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公爵令嬢の恋の時間  作者: 雲居瑞香
番外編
22/23

番外編7

最後まで書けちゃったので、今日と明日投稿します。














「マリィ!?」

「あっ!」


 振り返ったのは言わずもがな、マリアンネである。リューディアを認めたマリアンネは、彼女に泣きついた。


「リューリお姉様!」


 抱き着いてきた従妹を抱き留めたリューディアであるが、さしもの彼女も訳が分からない様子で、戸惑ったようにアウリスと目を見合わせてきた。


「マリィ。ユハニは君を置いてどこに行ったんだい?」

「は、はぐれました……っ」

「……」


 リューディアの問いに泣き声で答えたマリアンネである。何が起こると、ユハニと彼女が離れるような事態になるのだろう。


「マリアンネ。ユハニに置いて行かれたのか?」


 できるだけ優しい声を心掛けて問いかける。マリアンネは小さくうなずき、置いて行かれたのだと訴えた。


「それで、マリィは何してるの? すっごく寒いんだけど」

「あ……えっと」


 彼女が置いて行かれたことがはっきりしたので、リューディアがマリアンネの行動を問う。

 マリアンネがこの状況でもおっとりと説明してくれたところによると、彼女はキメラの足止めをしていたらしい。そして、その間にユハニは彼女を置いて敵を追って行ったと。

 その暫定敵は、従弟のヴァルトだった。ユハニが、ヴァルトを追って行ったらしい。

 ここで、アウリスはユハニがヴァルトが何かをたくらんでいるのではないか、という情報を事前につかんでいた可能性に気が付いた。ついでにリクハルドもマリアンネを置いてどこかに行ってしまったらしいので、この二人が共謀していた可能性もある。


 とりあえず、マリアンネに凍結させているキメラの始末をさせ、彼女を連れてヴァルトたちを追うことにする。マリアンネを巻き込むのは気が引けたが、魔術師がいるといないでは戦闘になった時に大きな差になる。


 案内もマリアンネだった。つまり、どちらにしろ彼女が連れて行かなければ、ユハニたちに合流出来なかったということだ。


「この部屋です」


 マリアンネが示したのは、王宮のゲストルームの一つだった。この時期、使用している人は多いのだが、この部屋は使用されていないはずだ。

 リューディアが扉に耳をつけて中の様子をうかがっているが、何もわからなかったようだ。

 妙なところでしっかりしているマリアンネは、自分が開ける、と主張した。マリアンネが両開きの扉の片方を開く。


「ああ、アウリス。待っていた」


 声をあげたのはヴァルトだった。部屋の中に、彼ともう一人、黒いマントの魔術師がいた。

 ユハニとリクハルドの所在を問うと、彼は部屋の片隅に倒れているユハニを示した。マリアンネが悲鳴を上げる。


「ユハニ様!」


 腹部から血を流すユハニに駆け寄ろうとするマリアンネを、リューディアがとどめた。駆け寄らせて治癒術をかけてほしいところだが、不用意に動くのはマリアンネもアウリスたちも危険だ。

 アウリスがヴァルトを問い詰めると、彼は悲壮な表情で言った。



「生まれた時からずっと比べられてきた私の気持ちがわかるか? 従兄の王太子殿下はこの年で何か国語を難なく理解できた。従弟のユハニは、すでに難解な数式を理解している……そんなふうに延々と言われ続けた私の気持ちがわかるかっ」



 思わず、アウリスは沈黙した。


 何も、アウリスもユハニも、努力せずにそんな力を身に着けたわけではない。まあ、ユハニの魔法力は半分才能であるが、それでも、彼が若くして魔法研究所の所長になれたのは、彼が努力したからこそだ。

 アウリス、ヴァルト、ユハニの三人は年齢が近い。だからこそ、彼はここまで思いつめたのかもしれない。

 かといって、アウリスが責任を感じるいわれはない。


「殿下。構いませんか」


 怒っているのはマリアンネだ。おっとりしている彼女が怒っている。だが、彼女を怒りのままに暴れさせるわけにはいかない。


「……落ち着け、マリアンネ」


 とりあえず声をかけたが、アウリスはユハニがどうやって襲われたのか無性に気になった。


「魔術師か。面倒だな。おい」

「御意」


 ヴァルトが顔をしかめて呼ぶと、返答があった。何もない空間から、仮面にマントと言う怪しげな格好の男が現れる。魔術師だ。すぐさまマリアンネが魔法攻撃を仕掛ける。が。

 高い、澄んだ音が鳴り響く。仮面魔術師が手にした鈴だ。その音が鳴ったとたん、マリアンネはその場にくずおれた。リューディアが「マリィ!?」と呼びかけながら彼女を受け止める。


「何をした!」

「退場願っただけだ。魔術師は面倒だからな」

「自分も魔術師を抱えておきながら、よく言う……!」


 アウリスは怒りをにじませた声音で吐き捨てた。マリアンネを床に横たえたリューディアが立ち上がる。


「アウリス」

「やれ、と言いたいところだが、お前を危険にさらしたくはない」

「この期に及んで何言ってるの」


 呆れたような口調でリューディアに言い返される。その後も問答を続けていると、ヴァルトの声が上がった。


「あー、あー、あーっ! いちゃつくならよそでやれっ!」

「なら、帰ってもいいか? ついでにユハニとマリアンネを返してくれ」


 さらっとアウリスが言ってのけると、ヴァルトは暗い笑みを浮かべた。そして、彼は到底無理な要求を突き付けてくる。いくら人質を取っているとはいえ、彼の自殺提案に乗ると思われているのは心外である。


