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公爵令嬢の恋の時間  作者: 雲居瑞香
番外編
20/23

番外編5














 リューディアに盛られた毒の正体は、わりとあっさり解明された。魔法研究所の研究員の中に、知っている者がいたのである。どうやら魔術師の中では有名な毒物であるらしく、マリアンネが知らなかったのは、彼女の専門が魔法理論であるからにすぎなかった。


 ひとまずほっとしたアウリスであるが、落ち着いてみると、リューディアが気絶する寸前、自分が口走ったことを思い出した。そして苦悩する。

 何故自分はあんなことを言ってしまったのだろうか……いや、悔やんでも仕方がない。出た言葉は戻らないのだから。


 とりあえず、それは考えるのをやめ、リューディアとアウリス……おそらく、アウリスが本命なのだろうが、2人を襲った男たちについて調べることにする。


 その段階で、ユハニも同じように襲われていたことがわかった。だが、彼は『カルナ王国の最終兵器その一』の呼び名をほしいままにする男。たとえ魔法が使えず剣もなく、素手であったとしても、5人くらいの男ならあっさり倒すだろう。その場にいたマリアンネも出る幕はなかったと言っていた。


 そして、マリアンネがアウリスたちが襲われていることを察知。現場に急行したと言うわけだ。ちなみに、ユハニがマリアンネを抱えていたのは、彼女は走るのが遅いからだ。何かにつけておっとり気味の彼女は、走り方もおっとりしている。


 ほかにも話を聞いてみたが、襲われたのはアウリスとユハニだけのようだ。意味が分からない。と言うか、アウリスを狙う理由はわかるが、ユハニを襲うと言うその神経がわからない。絶対勝てないのに。


「まあ、確実に王宮内に協力者がいるんだろうな……」


 執務室で腕を組んで座るアウリスが言うと、「だろうね」とリクハルド。


「いくら社交シーズンで人の出入りが多いと言っても、あんなに簡単に暗殺者が忍び込めるわけがない。裏に王宮内で強い権力を持つ者がいるんだ」


 シスコンで腹黒ではあるが、リクハルドは優秀な補佐である。洞察力に優れ、頭が回る。これで、性格さえもう少しまともなら言うことはないのだが。

 とまあ、贅沢は言わないことにして。


「私とユハニが襲われたということは……王位関連か? しかし、ユハニはさほど継承順位が高くないはずだな」


 ユハニはアウリスの従弟であるが、彼の王位継承順位は低い。彼は母親に王女を持つ。カルナ王国では、女系より男系の方が継承順位が優先される。そのため、王族であっても女系であるユハニは、王位継承順位が低いのだ。


 もう1人、アウリスには王族の従弟がいる。王弟を父に持つヴァルトだ。彼は国軍の将軍を務めており、王宮でたまに見かける。

 彼の方がユハニより継承順位が高いはずだ。まあ、アウリスがいるのでみんなそれほど気にしたことはないだろうが。

 ユハニも大概性格が鬼畜であるが、ヴァルトは性格破綻者である。アウリス、ヴァルト、ユハニの三人はいとこ同士で、しかも年齢が近い同性であるため昔から仲良くつるんだものだが、その当時からヴァルトの人格破綻ぶりは垣間見えていた。


 人格破綻は言い過ぎかもしれないが、彼はとにかく自己中心的なのだ。自分の思い通りにならないと怒り出す。そんな人物だ。

 ユハニとどう違うのか、とよく問われるが、全然違う。例えば、ユハニはマリアンネのようなおっとり気味の少女にもそれなりに慕われ、彼自身も彼女をかわいがっている。しかし、ヴァルトはそんなことはしない。おっとりしたマリアンネは、ヴァルトが嫌いなタイプだ。


 まあ、それはともかく、ヴァルトにも襲われていないか確認を取った方がいいだろう。


「リク。今日、ヴァルトは登城してきているか?」

「調べればすぐにわかるけど、この時期は少なくとも王都にいると思うよ」


 ヴァルトは将軍なので、軍の指揮官として国境に出向いていることが多い。だが、夏の社交の時期は戻ってきていることが多い。彼も王族なので、社交界に出席するためだ。


「じゃあ、あとで話を聞いてみるか。取り調べの方は?」

「ユハニが嬉々としてやってるよ……」

「……そうか」


 微妙な反応になるのは仕方がないだろう。ユハニは真正のサディストだ。自分を慕ってくるものにはそれなりに優しいが、そうでないものには本当に容赦がないの。


 死なないといいな、精神的に。


 少し取り調べを受けている男たちに同情した。
















 アウリスが襲われてから3日。まだリューディアは目覚めないが、一度ユハニが捜査の進展状況の報告に来た。


「今わかっていることだけ述べる。やつらは兄上を殺すように依頼を受けたらしい。そして、それを指示したのがティーリカイネン公爵だと言っていた」


 ユハニは淡々と、本当に事実だけを述べた。


「伯父上が? 伯父上なら、もっと証拠が残らないようにうまくやるよ」


 と、ティーリカイネン公爵の甥であるリクハルドが言った。だろうな、とユハニが同意する。


「正直、ティーリカイネン公爵が相手なら、俺も兄上もとうに殺されている」


 どうやら、ユハニにも苦手な人物はいたようである。狡猾な彼の公爵だ。ユハニやアウリスを陥れることなど簡単だろう。彼がリューディアの父親だと考えると、アウリスはリューディアに惚れたことを後悔しそうになった。


