのは、迷いの森では良く聞く話だったけど……災厄の魔石絡みで考えるなら、ローベリアのことが浮かぶよね」
「となると、あの街に魔石に取り憑かれたヤツがいて暗躍してるってことか」
「確証はないし、噂の上澄みを聞いただけだから何とも言えないけどね。本当に、ただ女神レイア信仰に宗旨替えして永住しただけかも知れないし」
そんなことはないと、シエルもわかっていた。
噂の対象である『戻らなかった人』は、冒険者だったのだから。その人の仲間たちは彼を追って都へ行くべきか、彼から届いた手紙を信じて置いていくべきか決めあぐねていた。
「戻らない人からお手紙があったの?」
「そうみたい。私も見せてもらったよ」
其処には、こう書かれていた。
――――最早苦難の道を行くことは出来ない。今後は苦痛無き世で、女神と共にある。私はこの都で皆の無事を祈っている。慈悲深き女神の元で――――
その文字は紛れもなく仲間のものであり、脅されて書いているような不自然さもなかった。が、文体だけがその人らしくなかった。まるで別人が乗り移ったかのようだったという。
「本当に神なんてものがいるなら、つらい思いをして生きてる人なんかいないはずだ。それが彼の持論だったらしい。それなのに、たった数日でこの有様だからねえ」
「神様も女神様も、完璧な存在ではないのだけれど……近代種の人はそう考える人が多いわね」
近代種という言葉が、シエルではなくミアから出てきたことにヴァンは一瞬驚くが、そういえばミアも古代種だったことを思い出した。ヒュメンや獣人のような、魔石戦争後に生まれて発達した種族を纏める呼び方だ。逆に、魔石戦争以前から存在していたエルフやフローラリアを、古代種と呼ぶ。フローラリアに至っては神話の時代にも存在していたため、神代種族とも呼ばれる。
「確か、自分の属する精霊のまとめ役でしかねえんだっけか」
「ええ。わたしのお母様であるシャンテノーラ様とフラウルーシェ様は、それぞれ詩と花を司っているけれど、それ以外のことまではどうにも出来ないはずよ」
「だからこそ、自分の属性に関しては誰よりも深く強く干渉できるんだけどね」
ヒュメンが近代に作った神や女神は、偉大な功績を挙げた故人であることが多い。その場合も、全知全能で完璧な存在ではないはずなのだが、稀に神という語を誤解している者がいる。
ラトレイアの女神も魔石戦争の功労者を祀ったもので、世界中全ての人を完全に救済するなどといった離れ業は、端から期待されていない。
それどころか、ラトレイアの女神への祈りは「あのときはありがとうございました。お陰様で、今日も平穏無事に生活出来ています。今後も見守っていてください」という感謝が中心であって、祈れば生活が楽になり魂が救われる類いの女神ではなかったのだが。
手紙の文言を思うに、女神レイアが苦痛を取り除き人々を救済してくれているかのようだ。
「おかしいわ。レイア様はあの土地を守っているだけだったはずよ」
「何だか妙なことになっているね。街から戻らない人がいることもそうだけれど、女神様の性質が歪んでいる気がするよ」
「んじゃあ、次はラトレイアか? 進行方向的には順当だな」
ヴァンがテーブルの上に地図を広げると、ミアとシエルが覗き込んだ。普段ヴァンが使っている古い地図ではなく、最近購入した最新の地図だ。この地図に、ヴァンの故郷は載っていない。更にエルフの郷と迷いの森が、ローベリアが切り拓いた街道によって大きく分かたれている。
「そうね。地図を見た感じだと、なにも起きなかったら十日くらいで着くかしら?」
「おう。だがまあ、此処から先は北大陸だ。多めに見積もっておこうぜ」
「明日、食料を買い足したら早速向かおうか。いつから異変が起きているのかもわからない以上、のんびりしていられないしね」
話が纏まると、ヴァンは地図をバックパックにしまって「酒場に行ってくる」と言い残し部屋を出て行った。いつも通り、情報の集まりやすい場所で多方面から訪れる冒険者たちの会話を聞いてくるのだろう。ルゥはともかく、ミアやクィン、シエルが酒場を訪ねると、珍しい種族への関心で必要な話題が霧散してしまう。人目を集めたい場合はともかくとして、噂話がほしいときは却って邪魔になってしまうのがもどかしい。
「明日買い足すものを纏めたら、先に休んでいることにするわ。いまのわたしに出来ることはそれくらいだもの」
「大森林でもヴァンが言っていましたからね。休めるときにしっかり休みましょう」
部屋に残った四人も、それぞれが夜に備えて寝支度を始める。
一方ヴァンは、レオフォロッサの中でも特に大きな酒場を訪ねていた。
扉を開けると、まず外にまで漏れ聞こえていた喧騒と酒気が浴びせかけられる。右手奥に見えるカウンター越しに威勢のいい声で「いらっしゃい!」と呼びかけがあり、それを合図にフロア内で接客していた従業員が「空いてる席へどうぞ」と声をかけた。
高い天井から吊り下げられた暖色の照明が、店内を明るく照らしているその下を、空席を探してさまよい歩く。時間帯もあって混雑しており、カウンターは満席。テーブル席も四人掛けが数カ所空いてはいたが、一人でテーブルを占拠するのは気が引ける。
さて、どうしたものかと店内を見回していたときだった。
「なあ、良かったら相席しないか?」
ふと声をかけられ、ヴァンが声のしたほうを見ると、四人掛けの席に見覚えのある三人がいた。エレミアで出会った青年剣士と女性二人のパーティだ。魔術師の女性が小さく手を振り、聖術師の女性はぺこりと頭を下げた。
思わぬところでの思わぬ再会に、ヴァンは一瞬目を瞠って、そして破顔した。




