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【5】















 先にも述べたが、シロラ湖は森の中にある。一部だけ開けた空間があり、そこが湖になっているのだ。ここがピクニックの目的地。まあ、ピクニックなら歩いて来い、という話だが、貴族のピクニックは一味違うのだ。


「へぇ。きれいなところだね」


 一足先に馬車を下りたリューディアは、美しい湖の水面を見て眼を細めた。それから馬車の方に目を戻し、手を差し出す。


「ありがとうございます、お姉様」


 そう言いながら微笑み、リューディアの手を取ったセラフィーナが馬車を下りてくる。近づいてきていたイェレミアスが「あ」と声を上げる。


「ちょっとリューリ。俺の仕事取らないでよ」

「ああ、ごめん。くせで、つい」


 そう言えば、セラフィーナはイェレミアスの恋人だった。イェレミアスが自分でエスコートしたかっただろうに、申し訳ない。まあ、馬車を下りたセラフィーナはまっすぐにイェレミアスの元に向かって行ったが。



「……リューリお姉様。元気出してください」



 馬車から顔を出したマリアンネがリューディアに言った。リューディアは彼女にも手を差し出す。マリアンネはその手を取って、ゆっくりと馬車を下りてきた。


「……私、元気なさそうかな?」

「少し。うらやましそうに見てるように見える」

「……マリィ。君は鋭いよね」


 リューディアは隣に降り立ったマリアンネの頭をなでた。確かに、リューディアはセラフィーナがうらやましいのだ。

 それが、セラフィーナがイェレミアスに愛されているからか、それとも、愛されているということ自体がうらやましいのか、それはよくわからない。


 ピクニックなので、湖の近くで昼食をとる。何となく、グループができてしまうのは仕方のない話だろう。セラフィーナとイェレミアスは2人で仲よさげにサンドウィッチを食べているが。

 大自然の中で食事をするのは気持ちがいい。貴族の中にははしたない、と顔をしかめる者もいるが、リューディアは外で食事をしたり、お茶をしたりすることが好きだった。


 昔、剣術の師に装備は剣一本という状態で山に放り込まれたことを思い出す。一人ではなく、イェレミアスとユハニが一緒だったが、仮にも女であるリューディアと仮にも王族であるユハニをロクな装備なしで山に放り込むとは、我が師ながら何を考えているのだろうか。


 非常に今更であるが、リューディアはイェレミアス、ユハニ、リクハルドと兄弟弟子にあたる。アウリスとミルヴァも同じ剣の師に師事していたはずだが、二人は直系の王族なので、少しカリキュラムが違ったらしい。

 思わず遠い眼になったリューディアにミルヴァが問いかけた。


「リューリ、どうしたの?」

「……いや、昔、師匠に剣一本で山中に放り込まれたことを思い出してた」

「ああ、それ、リューリたちもやったんだ」


 世代的にはリクハルドはリューディアたちの一つ上になるので、彼は彼女らが山に放り込まれていたことを知らなかったらしい。というか、その口ぶりからすると、彼らも放り込まれたのか。


「うわぁ、懐かしいね! さすがに死ぬかと思ったもん、僕」


 リクハルドは楽しげに言ったが、周囲はどん引きだ。リューディアも他人事だったら引いていると思うから、気持ちはわかる。平然としているのはちまちまフルーツサンドを食べているマリアンネだけだ。


「……剣一本って……よく生きてるな、リクも、リューディアも」


 アウリスが呆れた調子で言った。確かに、よく生きて帰ってこれた、自分。


「いや、意外と大丈夫だったね。放り込まれたと言っても二日間だし、最悪水さえあれば生きていられるし。まあ、魔物が出るからおちおち寝てられなかったけど」

「……マジで?」


 ミルヴァがリューディアにこっそり尋ねた。お前、婚約者の言葉が信じられないのか。というか、話をふらないでほしかった。


「……まあ、私は3人で放り込まれたからね。ユハニがいれば、大概のことは何とかなったし」


 あの男の恐ろしいところは、彼の特徴である強力な攻撃魔法を封じても、己の身体能力だけで魔物を狩ってしまうところだ。

 魔物はよほどの山奥などでなければ出ない。この頃では、数が減少しているといわれている。この辺りのことは、マリアンネの方が詳しいだろう。


 それでも、カルナ王国の辺境にある山には、まだ多くの魔物が出る。魔物の出現率には地域差があり、カルナ王国は比較的出る方だ。その中の、『よく出る』と言われる山に放り込まれたのである。


「私的には、魔物よりもユハニの方が恐ろしかったけどね」

「いや、さらりとそういうあなたも恐ろしいわよ」


 エリサからツッコミが入った。この中で比較的常識人であるエリサは、隣にいるマリアンネの手を拭いていた。さすがに世話をされるほどマリアンネは幼くないのだが、彼女のぼーっとした雰囲気が世話を焼きたくなってしまうのだ。


