【14】
静まり返った室内で、ユハニが悪態をつく。
「くそっ。やってくれんじゃねぇか……! いてぇ……」
腹部をおさえながら、ユハニは足元に倒れている魔術師を蹴りつけた。こいつのサディスティックな性格、本当に何とかならないのだろうか。
「ユハニ様、大丈夫ですか? 治癒魔法をかけましょうか?」
心配そうにマリアンネがユハニを見上げている。ユハニは数度咳き込み、口から血を吐いたが、それをぬぐってさらりと言った。
「いや、傷口を焼いたから、大丈夫だ」
「いや、どう考えても大丈夫じゃないだろう。マリアンネ、治癒魔法をかけろ。命令だ」
「はい」
アウリスに命じられて、マリアンネはほっとした様子でユハニに治癒魔法をかけ始めた。と言うか、傷口を焼いたって、焼いて出血を止めたということか? 相変わらず、むちゃくちゃな男である。
「それで、リクは?」
リクハルドを探しに来たはずなのに、ユハニを助けてヴァルトを捕まえたリューディアは首をかしげた。なぜこうなった。
「リクハルドなら、王宮に侵入したヴァルトの私兵を片づけに行った」
床に片膝を立てて座り、マリアンネの治療を受けているユハニが答えた。こいつもリクハルドも、一人で勝手に進めるから、周りがついていけていない。あ、また咳き込んで血を吐いた。
「ユハニ様、内臓が傷ついてます。ちゃんとした魔法医の治療を受けないと……」
「別に、ほっとけば治る」
「でも……っ」
「そこで泣くな! お前は兄貴の心配でもしていろ」
ユハニが泣きそうなマリアンネの頭を乱暴になでる。ぐしゃぐしゃになった髪もそのまま、マリアンネは治療を続けた。
「……ユハニも、マリアンネには多少優しいな」
「そうみたいだね」
耳元でささやいてきたアウリスに、リューディアは同意を示すようにうなずいた。
いつも通りに対応できた自分にほっとした。先ほどの彼の言葉に、不覚にも動揺した。
アウリスは、リューディアたちが誰かを手にかけたなら、それの業を自分たちも背負うべきだと言った。それが、彼女の胸を打った。
うまく説明はできないが、散々『変人』、『カルナ王国の最終兵器その二』と呼ばれてきた自分が肯定された気がした。自分は、このままでもいいのだと思える。
セラフィーナやマリアンネのようにかわいらしく有ることはない。ただ、そのままでいいのだと言われた気がした。
「やあ、遅れて申し訳ない!」
明るい口調でそんなことを言いながら入ってきたのは、言わずと知れたリクハルドである。リクハルドは笑顔で部屋に入ってきたが、部屋の中の状況を見ると、ユハニの襟首をつかみあげた。
「ユハニ、君、僕の妹に何を言ったのかな?」
「相変わらずのシスコンだな、お前」
「お、お兄様! ユハニ様、怪我してますから!」
おどおどとマリアンネがリクハルドを止めに入った。彼は「マリィがそう言うなら」とユハニの襟首から手を放す。ユハニではないが、こいつ、ホントにシスコン。
「リク、どこに行っていたんだ?」
アウリスの問いに、リクハルドは朗らかに答えた。
「どこって、いろんなところ? ああ、ヴァルトの馬鹿に付き従ってたやつらは全員監獄に入れてきたから安心して」
この短い間に? どういう手を使ったんだろう。というか、朗らかに言うことじゃないよな。
リューディアがそんなことを思っている横で、アウリスが深々とため息をついた。
△
リクハルドが精力的に動き回ったおかげで、事態は早々に終結した。主犯であるヴァルトが捕まっていたのも大きい。
やはり、ヴァルトはアウリスを殺そうとしていたらしい。そして、ユハニも。
アウリスは21歳、ユハニは18歳、ヴァルトは19歳。このいとこ3人は年齢にそれほど差がない。そのため、ヴァルトは常に彼らと比べられてきた。王弟である彼の父親が、常に兄である国王と比べられてきたため、同じように息子も比べたのだろう。
アウリスとユハニは優秀だった。アウリスは王太子として十分すぎる知識や実務能力を持っていたし、ユハニは若干性格に問題はあるものの、自他ともに認める天才だ。そんな二人と比べられ、ヴァルトのストレスはついに頂点に達した。
誰も、自分を認めてくれない。それは、アウリスとユハニがいるからだ。そうだ。二人がいなくなれば、自分も認められるのではないか?
