番外編3
2体のキマイラは、ほぼリューディアとリクハルドが倒したと言って過言ではない。1体のとどめをさしたのはマリアンネであるが、彼女によると、リューディアがおとりの代わりをしてくれたからとどめをさせたのだと言う。おっとり気味の彼女では、素早い動きに対応しきれないらしい。
マリアンネは手際が良かった。いつの間にか王宮に伝令を飛ばしたらしく、もうすぐ増援が到着するとのこと。これはきっと、ユハニに命じられていたな、とあたりをつけた。
マリアンネがイェレミアスとリューディアにキマイラとマンティコアの違いについて説明している。少し前まで思いを寄せていた相手と普通に会話できるリューディアはすごい。そして、すらすらと説明ができるマリアンネもすごい。
ちなみに、マンティコアはかつて、リューディアがユハニ、イェレミアスと共に山に放り込まれた時に倒した魔物らしい。リューディアによると、ほぼユハニが倒したらしいが、少なくともイェレミアスは気絶していたようだ。反応としては、彼が一番正常であろう。
何となくわかっていたが、増援に来たのはユハニだった。マリアンネは上官の姿を見て駆け出したが、途中でこけた。イェレミアスも苦笑しているが、彼女は本当によくこける。そして、そんな彼女を抱き起しているユハニも『魔王』と呼ばれる割に面倒見がいい。
マリアンネを助け起こしたユハニは、倒れている二体のキマイラを見て言った。
「リューディアか。また派手にやったな」
「首を斬られているキマイラをやったのはリクだよ」
すかさずリューディアが訂正を入れる。この二人は兄弟弟子なので仲がいいのだ。この中にイェレミアスも入り、魔物が出る山に放り込まれたそうだ。どんな修行なんだ。
「そうか。まあ、そんなことはどうでもいい。マリアンネによると、あのキマイラは人工的に作られているらしいな」
ユハニにとって、誰が倒したかは問題ではないらしい。まあ、確かに倒してしまったのならもう危険はないのだから、原因解明をする方が先だ。そう思いつつ、アウリスはユハニに声をかける。
「ユハニ」
「ああ、兄上」
正確にはアウリスはユハニの兄ではない。従兄にあたる。しかし、彼がそう呼んで慕ってくれるなら、それでいいと彼は考えていた。
「すまんな。マリアンネに護衛を頼んでおいたんだが」
やっぱりお前か。とアウリスはユハニを半眼で睨んだ。
「年端もいかない娘に何を頼んでるんだ、お前は」
13歳のマリアンネは大人か子供か微妙な年齢である。しかし、本人がどこか大人びているので忘れがちだが、まだ守られる側であっていいはずだ。
「そうだよ、ユハニ。確かにマリアンネは優秀な魔術師だけど、女の子なんだからそんなこと頼むなよ」
リューディアも呆れ口調でアウリスに追随してくるが、アウリスはこちらにも言いたいことがあった。
「いや、リューディア。お前も優秀な剣士だが、その前に女だろう。自分から危険に飛び込んでいくな。見ているとひやひやする」
先ほどは本当に心配したのである。絶句したリューディアに代わり、ユハニが容赦なく言う。
「兄上。心配するだけ無駄だ。この女は殺しても死なないタイプだ」
「いや、さすがに殺されたら死ぬからね、私も」
さらっとひどいことを言われ、リューディアも復活した。まあ、世の中に殺しても死ななさそうな人がいると言うのはわかる。例えばユハニとか。
ふと思った。魔法研究所所長である彼は、キマイラの死体をどう処理するのだろうか。
「……参考までに聞くが、ユハニ、あのキマイラ、どうするつもりだ」
ユハニは即答した。
「一体は持って帰る」
ああ、やっぱり。図らずもアウリスとリューディアが同時にため息をついた。
△
「それで、持って帰ってきたキマイラはどうなってるんだ?」
「現在マリアンネが鋭意解析中だ」
王太子の執務室にやってきたユハニに尋ねると、彼はさらりとそう答えた。これにはマリアンネの兄のリクハルドも苦笑気味。アウリスはため息をつく。
「何度も言っているが、お前は年端もいかない娘に何をさせているんだ」
「俺からも言わせてもらうが、兄上が言うほどマリアンネは子供ではない」
ユハニからの返しに、アウリスは目をしばたたかせた。思わずリクハルドの方を見たが、彼は苦笑しているだけで何を考えているかわからない。
「というか、お前が解析するんじゃないのか」
「俺がやってもいいが、マリアンネにやらせた方が効率がいい」
どうやら、専門として研究している魔法の違いらしい。ユハニは工学系の魔法、つまり、魔導具などの研究をしているらしく、生態系の魔法の解析は効率が悪い……らしい。正直、よくわからない。