「確かに私はリューリを愛しているが、無理心中はないな」

「そうだね。私もアウリスのことは好きだから、障害なんてないしね」


 リューディアもそう返す。アウリスは驚いて彼女を見つめた。彼女から言葉で好意を示されるのは、思えば初めてかもしれない。


「リューリ……」


 彼の唇から、リューディアの名が漏れた。ヴァルトがまた叫ぶ。


「だから、私の目の前でいちゃつくな!」


 ヴァルトは切りかかってきたが、リューディアが廊下から拝借した装飾剣でそれを受け止める。


「お前らが幸せそうなのが気にくわないんだよ……っ!」


 ヴァルトが吐き捨てる。彼とリューディアの鍔迫り合いが続く。彼女がヴァルトの剣をはねのけ、追撃していく。そこで、アウリスは魔術師が魔法陣を展開していることに気が付いた。


「いくら優れた剣士だろうと、この状況で魔術は避けられまい」


 ヴァルトのセリフに、アウリスは戦慄する。

 リューディアが毒に倒れた時と同じ。失うかもしれない、という恐怖が彼を支配した。

 だが、仮面魔術師の魔法は発動せず、リューディアではなくその魔術師の方が吹き飛ばされた。ユハニが目覚めたのだ。


「っざけんじゃねぇぞ、このくそ野郎……っ」


 腹部の傷をおさえ、蒼白な顔色であったが、少なくとも自立している。だが、失った血の量はとんでもないはずだ。


「ユハニ!?」

「大丈夫なのか!?」

「うるさい! マリアンネ、いい加減起きろ!」


 気遣うリューディアとアウリスはまるっと無視し、ユハニはマリアンネを呼ぶ。ユハニの声に飛び起きたマリアンネは、「え、ユハニ様!?」と疑問の声をあげている。ぺたりと座り込んだままのマリアンネを、リューディアがかばう。


「お、お姉様……」


 自分の前に立ちはだかるリューディアに、マリアンネが呆然とつぶやく。そこに、ユハニの声が飛んだ。


「そっちはリューディアに任せろ! こっちを手伝え!」

「は、はいっ」


 マリアンネがあわてて立ち上がり、ユハニの方に駆けだす。あ、途中でこけた。ユハニがこけたマリアンネの腹のあたりを支え、小脇に抱えている。

 アウリスは剣戟の響くリューディアたちの方を振り返る。


「……っ! いい身分だな、アウリス! 女に護られるとは……っ」


 ヴァルトの非難の言葉に、アウリスは平然と言ってのけた。


「ああ。私は悟った。リューリは守るよりも、好きにさせておいた方が安全だと」


 剣戟の音が響き、魔力が渦巻く。リューディアはヴァルトを追い詰め、ユハニとマリアンネは魔術師を翻弄している。アウリスは静かに口を開いた。


「たとえ、自分が手を下したわけではなくとも、リューリやユハニ、マリアンネが私のために誰かを手にかけたのなら、それは、私もともにその業を背負うべきだ」


 いくらアウリスが彼女らをいとおしいと、友人だと思っていても、アウリスが王太子で、彼女らは臣下だ。それは変わらない。変えられない。ならば、


「彼女が、彼らが背負う罪は、私たちも背負うべきなんだ」


 ついに、リューディアがヴァルトを切り伏せる。見たところ、致命傷ではない。彼女はうまく手加減したようだ。アウリスはつかつかと気を失ったヴァルトに歩み寄る。


「お前に、その覚悟があるか?」


 ユハニが発するド派手な魔法の破裂音を聞きながら、アウリスは意識のないヴァルトに問いかける。それを邪魔するように、ユハニが毒づく。


「くそっ。やってくれんじゃねぇか……! いてぇ……」


 腹部をおさえ、ユハニが魔術師を蹴りつけている。マリアンネが心配して治癒術をかけようとするが、ユハニは傷口を焼いたから大丈夫だと言いはる。焼けば確かに出血は止まるが、本気でやるやつの気がしれない。アウリスもリューディアもどん引きである。アウリスが命じて、マリアンネに治癒術をかけさせた。

 どうやら、ユハニはリクハルドと途中まで一緒だったらしい。詳しいことは後で聞けばいいが、とりあえず、リクハルドはヴァルトの私兵を片づけに行ったらしい。確かに、配置されている警備兵が入れ替わっていた。彼らが、ヴァルトの私兵なのだろう。


「やあ、遅れて申し訳ない!」


 妙に明るい口調で入ってきたのはリクハルドである。涙目でユハニの治療をするマリアンネに、リクハルドが切れる、という事件はあったが、それ以外は特筆すべきことはないだろう。


 とりあえず、事件は終息した。


 まあ、納得できないことはあるが。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次回、最終話です。明日投稿します。たぶん。

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