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公爵令嬢の恋の時間  作者: 雲居瑞香
番外編
19/23

番外編4












「投与されていた薬物ですか?」



 アウリスはリクハルドと共に今晩舞踏会で使われるホールの飾り付けの準備を手伝っていたマリアンネの元を訪れていた。当たり前のように、彼女の隣にはユハニがいる。


「えーっと……たぶん、カトゥカの粉末だったと思いますけど……」


 こてん、とマリアンネは首をかしげる。ややおっとりした口調の彼女は、それでもはっきりと口にした。


「やはりか……」


 アウリスがため息をつくと、マリアンネは「たぶん、操っていたのは魔術師です」と追加情報をくれる。


「どういうこと、マリィ」

「いくら薬物を投与されていたとはいえ、シロラ湖まで遊びに来ていたわたくしたちに襲い掛かるのは出来過ぎている、と言うことです。もともと、あのあたりはそんなに魔物が出ませんから、キマイラがいると言うだけでおかしいんです。研究所が総力をあげてシロラ湖の周囲を探しましたけど、他に魔物は見つかっていませんし」


 これだけの文章を、至極ゆっくりとした口調で言った。できればもう少しはきはきと話してほしいのだが、あまりせかすと多方面から睨まれるのでアウリスは辛抱強く彼女が話し終えるのを待っていた。


「と、言うことは、誰かがわざわざキマイラをあの場所に連れてきたのか……」


 おそらくは、とマリアンネ。後をユハニが引き継いだ。


「思考が単純化された魔物は危険だ。そんなものを、ただの魔法も使えない人間が連れてこられるとは思えない。……リューディアならできるかもしれないが」

「たぶん、お前もできるな」

「おそらくな」


 否定しないのか。嫌味だったのだが。たぶん、彼なら本当にできそうなところが何とも言えない。だが、ユハニとリューディアが犯人、というのは天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。


「とにかく、魔術師が関与しているかもしれないと言うことだね。わかった」


 リクハルドがその場を締めたところで、アウリスは気になっていたことを尋ねた。


「ところで、マリアンネは何をしているんだ?」

「……ホールの飾り付けの手伝いをしています」

「と言う割には魔法陣を描いているように見えるが」

「魔法陣を描いていますから」


 時々思うが、エルヴァスティ兄妹と話が通じない気がする。この兄妹、アウリスたちとは次元の違うところにいる気がするのは気のせいだろうか。

 魔法に関してはマリアンネの兄であるリクハルドもからっきしなので、彼も首をかしげている始末だ。ユハニは「見ていればわかる」と答えを教えてくれない。


 マリアンネは何かの台座のような四角い石に直接がりがりと魔法陣を描いている。描いていると言うか、彫っている。そうすれば、割れない限り魔法の効力がなくならないらしい。


 つまり、彼女は魔法を使って何かをしようとしているのだ。


「できました」


 マリアンネは一つうなずくと、魔法陣に手をかざして魔法を発動させる。すると、その魔法陣を中心に氷像が出来上がった。槍を持つ女神を模した氷像だ。


「……魔法で氷像を作るとは、贅沢だな」

「王太子である兄上が何を言っているんだ。マリアンネにとってはこれくらい造作もないぞ」


 何故かユハニが誇らしげに言う。たぶん、彼はマリアンネを本当にかわいがっているのだろう。たぶん。


「少し計算が甘かったようなのですが……」


 芸術的センスの高いマリアンネが出来上がった氷像を見て顔をしかめる。彼女は基本的に絵画を描くことが多いため、立体だとうまくバランスが取れないのかもしれない。

 それ以前に、アウリスにはどこがどう計算が甘かったのかさっぱりわからなかったが。


「それは別にいいだろう。これはお前の『目』にするために置くんだからな」

「……わかりました」


 マリアンネは納得していない様子で納得の声をあげた。それよりも、気になることを言っていた気がした。


「『目にする』ってどういうことだ?」

「この氷像を通して、会場を監視する」

お前ユハニが?」

「いや、マリアンネが」

「……」


 本当に、この男、13歳の少女に何をさせているのだろうか。まあ、笑ってそれを見ているリクハルドもリクハルドだが。彼は間違いなくシスコンなのだが、大切にする基準が通常と少し違う気がした。
















 舞踏会会場で見かけたリューディアは、男装をしていた。これがまたよく似合っている。リューディアは性格がとてもハンサムであるが、顔立ちが男っぽいわけではない。そのため、どう見ても男装の少女であったが、それが気にならないほど似合っている。そして、令嬢たちとダンスを踊っている。姉妹であると、背の高い方が男性パートを覚えることはよくある。姉妹でダンスの練習をするためだ。

 しかし、アウリスには彼女をじっくり観察している余裕はない。マリアンネが会場を監視しているとはいえ、アウリスも自分が危険な目に合わないように気を使わなければならないし、そもそも今宵は舞踏会である。彼も多くの令嬢の手を取って踊っていた。


 何となく探ると、マリアンネが作った氷像が会場の端に申し訳なさそうに飾られている。その申し訳なさそうな感じがとてもマリアンネっぽい気がした。

 踊りつかれて庭に降りると、先客がいた。魔法の光に浮き上がった人物を見て、アウリスは話しかける。


「ん、リューディアか?」


 振り返ったリューディアは、こちらも疲れたような顔をしていた。


「ああ、アウリス殿下。こんばんは」


 疲れたようであるが、声音と表情は妙に颯爽としている。先ほどまでの態度がぬぐい切れていない様子だ。


「お前、大丈夫か。表情が不自然だが」

「さすがにひどいです。それは」


 思わずアウリスが指摘してしまうくらいには、リューディアの顔は強張っている。いや、確かに一見颯爽としているのだが、よく見ると違和感があると言うか。とにかく、目が笑っていない。

