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公爵令嬢の恋の時間  作者: 雲居瑞香
番外編
17/23

番外編2











 夜会の翌日、アウリスの2人の妹は『ピクニックに行きたい』と言い出した。理由を問うと、


「ほら、わたくし、もうすぐ嫁ぐじゃない。今のうちにカルナ王国を堪能しておこうと思って」


 と、上の妹、第1王女エリサはのたまった。アウリスの妹たちはどちらもそんなかわいげのある性格ではないので、絶対に嘘だと思った。


「……まあ、いいが、護衛は連れて行けよ」

「もちろんよ。リューリを連れて行けば、そんなに護衛は必要ないでしょう?」

「僕もいればばっちりだね」


 そんなことを言いだしたのは2番目の妹ミルヴァと、その婚約者リクハルドだ。さしものアウリスも驚く。


「お前も行くのか」

「そのつもりだけど。アウリスも行くかい?」

「……」


 爽やかな笑みを浮かべてリクハルドは言った。アウリスは思わず沈黙。王太子であるアウリスは、みだりにその身を危険にさらせない。


「……まあ、考えておく」


 そう返事をした。


 ミルヴァとエリサはさっそくリューディアを誘いに行った。執務に戻ったアウリスとリクハルドの二人だが、手も動いているが口も動いている状態だった。


「リク、本当に行くつもりなのか」

「まあね。お目付け役は必要でしょ」


 リクハルドがお目付け役になるかははなはだ疑問であるが、アウリスは賢明にもツッコミをいれなかった。


「まあ、あいつらのことだから、マリアンネのことも誘うだろうし、お前がいたほうがいいかもな」


 エリサとミルヴァはリクハルドの妹マリアンネをかわいがっている。継母と異母姉に虐待されているというマリアンネは、一日のほとんどを王宮敷地内にある王立研究所で過ごしている。おそらく、庭に出れば今日も捕まるだろう。


「当然だよ。あの子もたまには外に出ないとね」


 実の兄にそう言われるマリアンネを思いだし、アウリスは思わず納得した。彼女は、放っておけば引きこもり生活を続けるだろう。


「それはともかく、エリサもミルヴァも、リューリのことも誘うだろうね。きっと、あの子もノリがいいから了承すると思う。そうしたら、君も行くかい、アウリス」


 にこりと笑ってリクハルドが尋ねた。アウリスは思わず手を止める。彼は、アウリスがリューディアを気にしていることを知っている。だから、そんなことを言いだしたのだろう。

 先ほど、『考えておく』と返事をしたばかりなのだが。だが通常、考えておく、と返事をした場合、もうその人の中で答えが決まっているのだ。だから、アウリスは答えたのだ。


「私は遠慮しておこう」
















 と、アウリスは返事をしたはずなのに、何故か自分も同行することになっていた。どうやら、王女二人がリューディアと共にピクニックに行く、と言う噂が広まり、それに尾ひれがついていつの間にかアウリスも同行する、という情報が広まったらしい。


 さらにそれを受けて、『ぜひ自分も』と言う令嬢が多発。結局、アウリスも行くことにした。


 ちょうど机仕事に疲れてきたところだったので、息抜きになるかと思ったのもある。


 しかし、結局のところ妹たちとリクハルドにはかられたような気がするのは気のせいだろうか。気づいたら、ピクニックに来たシロラ湖のほとりでリューディアと2人きりになっている。一緒にいたミルヴァとリクハルドは2人でボートに乗っているし、エリサは薬草集めに行ったマリアンネの世話をしている。

 そんなわけで、気づいたらリューディアと2人なのだ。マリアンネはともかく、他3人には図られた気がする。


 さすがにそろそろ沈黙が苦しくなってきたころ、リューディアがいつもの調子で話しかけてきた。


「殿下がこんな催しに参加されるとは、正直意外でした」


 アウリスはリューディアの方を見た。リューディアが爽やかに微笑む。この辺り、従兄のリクハルドとよく似ている。


「妹さんたちが心配でしたか」


 あの妹たちを心配? まあ、何かしでかさないかと心配ではあるが、彼女らの身の心配をするくらいなら、アウリスはマリアンネの方を心配する。


「……まあ、それもないとは言わないが。たまには息抜きも悪くない」


 アウリスの返答に、リューディアは微笑んだまま「ああ、それもそうですね」と納得の声をあげた。

 リューディアが視線をめぐらせる。何となくつられて見渡すと、先ほどまで薬草集めをしていたマリアンネは、木陰でエリサの膝に頭を預けて眠っていた。


「マリアンネが寝てしまったのか。やはり、まだ子供だな」


 何かと大人びた言動のマリアンネであるが、こういうところは子供っぽい。リューディアが苦笑を浮かべた。


「13歳なら、子供か大人か、微妙なところではありますね」


 確かにそうだ。ちょうど、子供から少女に変化するころではある。アウリスは微笑を浮かべるリューディアを見た。すると、彼女もこちらを向いたので目が合う。


「そう言えば、殿下に聞きたいことがあったのでした」


 彼女がそんなことを言いだしたので、アウリスは「なんだ」と先を促す。リューディアは先ほどまでと同じ口調、同じ声音で、ただ尋ねてみたと言わんばかりに言った。


「自意識過剰かもしれませんが、時々私のことを見てませんか? 気のせいですか?」

「……」


 思えば、この瞬間はアウリスがリューディアに思いを告げるのにいいタイミングだったのかもしれない。しかし、世の中そううまく回らないのだ。


「……それは」


 たっぷり間を置いてからアウリスが口を開くと同時に、離れたところからこちらの様子をうかがっていた令嬢が話しかけてきたのだ。そのまま、その令嬢も交えての交流となる。完全にタイミングを逸した。

