表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/23

【13】














「ああ、アウリス。待っていた」


 声をあげたのは、カルナ人らしい金髪に濃い青の瞳をした精悍な顔立ちの男だ。リューディアのあやふやな記憶によれば、彼がヴァルト将軍であるはずだ。


「やはり私が狙いか。ユハニとリクはどうした」

「リクハルドは知らないけど、ユハニには眠ってもらっている。ああ、安心しなよ。本当に眠っているだけさ。まあ」


 ちらっとヴァルトは視線を左に流した。つられてリューディアたちもそちらを見る。


「いつまでもつかわからないけど」

「ユハニ様!」


 マリアンネが悲鳴をあげた。絨毯が、赤く染まっている。血だ。その血の絨毯の上に、ユハニが横たわっていた。縛られているわけではないが、意識はないようだ。


「マリィ、落ち着いて」


 今にもユハニの方に駆け出しそうなマリアンネを押しとどめる。強めに腕を握れば、マリアンネには振り払えない。涙で潤んだ瞳に見上げられて心が動かないわけではなかったが、リューディアたちから離れると、お互いに危険だ。


「ヴァルト。お前……」


 アウリスが怒りを込めてヴァルトの名を呼んだ。ヴァルトは肩をすくめて見せる。


「仕方がないだろう? 私が力を持つためには、彼が邪魔だったんだ。彼だけじゃなくて、君もだけど」


 片方の唇の端を持ち上げ、ヴァルトは癖のある笑みを浮かべた。


「そうまでして権力が、玉座が欲しいか」


 アウリスが吐き捨てるように言った。その隣で、リューディアとマリアンネは臨戦態勢を取る。

 アウリスの言葉に、ヴァルトは顔をゆがめた。


「生まれた時からずっと比べられてきた私の気持ちがわかるか? 従兄の王太子殿下はこの年で何か国語を難なく理解できた。従弟のユハニは、すでに難解な数式を理解している……そんなふうに延々と言われ続けた私の気持ちがわかるかっ」

「……」


 リューディアもアウリスもマリアンネですら沈黙したが、何となく、気持ちはわかる。いとこたちと比べられ続け、ひねくれてしまったのだろう。確かに、アウリスもユハニも聡明だ。2人に才能があったことも確かだが、2人が努力してきたのも事実である。

 だから、ヴァルトの気持ちはわかるが、アウリスとユハニが優秀だからと言って恨むのは筋違いだろう。ヴァルトと二人では才能の方向が違っただけだ。


「殿下。構いませんか」


 マリアンネが震える声で言った。これは怖がっているのではなく、怒りに震えているのだろう。怒っている。おっとりしたマリアンネが怒っている。しかも、怒って放出されるのは冷気だ。アウリスが物理的に一歩引いた。


「……落ち着け、マリアンネ」


 一応、アウリスが声をかけた。マリアンネが怒っているのは、ヴァルトがユハニを傷つけたからだろう。ユハニ、慕われているなぁ。



 というか、『カルナ王国の最終兵器その一』である彼をどうやって襲ったのだろうか。



 リューディアのその疑問の答えはすぐに明らかになった。


「魔術師か。面倒だな。おい」

「御意」


 突然、誰もいなかったはずの空間に人の姿が現れた。黒いマントにフードをかぶり、仮面をつけているので顔は不明である。いでたち的に魔術師だ。

 マリアンネが間髪入れずに魔法攻撃を仕掛けた。魔術師に対抗できるのは魔術師である自分だけだと思ったのだろう。だが。


 リィィィィン。澄んだ音が響いた。見ると、黒マントの魔術師が手に持った鈴を振っていた。もう一度、その鈴が鳴らされると、マリアンネがその場にくずおれた。


「マリィ!?」

「何をした!」


 リューディアがマリアンネを受け止め、アウリスが強い口調で黒マントの魔術師に問うた。答えたのはヴァルトだった。


「退場願っただけだ。魔術師は面倒だからな」

「自分も魔術師を抱えておきながら、よく言う……!」


 さすがに怒りをにじませてアウリスが吐き捨てた。リューディアはマリアンネがただ気を失っているだけであることを確認すると、静かに床に横たえた。


「アウリス」

「やれ、と言いたいところだが、お前を危険にさらしたくはない」

「この期に及んで何言ってるの」


 呆れてリューディアはアウリスを見上げた。確かに、魔術師に対抗する力のないリューディアであるが、マリアンネはともかく、ユハニは早く医者に見せなければまずいだろう。すると。


「私は、ユハニよりもお前の方が大事だ、リューリ」

「……そんなこと言われても困るんだけど……」


 本当に戸惑った様子でリューディアは言った。戸惑ったのはアウリスの言葉だけではない。その言葉にドキッとした自分にも戸惑った。


「あー、あー、あーっ! いちゃつくならよそでやれっ!」


 ヴァルトが叫んだ。アウリスが平然と「なら、帰ってもいいか? ついでにユハニとマリアンネを返してくれ」などとのたまっている。

 アウリスを冷たく見つめていたヴァルトは、再び、口の端を持ち上げる癖のある笑みを浮かべた。


「こうしようか。ユハニがアウリスの恋人であるリューディアに横恋慕した。そのために争いになり、共倒れ」

「無理だな」


 アウリスとリューディアは同時に言った。ユハニが横恋慕と言う時点でありえないし、争ったところでユハニの圧勝に決まっている。


「それじゃあ、そうだな。お前たち二人は無理心中。ユハニはそれを見て死に興味を持ち、自分で自分を傷つけた」


 まあ、私としてはユハニはどうでもいいんだが、とヴァルトはうそぶく。王位を狙っているかのような言葉だが、実の所、彼は自分が比べられる対象であるアウリスとユハニを排除したいだけだろう。