 リューディアも休憩しに庭に出てきたらしい。それなりに自然に会話ができて、アウリス的には楽しかったのだが、突然リューディアは座っていたベンチから立ち上がり、周囲をきょろきょろと見渡しはじめた。


「いえ。何か、気配が……」

「……前から思っていたのだが、お前の勘は野生並みだな」

「失敬な」


 失敬なとは言うが、リューディアの直感はちょっと鋭すぎる。魔術師ですら感知できないところから、何かの存在を感じ取っているような気がする。もしかしたら、直感が鋭い、という異能を持っている可能性もある。

 と、突然リューディアが動いた。何かを叩き落とすようなしぐさをしたと思ったら、短剣が彼女の足元に落ちた。


「……短剣」


 リューディアが低くつぶやく。アウリスも立ち上がった。


「誰だ。出てこい」


 誰何するが、当然、誰も出てこない。隙のない様子で周囲を見渡していたリューディアは、足元の短剣を拾い上げた。そして、それを無造作に茂みの方に投げた。直撃したのか、ぎゃっという悲鳴が上がった。リューディア、お見事。


「貴様っ」


 現れたのは明らかに怪しい風体をした男たちだった。総勢4人。ああいや、先ほどリューディアが倒したやつを含めると5人か。彼らが一斉に襲い掛かってきた。


「リューディア!」

「下がってください!」


 アウリスをかばうようにリューディアが前に出る。彼女としては当然の行動である。アウリスは王太子で、この国に必要な存在だ。だから、リューディアが彼をかばうのは当然なのである。それを理性では理解している。しかし、アウリスの感情の部分が彼女を危険な目に合わせたくないと叫んでいる。

 リューディアが危なげなく男たちを倒していく。剣を持っていれば四人くらいどうということはないだろうが、あいにくと言うか、彼女は今日、帯剣していない。それでも恐るべき身体能力で男の剣を奪い取っている。


 と、リューディアの側をすり抜け、アウリスに向かってくる男がいた。「殿下!」と叫ぶリューディアの声が聞こえた。

 アウリスは寸前で男の剣をよけると、その手首をつかんだ。ぎゅっとひねりあげ、無理やり剣を手放させる。たたらを踏んだ男の背中に容赦なく蹴りを食らわせた。

 無事なアウリスを見てリューディアはほっとしたのだろう。隙ができた。避けきれずに二の腕を深く斬られた。


「リューディア!」


 アウリスは思わずリューディアに駆け寄った。それと同時に聴きなれた男の声が発せられた。


「兄上! リューディア! そのまま一緒に居ろ!」


 ユハニだ。何だろう。彼が来たと言うだけでこの安心感。


 アウリスはマリアンネを抱えていた。なんと言うか、片腕で荷物のように抱えている。なので、マリアンネは振り落されないようにユハニの首にしがみついている。その状態で、彼女は魔法を使っていた。一瞬にして冷気が広がり、庭が氷におおわれる。


「大丈夫か?」

「遅い。リューディアがやられた」


 アウリスはリューディアを抱え起こした。彼女は自力で起き上がろうとするが、めまいがするのか結局アウリスの腕の中にくずおれた。


「リューディア!」

「お姉様」


 マリアンネがリューディアに駆け寄ってくる。彼女の容体を見たマリアンネが顔をしかめる。


「毒です。殿下、怪我はなさっていませんか?」

「……私は大丈夫だ。リューディアは大丈夫なのか?」

「わかりません」


 マリアンネが治癒術を使い始める。アウリスもそうだが、貴族は薬物に耐性があることが多い。リューディアもそうだろうが、未知の毒物を使われていた場合、解毒には時間がかかる。実際、リューディアの瞼は次第に下がっていく。


 それを認めたアウリスは、思わず口走った。


「リューディア。愛している。お前がいなければ生きられない。だから、死なないでくれ」


 その瞬間、リューディアは気を失った。


「リューディア!」


 アウリスは叫ぶように彼女を呼んだ。揺さぶると毒が回るかもしれないので、揺らさないように気を付けなければならない。


「殿下、大丈夫です。気を失っただけです」


 よほどアウリスが必死だったのだろう。マリアンネがそう指摘してきた。アウリスはほっとして肩をなでおろした。


「……大丈夫、なんだな?」

「とりあえず、今は気を失っただけです」


 とても心強いセリフをありがとう。マリアンネ。


 とはいえ、彼女にあたることもできないので、アウリスはぐっとこらえた。


「とにかく、医務室に運びましょう。揺らさないようにお願いします」


 マリアンネがアウリスに頼んだ。彼女ではリューディアを運べないので当然だ。そして、ユハニはマリアンネに氷づけにされた男たちをとらえている。そんな彼にマリアンネが叫んだ。


「ユハニ様ー。リューリお姉様連れて行きますね」

「さっさと連れて行け」


 2人の暢気さに、アウリスの気が抜けた。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ユハニとマリアンネの組み合わせが好きです。何でこの二人、結婚しなかったんだろう。

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