そう思った彼は、アウリスを殺そうとさまざまなわなを仕掛けた。シロラ湖でキマイラに襲われたのも、その罠の一つらしい。
さらに、『カルナ王国の最終兵器その一』であるユハニ対策として魔術師を雇った。ユハニに言わせると「狂った変人」であるその魔術師は、あの夜会でユハニとマリアンネを襲撃。マリアンネはユハニと一緒にいたので巻き込まれただけである。
その魔術師を追ったはいいが、キメラが出現。これらはマリアンネが氷魔法で無力化したが、マリアンネがその場を動けばキメラたちはまた動き出す。そこで、マリアンネを置いて行くことに決めたらしい。
すると、そこにリクハルドが出現。相手がヴァルトであることを知ると、二人はマリアンネを置いて別行動。リクハルドは王宮にいるヴァルトの手のものを始末しに、ユハニはヴァルトを追って行った。
リクハルドはうまくやったが、ユハニは不意を突かれて負傷。そこにリューディアとアウリスが乱入したと言うわけだ。
ちなみに、気絶していたマリアンネがユハニの声で飛び起きたのは、魔術師に作用する精神魔法を使ったらしい。マリアンネが気絶したのも、同じタイプの魔術なのだそうだ。と、言われても、リューディアはいまいち理解できない。
眠ってしまったマリアンネの頭をなでながら話を聞いていたリューディアは、あることを思い出して首をかしげた。
「そう言えば、夜会会場にいるとき、ワインが凍ったんだけど」
そう言うと、治療も半ばで抜け出してきたユハニが「ああ」と声をあげた。
「マリアンネだな。あの会場に置いてあった氷像を通して、あいつは会場を見ていたからな。そのワインに毒でも仕込まれていたんだろう」
「……そうなの」
さらりというユハニも恐ろしいが、それができるマリアンネも恐ろしい。夜中を過ぎて、よい子(と言うには少々語弊があるかもしれないが)のマリアンネはよく寝ている。この会議室で寝てしまったのは、魔術師を捕獲したものとして最後まで後始末に付き合っていたからだ。
アウリスの執務室でもよかったのだが、会議室の方が広いし、使い勝手がいいのでこちらにいる。まあ、後始末と言ってもほとんどリクハルドが片づけてしまったが。この男、本当に有能だ。シスコンだけど。
以前、アウリスとおまけでリューディアは王宮内で刺客に襲われた。これらの刺客もヴァルトが手引きしたらしく、この短時間でそこまで調べ上げ、全て連座で捕まえたリクハルドは、最初から全て知っていたのではないだろうかと思えてくる。
まあ、実際そうなのだとしても、聞いてみようとは思わないが。
何故、リューディアのまわりはこんなにも超人ばかりなのだろう。そう言う彼女も人のことを言えないのだが。
「ヴァルトは、王宮の使用人や軍人たちを買収、もしくは恐喝してたみたいだね。頭はあれだけど、身分だけはあるからね、彼は」
リクハルド、さらりとひどい。その通りであるが。リューディアの膝で眠っているマリアンネがもぞもぞと寝返りをうった。
「実際、どういう手はずになってたんだ?」
アウリスが尋ねると、さしものリクハルドも肩をすくめた。
「さすがにそこまではわかってないよ。でも、配置的にアウリスとユハニを殺したら、そのままほかの王族を粛正するつもりだったんじゃないかな。勝てば官軍っていうし」
それはちょっと違うだろうが、まあ、勝った方がいつの時代も正義なのは確かだ。
「さすがに、将軍職は伊達じゃないよね。戦に関する人の使い方はうまい」
リクハルドが初めてヴァルトを称賛した。カルナ王国はここ最近対外戦争などはなく、平和だったはずなのだが、ヴァルトはどこでそんな才能を身に着けたのだろう。これが、彼の才能だと言うことか。
「俺を出し抜いたことはほめてやるが、やはり馬鹿だな」
小ばかにしたようにそのセリフを吐いたのはユハニだ。そのセリフを聞いて、リューディアは彼が以前、アウリスを襲った刺客を嬉々として拷問にかけていたことを思い出した。いや、拷問と言うか、一応尋問なのだが、その方法がえげつなかった。詳しくは割愛するので、ご想像にお任せする。
ユハニは彼らから何らかの情報を得たはずだ。たとえ、彼らが詳細を離さなくても、その振る舞いや言葉の端から、何か情報を入手していた可能性が高い。
と言うことは、少なくともユハニは最初から犯人を知っていた可能性がある。もうユハニのすることにツッコミを入れる気はないが、知っていたのなら教えてほしかった。
「ちなみに、リクはどうやってヴァルト様の協力者をあぶりだしたの?」
リューディアが何となく尋ねると、彼は再び肩をすくめた。
「そんなに難しくなかったよ。事前に情報は集めていたし、不審な行動をしている使用人や軍人に職質かけていっただけだから」
「それは……リクにしては地道な方法だね」
「そうかもねー」
やはり暢気にリクハルドが言った。もう何も言うまい。
「……夜会の招待客は?」
「俺が何かミスを犯すとでも?」
「はいはい。そうだったね」
警備の責任者だったユハニの言葉に、リューディアは受け流すように返事をした。怪我をしていても役目を果たすとは、彼は意外に責任感が強い。
夜会の招待客が無事に帰ったということは、セラフィーナたちも無事なのだろう。リューディアはほっとして笑みを浮かべた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とりあえず、事件終息?
私的にユハニがどうして負傷したのか気になります(オイ
リクハルドは別行動で、せっせと戦いの準備をしていた私兵を捕縛しに行ってました。
次で、最後かなぁ。