「……ユハニ様が『最終兵器』って呼ばれるようになったのはそのころからだって言ってました」


 マリアンネが余計な情報を提供する。ユハニよ、彼女に何を吹き込んだのだ。リューディアは乾いた笑い声をあげた。



「いやぁ。ユハニと一緒にマンティコアを狩ったのはいい思い出だよ」


「……」



 今度は全員が引いた。リクハルドですら引いた。やはりいつもの調子なのは冷たい水を飲んでいるマリアンネだけ。


「ユハニ様は魔力を封じられた状態だったらしいです」

「……マリィ。君、ユハニと普段どんな会話をしているの」


 つぎつぎといらない情報を提供してくれるマリアンネにツッコミを入れ、リューディアはため息をついた。

 ユハニは魔法なし、リューディアとイェレミアスは魔法を使えない。イェレミアスは一緒にいたものの、マンティコアの一撃で気を失っていた。だから、イェレミアスはリューディアたちと同期でありながら、『最終兵器』などという不名誉な異名を与えられていないのだ。


 通常であれば、気を失ったイェレミアスの方が名誉にかかわるのだが、ユハニとリューディアの異常な戦闘力のおかげで、イェレミアスの方がふつうである、ということになっている。


 もちろん、とどめをさしたマンティコアは山に放置してきたので、ユハニとリューディアがマンティコアを狩ったことを知っているのは彼女らの師匠と、他数人だけだ。しかし、噂は広まるもの。マンティコアを狩った、という噂が誇張されて今に至る。


「まあ、この辺りは魔物は出ないから、大丈夫だよ」


 リクハルドがその場の空気を和ませるように言ったが、言葉の選択を失敗していると思った。
















「マリィ。あまり遠くに行っちゃだめだからね」

「はい」


 リクハルドが薬草収集に行くというマリアンネに注意する。花を摘むのではなく薬草を集めるあたり、マリアンネも変人魔術師の一人なのだなぁ、と思う。


「なら、わたくしも行こうかしら」


 エリサもマリアンネの後を追って行った。二人で大丈夫か、と思ったが、よく考えればマリアンネは魔術師だった。心配ないな。

 籠を持って湖の近くの花畑に座り込んだマリアンネは隣にしゃがみ込んだエリサに何かを話しながら籠に薬草をいれていく。摘んでいるのが薬草でなければ微笑ましいのだが、集めているのが薬草だからな……。


 湖の方に目をやると、セラフィーナとイェレミアスがボートで湖に出ていた。本当に仲がいいな……。


「あ、リク。あれ、私も乗りたい」


 リューディアと同じようにセラフィーナたちを見ていたのだろう。ミルヴァがボートを指さして言った。リクハルドは苦笑しつつ「はいはい」とミルヴァに手を差し出す。なんだかんだで、この男も婚約者には甘い。


 ミルヴァとリクハルドにひらひらと手を振っていたリューディアはふと気が付いた。そう言えば、アウリスと2人きりになってしまった。


「……」

「……」


 先ほどまでにぎやかだったのに、いきなり沈黙が降りる。周囲のほかの令嬢たちの華やいだ笑い声がよく聞こえた。



 え、これ、何か話しかけるべき? 話しかけていいの、これ。



 リューディアは沈黙が苦にならないタイプの人間だが、アウリスが相手だとさすがに居心地が悪い。心の中で自問自答し、「まあいいか」と思って話しかけることにした。


「殿下がこんな催しに参加されるとは、正直意外でした」


 聞いた時から思っていたことを言った。アウリスが参加すると聞いて、リューディアは驚いたのだ。氷のような印象の王太子に、ピクニックのようなほのぼのしたものは似合わない気がした。


「妹さんたちが心配でしたか」


 にっこりと笑みを浮かべると、少しアウリスの切れ長の目が見開かれた気がした。少し間を置き、アウリスは答える。


「……まあ、それもないとは言わないが。たまには息抜きも悪くない」

「ああ、それもそうですね」


 リューディアは納得し、アウリスから視線を動かすと、先ほどまで薬草を集めていたエリサとマリアンネがいなくなっていることに気付いた。場所を移したのだろうか、と視線をめぐらせると、木陰で休んでいる姿を発見した。マリアンネはエリサの膝に頭を預けて眠っているようだ。何となく微笑ましい光景にそちらを眺めていると、エリサが気づいて手を振ってきた。リューディアも手を振りかえす。


「マリアンネが寝てしまったのか。やはり、まだ子供だな」

「13歳なら、子供か大人か、微妙なところではありますね」


 アウリスの言葉にリューディアはそう返した。カルナ王国の社交界デビューは15歳だ。そのため、15歳から成人とみなされているところがある。なので、13歳ならばちょうど大人と子供の境界線だ。


 笑みを浮かべたままアウリスを振り返ると、彼はじっとリューディアのことを見ていた。その視線を受け、彼女はずっと聞きたかったことを思い出した。


「そう言えば、殿下に聞きたいことがあったのでした」

「なんだ」


 相変わらず抑揚のない声だ。しかし、話しにくい感じはしなかった。話してみれば、意外と気さくな人物なのかもしれない。友人の兄なのに、そんなことも知らなかった。


「自意識過剰かもしれませんが、時々私のことを見てませんか? 気のせいですか?」

「……」


 アウリスは沈黙した。リューディアのジェイドグリーンの瞳がアウリスのアイスブルーの冷たい瞳とぶつかった。


「……それは」


 アウリスが口を開いた時、別の声がかかった。


「あのっ。よろしければ、わたくしも混ぜていただけませんかっ?」


 顔を赤らめた令嬢がリューディアに話しかけた。リューディアは反射的に笑みを浮かべながらも、戸惑ってアウリスと目を見合わせた。

















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


うーん。次の話を明日投稿できるかは微妙なところです。

明日はだめでも、明後日には投稿するでしょう。たぶん。

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