 そして、悲しいかな。何故か共倒れよりも説得力がある不思議。ユハニはそれくらいの変人として認識されているのだ。実験の為なら平気で自分で自分を傷つけるだろう。


「確かに私はリューリを愛しているが、無理心中はないな」


 さらっとそう言ったアウリスに同意するようにリューディアはうなずいた。


「そうだね。私もアウリスのことは好きだから、障害なんてないしね」


 そう言葉にしてしまうと、本当に自分がアウリスを愛しているような気がしてくるから不思議だ。眼を見開くアウリスと目を見合わせる。


「リューリ……」


 リューディアはアウリスに向かってにっこり微笑んだ。


「だから、私の目の前でいちゃつくな!」


 ついにキレたヴァルトがアウリスに斬りかかった。リューディアは待ってましたとばかりにその剣を受け止める。


「お前らが幸せそうなのが気にくわないんだよ……っ!」


 リューディアと鍔迫り合いを演じながら、ヴァルトは言った。相手の不幸を願うとは、どうやら彼の恨みは根深い様子だ。

 リューディアはヴァルトの剣をはねのけるとそのまま逆に斬り込む。リューディアの素早い剣戟に受け身となったヴァルトが後退していく。


「リューリ!」


 アウリスに呼ばれてはっとした。魔術師の存在を忘れていた。


「いくら優れた剣士だろうと、この状況で魔術は避けられまい」


 ヴァルトがうっそりと笑みを浮かべた。魔術師が魔法を展開しているのがわかる。避けられない。リューディアはせめて、とばかりにヴァルトを睨んだ。

 だが、その前に魔術師が攻撃された。こちらも魔法だ。マリアンネが起きたのか、と思ったが……。


「っざけんじゃねぇぞ、このくそ野郎……っ」


 口汚くののしったのはユハニだった。完全に素が出ている。腹部の傷口をおさえ、真っ青な顔で立っている。


「ユハニ!?」

「大丈夫なのか!?」

「うるさい! マリアンネ、いい加減起きろ!」


 気遣ったリューディアとアウリスを一喝し、ユハニは倒れたままのマリアンネに声をかけた。そして、その瞬間マリアンネが悲鳴を上げて飛び起きる。


「え、ユハニ様!?」


 床に座り込んだまま疑問符を浮かべるマリアンネに、ヴァルトの目が向いた。リューディアはとっさにマリアンネをかばい、ヴァルトの剣を受け流すと彼に蹴りを加えた。深紅のドレスの裾がふわりと持ち上がり、ゆっくりと元に戻った。


「お、お姉様……」


 混乱している様子のマリアンネをアウリスが立ち上がらせる。疑問符を浮かべているマリアンネに、ユハニが怒鳴りつけた。


「そっちはリューディアに任せろ! こっちを手伝え!」

「は、はいっ」


 マリアンネがユハニの方に駆け寄った。ユハニは魔術師と対峙しており、その力は拮抗しているように見えた。

 リューディアは首を左右に振る。ユハニたちを気にしている場合ではない。自分はヴァルトを何とかしなければ。


「はっ!」


 気合と共にヴァルトを斬りつける。リューディアが持っているのは装飾用の剣なので、強度が弱い。すぐにダメになってしまうだろう。早期に決着をつけなければ。


「……っ! いい身分だな、アウリス! 女に護られるとは……っ」


 後ずさってリューディアから離れたヴァルトが、彼女の背後にいるアウリスに叫んだ。もちろん、彼は何もしていない。その方がありがたい。彼は王太子で護られるべき存在であり、リューディア的にもうろちょろされないほうが戦いやすい。


「ああ。私は悟った。リューリは守るよりも、好きにさせておいた方が安全だと」


 なんかひどいこと言われた気がする。しかし、事実だ。下手にかばおうとするよりもリューディアは野放しにしておいた方が安全だ。リューディアはヴァルトに向かって大きく足を踏み込んだ。


「たとえ、自分が手を下したわけではなくとも」


 アウリスの静かな声が聞こえた。


「リューリやユハニ、マリアンネが私のために誰かを手にかけたのなら、それは、私もともにその業を背負うべきだ」


 リューディアはアウリスの言葉を聞きながら、ヴァルトに斬りかかる。彼は完全に押されていた。


「彼女が、彼らが背負う罪は、私たちも背負うべきなんだ」


 ついに、リューディアはヴァルトを切り伏せた。留めとばかりに剣の柄を彼の鳩尾に叩き込む。気を失ったヴァルトに、アウリスは静かに歩み寄った。


「お前に、その覚悟があるか?」


 見れば、ユハニとマリアンネも魔術師を制圧していた。















ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たぶん、あと2話くらいで終わる。と、思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