「確か、ユハニも襲われたんだよね。なら、狙いは王位関連かな」


 リクハルドが首をかしげる。ユハニを狙った刺客たちは、ユハニに返り討ちにされ、現在重傷で治療中である。明らかに過剰防衛であるが、恐ろしいので誰もツッコミをいれていない。


「まあ、そう考えるのが自然だが……その割には、ヴァルトは襲われていないな」


 考え込むようにユハニが顎に指を当てる。そう。同じく王位継承権を持つヴァルトに確認を取ったのだが、どうやら彼は王宮内で襲われたことはないらしい。

 なら、彼が犯人か、と飛びつきたいところだが、一概にそう言えないところもある。


 何故なら、彼は軍人であるからだ。


 基本的に王宮、もしくは王都を出ないアウリスやユハニとは違い、ヴァルトは要請があれば王都を出て、国境に向かうこともある。もちろん、王族で将軍であるヴァルトは後方にいることが多いが、それでも、戦場は戦場だ。

 王宮で人が死ねば殺人を疑われる。だが、戦場で殺人が行われるのは当たり前で、誰も不審に思わない。だから、殺せるのなら戦場で殺してしまった方がいい。

 だから、ヴァルトのことは彼が王都を出た段階で殺そうと考えている可能性もあるのだ。


 そこに、控えめなノックがあった。アウリスが「入れ」と声をかける。入ってきたのはメイドだった。


「どうかした?」


 尋ねたのはリクハルドだ。メイドはマリアンネに伝言を頼まれてきた、と言う。まさか、リューディアの身に何か起こったのだろうか。

 マリアンネは魔法医ではない。だが、解毒薬として現在リューディアについているのは彼女だ。毒の正体さえわかってしまえば、魔法で解毒するのは簡単で、魔法陣を組み立てるにあたって、彼女より繊細かつ精密に魔法を行使できるものはいないのである。

 それに、マリアンネはリューディアの従妹であり、彼女の病室に入出させる手続きが簡単だったのもある。


「リューディア様が眼を覚まされました。マリアンネ様がリクハルド様とユハニ様に伝えてほしいと」


 うまいな、と思った。いくらアウリスが彼女を気にしているとはいえ、彼に報告するのは不自然であるが、マリアンネの兄であり、リューディアの従兄であるリクハルドと、舞踏会の警備責任者であったユハニに報告するのなら不自然さはない。そして、リクハルドに伝えれば、確実にアウリスまで伝わるのだ。


「わかった。ありがとう」


 メイドが一礼して執務室を後にする。それを見送ったリクハルドが立ち上がった。


「じゃあ、僕がちょっと様子を見てくるよ」


 リクハルドの言葉に、アウリスは乗り出していた身を椅子の背もたれに預けながら言った。


「なら、リューディアに見舞いに行ってもいいか聞いておいてほしい」

「了解」

「ついでに、マリアンネを研究所の方に呼んでくれ」

「わかったよ」


 アウリスとユハニに用を申し付けられ、リクハルドは苦笑しながらうなずき、執務室を出て行った。室内には、アウリスとユハニの2人だけ。


「兄上。気づいているか? 最近、王宮内が妙だ」

「そう言うお前の方が妙だ」


 ユハニは圧倒的に言葉が足りない。そのため、説明が下手だ。マリアンネも説明するときはややしどろもどろの所があるので、魔術師は説明が下手なのだろうか。……いや、どちらも性格だな。


「それで、妙とは?」

「警備の人間が所々入れ替わっている」

「配置換えじゃないか?」

「本気で言っているのか?」


 やや怒ったようなユハニの言葉にアウリスは肩をすくめた。美形が怒るとかなりの迫力だが、アウリスには効かない。


「いつでもお前や」


 と、ユハニがアウリスを指さし、続いて自分を指さす。


「俺を襲えるような配置になっている」


 その言葉に、アウリスがピクリと反応した。そして口を開く。


「お前を襲おうとは、とんだ命知らずだな」

「俺は無差別殺人者になった覚えはない」


 この応酬ができるあたり、2人ともまだまだ余裕である。ユハニが気づいているということは、何らかの対策が取れると言うことだ。


「俺も目を配っておくが、兄上も気をつけろよ。兄上は俺たちと違って普通の人間なんだから」


 珍しく気遣うようなユハニの言葉に、アウリスは目をしばたたかせた。そして、こう言う。


「お前、自分が普通の人間じゃないと言う自覚があったんだな」


 さすがに、あんまりである。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


番外編も終わりが見えてきました……。

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