番外編8
宣言通り、これが最終話となります。
「で、どこからどこまでがお前たちのシナリオだったんだ?」
アウリスが側近であるリクハルドと魔法研究所所長のユハニに尋ねた。昨日の今日であり、ユハニは完全に病み上がりであったが、平然と研究所に出てきていたので、引っ張ってきたのだ。
「シナリオって言っても、大したことはしてないよ。ただ、入れ替わっている警備兵がどこに配置されているか確認して、監視してただけだよ」
「お前たちが?」
「いや。マリィが」
「……」
何故すべてマリアンネに丸投げなのだろうか。
確かにマリアンネと言う少女は魔法に限定してみればかなり優秀である。魔法力だけなら、ユハニと互角なのではないだろうか。
監視する魔法だけに絞れば、マリアンネにもさほど負荷はかからないだろう。この上戦闘を行おうとするから大変なのである。
動き出すタイミングがつかめれば、こちらも動きやすい。あらかじめ合図を決めておき、それに従ってリクハルドは会場を出たのだと言う。
「あのワインの凍結か」
「まあ、そうと言えばそうだし、そうじゃないと言えばそうじゃないね」
「はっきりしろ」
アウリスは肩をすくめた。ユハニがかけていた眼鏡を押し上げる。
「あとで調べたが、兄上たちが手にしていたワインには毒が含まれていた」
「……」
沈黙したアウリスに、ユハニは「以前リューディアが含んだものと同じものだな」と追加情報をくれる。
まず、毒が含まれていることに気が付いたマリアンネがワインを凍結させた。入り口に立っていた氷像が彼女の『目』の代わりをになっていたので、その『目』を起点に魔法を発動させたのだそうだ。毒を見抜いたのはそう言う魔法陣を作ったらしい。そう言えば、会場準備中にマリアンネがまたがりがり魔法陣を描いていた。あれか。直接石に刻むのではなく、絨毯の裏に描いていたが。
まあ、それはともかく。魔術師の行動を突っ込むだけ無駄だ。
「一番上のヴァルトが捕まってしまえば、その下は芋づる式だからね。楽だったよ」
ニコニコとリクハルドが言ってのけるが、アウリスは彼が笑顔で脅迫したような気がしてならない。
「と言うか、あっさり捕まったってことは、事前に入れ替わっている警備兵全員のヴァルトとのつながりがはっきりしてたってことだろう。何故先に捕まえなかった」
アウリスの訴えは当然であろう。危険な目に合ったのだ。一番危険な目に合ったのはユハニのような気がするが、それは置いておく。
「決定的な現場をおさえたほうがいいかと思って。毒入りワインが出てきたことで、微妙に予定が狂ってさ」
笑ってリクハルドは言うが、確かに衆人環視の中で堂々と毒入りワインを出してくるのは想像できないだろう。ちなみに、毒を入れた犯人も見つかっており、すでに捕らえられている。本当に仕事が早い。
リクハルドたちは、アウリスが夜会が終了した後に襲われると考えていたそうだ。そのため、信頼できる魔術師たちが夜会の警備に配置されていた。マリアンネも、信頼できる一人として駆り出されていたというわけだ。
ヴァルトの襲撃を予想して網を張っていたわけだが、ヴァルトは彼らの予想から外れたところから攻めてきたというわけだ。
そんなわけであわてて作戦の修正を試みた結果が、マリアンネ置き去り事件らしい。
「ヴァルトがキメラを飼っていることはわかっていたんだけどね。本当はサクッと倒しちゃうつもりだったんだけど、マリィに凍結させておけば、誰もあそこに近づかないでしょ」
確かに、マリアンネの冷却魔法は強力で、通常の人間ならあの場所を避けるだろう。寒すぎるからだ。あの廊下を通るのが、ヴァルトの元へ行ける一番の近道だ。
「だからさ。君たちも来ないと思ったのに……」
「……それは悪かったな」
どうやら、マリアンネが凍結魔法を使っていたのは、アウリスがあの場所に近づかないようにするためだったらしい。おそらく、マリアンネには知らされていなくて、彼女は本当に王宮内でキメラを始末していいのかわからず、凍結魔法を使っていたのだと思われる。
ちなみに、ユハニとマリアンネは警備中に例の魔術師の襲撃を受けていたらしい。ユハニはその魔術師を追い、さらにマリアンネが後を追い、リクハルドが合流し、二人してマリアンネを置いていったようだ。つまり、この二人、とっさにした判断が同じだったと言うことだ。リクハルドも相当の鬼畜である。
まあ、状況はだいたい理解できたと思う。とにかく、毒入りワインが出てきたせいで、彼らの計画が狂ったのだ。まあ、終わったことをとやかく言っても仕方がないので、最も気になっていたことを尋ねてみる。
「それで。ユハニはどうしてやられたんだ?」