 続々と人数が増える令嬢の相手に、リューディアもさすがに苦笑気味。アウリスに話しかけてくる令嬢ももちろん多いが、リューディアも相当モテている。これは、他の男性貴族に嫉妬されても仕方あるまい。

 不意に、リューディアが視線をめぐらせた。彼女は誰かの相手をしているときに目をそらすような失礼なことをしない女性なので(そこがまたモテる原因であるが)、アウリスはどうしたのだろうか、と思う。話していた令嬢も同じようで、どうしたのかとリューディアに尋ねている。


「いや、今……」


 つぶやきながら、リューディアは腰を浮かせた。その途端、森の木々に泊まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。さすがに異変を感じ、アウリスは立ち上がった。


「リューディア。何が起こっている」


 だが、彼女はゆるゆると首を左右に振った。


「わかりません。ただ……」


 ただ? そこでリューディアが口をつぐんでしまったため、彼女がなんと言おうとしたのかはわからない。だが、異常事態であるのは確かだろう。ほら、リクハルドとミルヴァがこちらに向かってくる。

 森の中から、咆哮が聞こえた。ほぼ同時に、馬ほどの大きさの魔物が飛び出てきた。令嬢たちが悲鳴を上げる。


「キマイラです!」


 いつの間に起きたのだろうか。警告を発したのはマリアンネだった。彼女とエリサの近くに、キマイラがいる。アウリスが一瞬茫然としたとき、彼の隣にいたリューディアが駆け出した。


「リューディア、待て!」


 さすがに一人で行くのは無茶だろう! 怪我をしたらどうする! 心の中だけでツッコミを入れる。本当にツッコミを入れたところで、彼女は止まらないだろう。


 リューディアはドレスのスカートをめくりあげると、その下に隠してあった剣を引き抜いた。というか、珍しく帯剣していないと思ったらそんなところに隠していたのか。


 彼女は容赦なくキマイラに一撃加えたが、キマイラが口から火を吐くと、彼女のスカートに火が付いた。すぐに鎮火したが、アウリスはひやひやした。


「お兄様」

「ミルヴァか」


 ミルヴァがアウリスの元までたどり着いた。気づけば、リクハルドが戦線に加わっている。代わりにエリサとマリアンネが離脱してきた。護衛の騎士たちも一緒である。


「お兄様、ミルヴァ」

「お姉様も、マリィも無事ね。よかった」


 心底ほっとしたようにミルヴァが言った。合流したマリアンネは、すっと手を差し出し、魔法式を組み立て、強固な魔法障壁を展開した。弱冠十三歳でありながら王立魔法研究所に籍を置くマリアンネは、天才魔術師なのだ。

 リューディアはリクハルドと共にキマイラと対峙していた。あの2人なら、戦力過剰だろう。実際に2人はキマイラの胴体を貫いたのだが、キマイラはすぐに再生した。


「どうなってるんだ?」

「ええっと……」


 マリアンネに尋ねると、彼女は返答に困る様子を見せた。説明が難しいのか、一緒に結界内にいる令嬢たちに聞かせたくないのか、どちらかだろう。


「あ」


 まごまごしていたマリアンネが唐突に声をあげた。少し間を置き、結界が揺れた。数人の令嬢が悲鳴を上げる。ちなみに、最年少のマリアンネと、いかにもはかなげなセラフィーナは平然としたものだ。


「なんなの?」

「キマイラね」


 これが15歳のセラフィーナと13歳のマリアンネの会話である。激しく何かが間違っている気がする。

 キマイラが、マリアンネの結界に体当たりをかましていた。平然として見えてもやはり不安なのか、セラフィーナは「結界、壊れないわよね」と尋ねている。


「物理攻撃で、この魔法障壁を破るのは難しいと思う」


 リューリお姉様ならできるかもしれないけど、とマリアンネは付け足した。彼女は一体リューディアをなんだと思っているのだろう。

 そのリューディアは、結界が襲われているのを見てこちらに駆けつけてきたようだ。対応していた手際の悪い騎士たちを下がらせ、リューディアが一番前に出る。

 キマイラがリューディアに向かって火を噴いた。直撃する前にマリアンネが彼女の前に結界を張り、火を遮った。リューディアもだが、マリアンネも大概肝が据わっている。これがユハニの教育のたまものか、とアウリスは妙なところで感心した。

 リューディアがキマイラの首を落とそうとしたのか、首のあたりを切りつけた。しかし、力が弱いのか斬りつけが甘く、逆に攻撃されて足をもつれさせた。


「リューディア!」


 アウリスが思わず悲鳴を上げる。だが、最悪の事態は起こらなかった。

 キマイラがリューディアを傷つける前に、マリアンネが氷の槍でキマイラにとどめをさしたからだ。彼女の左手のあたりに魔法陣が浮かび上がっている。肉体的には弱いが、マリアンネも大概容赦がない……。


 とりあえず、被害がなかったのでよしとしよう。


















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アウリス視点は10話以下で終わりたいなぁって思います。

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