「今のところ、魔法と言うより、薬物を投与されている可能性が高いらしいな。そもそも、生き物の思考回路を魔法で変える、というのは難しいからな」
「ユハニ、話が飛び過ぎてわからないんだけど」
リクハルドが手をあげて主張した。アウリスも大きくうなずく。説明役のユハニはため息をついた。こいつ、ホントに偉そう。
「……前提として、キマイラはキメラと違い、自然に発生する多様な動物が合わさった生き物だ。これを人工的に作るとキメラと言うが……とにかく、キマイラは自然に存在する生き物だ。人の手が加わっていない」
「……つまり、人の手が加わっているとおかしい、と言うわけか」
「そう言うことだな」
アウリスの言葉に、ユハニがうなずいた。この男、本当に偉そうなのだが。身分上ではアウリスの方が上なのに。まあ、アウリスもそんなに気にしないのだが。ユハニはアウリスの身内で、弟分でもある。それに、公ではわきまえているので、私的な部分の無礼は見逃すようにしていた。
「だが、確実にあのキマイラたちは人の手が加わっている。改造された、とかいうよりは、思考回路を単純化されたんだろう。生き物を襲う、と言う本能が強くされた、とでも言えばいいのか?」
ユハニが首をかしげた。不遜な男が首をかしげてもかわいくはない……ではなく。
「魔法をかけられた形跡はないの?」
リクハルドも尋ねる。ユハニは首を左右に振った。
「その可能性はかなり低い。先ほども言ったが、やはり薬物を投与されているんだろう。……人間に効く麻薬は、他の動物にも効くからな」
キマイラを単純な動物と同じくくりに入れていいのかはわからないが、ユハニがそう言うのであればそうなのだろう。そう言うことにしておこうと思う。つっこむと面倒だ。
「魔法ではなく、麻薬か……」
アウリスは腕を組んでうなった。この頃、カルナ王国をはじめ周辺諸国では麻薬の流通が問題になっているのだ。
まあ、それは置いておく。
「薬を盛られていたということは、明らかに意図的にキマイラを消しかけたということだ。誰を狙ったのかは不明だが……」
ユハニが顔をしかめた。確かに、彼の言うとおりだ。
「まあ、単純に考えれば、私か、エリサか、ミルヴァか……」
「リューリの可能性もあるよ。今、君が一番関心を寄せている女性だからね」
リクハルドがアウリスに言った。彼もなるほど、と思って彼女もリストに加えておく。まあ、リューディアに関しては心配するだけ無駄なような気もしなくはない。それでもやっぱり心配ではあるが。
「次の舞踏会では、警備を強化する。リクハルド。マリアンネも警備に加えるぞ」
「うーん。そのあたりは彼女の判断に任せるけど、1人にはしないであげてね」
一応、事実上の保護者であるリクハルドの許可を求めたユハニであるが、リクハルドはあっさりと投げた。おそらく、マリアンネは断らないだろう。
「薬物投与が原因だったとしても、魔術師が相手でないとは限らないからな」
ユハニ曰く、そう言うことなのだそうだ。いくらユハニが『カルナ王国の最終兵器その一』であっても、1人で広大な王宮をカバーするのは不可能である。
「会場の警備はユハニに任せる。何か分かったらまた報告してくれ」
「了解した」
アウリスの言葉にユハニは頼もしくうなずき、執務室を後にした。彼がいなくなった後、アウリスはリクハルドに尋ねた。
「マリアンネを警備に加えてよかったのか?」
「ああ、大丈夫だよ。たぶん、警備と言っても、ユハニと一緒にいるだろうしね」
「そうかもしれないが、それだとそこだけ攻撃力が高くないか?」
ユハニほどではないが、マリアンネも大概常識はずれな魔力を持つ魔術師である。彼女は魔術師として非常に優秀であり、魔法の威力だけならユハニにつくのではないかと思われる。そんな二人が一緒に警備とか……ある意味、恐ろしい。
「ま、その分あの子はちょっと動きが鈍いんだけどね。それより、ミルヴァたちのことは大丈夫なんだろうね」
リクハルドが気にするのは己の婚約者のことだ。ついでのように、「もちろん、エリサもだけど」と言っている。
「2人なら大丈夫だ。外出禁止命令が父上から出ているからな」
「王宮に缶詰め状態と言うわけか」
リクハルドも苦笑気味だ。動きを制限されている王女たちはさぞ息苦しい思いをしているだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この話、全体的に変人しか出てない気がしてきた。普通の人であるアウリス、変人に耐性ありすぎ。