非公式であるが、ユハニはおそらくカルナ王国最強の男だ。ちなみに、リューディアにも最強説があるが、真実は定かではない。
とにかく、鬼のように強いユハニをどうやってヴァルトは一時的にとはいえ、仕留めることができたのだろうか。いくらヴァルトが将軍で、魔術師が同行していたとしても、それだけで勝てる相手ではない。
「いや、普通に魔法で拘束されて、後ろから刺された」
「……」
ユハニの言葉に、アウリスもリクハルドも沈黙した思ったより普通で、返す言葉が見つからなかったのである。
「何と言うか……お前でも、そう言うことがあるのだな」
「前々から言っているが、兄上、俺に対して失礼じゃないか?」
「いや、一般的な見解だよ」
ユハニはじろりと発言したリクハルドを睨んだが、彼はただ笑うだけだ。リクハルドに脅しなど効かないのだ。
「それと、マリアンネが一度倒れたな? そのあと、お前の声で起き上がったが……」
アウリスが言うと、今度はリクハルドがユハニを睨み付けた。しかし、こちらも気にするユハニではない。やっぱりこの二人、何となく似ている。
「精神感応魔法の一種だ。マリアンネは精神感応魔法の耐性がないから、気を失ったんだろう。俺の呼び声に反応したのも精神感応魔法だからだ」
「つまり、マリアンネは精神感応魔法で倒れたが、精神感応魔法で目を覚ましたと言うことか」
「まあそういうことだ」
さらりと言ってのけ、ユハニは腕を組んで椅子の背もたれに背を預けた。
「大丈夫か? やはりまだ寝ているべきではないのか?」
ユハニはかなりの血液を失ったはずで、本来ならこんなところをうろうろしていていいはずがない。そう思ってのアウリスの言葉なのだが、ユハニは首を左右に振った。
「いや、大丈夫だ。俺の不手際が招いた事態でもあるからな。後始末には協力する」
珍しく殊勝な言葉に、アウリスは引いた。
「お前、どうした? 血を失いすぎて心が入れ替わったか?」
「……兄上。本当に槍の雨を降らすぞ」
絶対零度の口調でユハニは言った。からかいすぎてしまったようだ。
△
後始末がほぼ終わり、ヴァルトは王位継承権を剥奪され、国外追放とされた。まあ、監視はついているので、戻ってくることはないだろう。アウリスやユハニと比べられることが苦痛だったと言う彼だ。おそらく、戻ってくることはないだろう。誰も知らない土地に行く方が、彼にとって幸せなのかもしれない。
残った問題は。
「君とリューリだね」
リクハルドにはっきり言われ、アウリスはため息をついた。いまだに、リューディアを口説き落とせないアウリスである。
「私の考えが浅はかなのだろうか」
「いや、アウリスは頑張ってると思う。普通なら、君にあそこまで言い寄られたらうなずいちゃうよ。問題は、リューリの鈍さだね」
「……そうか」
リクハルドには頑張りを認められたが、アウリスの気持ちは一番伝わってほしい人に伝わっていない。ヴァルトの乱心事件から既にひと月が経つが、未だにアウリスとリューディアはいいお友達関係だ。
「まあ、リューリもアウリスのことを憎からず思ってるはずだから、もういっそ罠にはめちゃえば?」
「……罠にはめる?」
思わず聞き返してしまうアウリスである。罠にはめるとはどういうことだ。
「彼女が何気なくうなずいてしまう状況を作るんだよ」
リクハルドがさらりと恐ろしい提案をしてくる。
リューディアは人の話を聞くのがうまい。相槌を打つのがうまいのだ。つまり、彼女はどんなくだらない話でもちゃんと聞いてくれているように装うのがうまいのだ。身もふたもない話だが。
だから、アウリスがお悩み相談の如く話をふっても、彼女なら相槌を打ってくれるだろう。その中に、リューディアに結婚を迫るような文言を遠回しに入れればいいと言うのだ。
「……お前、鬼か」
「いやあ、それ、ユハニに言ってあげなよ」
ユハニも大概鬼畜であるが、リクハルドもえげつないことを言うものだ。アウリスのまわりには鬼畜しかいないのだろうか。
ちなみに、この作戦を実行してみると、うまくいくのだから始末に負えない。ある意味リクハルドのおかげでリューディアと結婚できたアウリスであるが、彼に礼を言うべきか真剣に悩んだ。
とりあえず言えることは、今、アウリスはとても幸せだと言うことだけである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんというか、微妙なところで終わっていますが、リューディアから見えない裏側を説明しているだけなので、どうかご了承ください……。個人的には、ユハニがたくさん書けて楽しかったですが。




