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【12】















 廊下は不思議と静まり返っていた。これはおかしい。これだけの招待客がいるのだ。警備は厳しいはずで、少し会場から離れただけでだれもいないというのは不自然だ。


 ゆっくりとあたりを見渡ながら歩を進める。リューディアはアウリスをかばっているので、緊張はひとしおである。


 というか、この状況、どうすればいいのだろうか。リューディアはアウリスをかばおうとするだろうし、アウリスはリューディアをかばおうとする可能性がある。この混沌とした状況をどうすればいいのだ。


 やはりイェレミアスを連れてくればよかったのだろうか。彼は半分魔術師だ。リューディアもアウリスも剣士であるため、後方支援ができる魔術師が欲しい。先にマリアンネを保護しようか。マリアンネはユハニと一緒にいるはずだから、同時にユハニという最強の戦力も確保できる。


 そんなことを現実逃避気味に考えていたリューディアは、ぶるりと身震いした。


「……なんか寒くない?」


 リューディアは両手で腕を抱えるようにしながら、アウリスに言った。ちなみに、リューディアはイブニングドレス姿でデコルテが広く開いているが、袖は五分丈だ。晩夏とはいえ、この時期に寒さを感じるのはおかしい。


「そうだな……冷気が漂っている気はする」


 そう言いながら、アウリスは上着を脱いでリューディアの肩に上着をかけた。思わずアウリスを見上げる。彼はあたりを見渡していて、リューディアの方を見ていなかった。


「……ありがとう」

「いや」


 アウリスはやはりリューディアの顔を見ずに言った。確かに、男性の方が比較的温かい恰好をしているし、一枚着るだけでだいぶ違う。

 不器用な人だな、と思う。リューディアに『覚悟しろ』と言ったわりには彼は何のアクションも起こしてこない。ただ、リューディアの側にいるだけだ。まあ、いきなりアウリスに愛をつむがれても怖いが。


「これ、マリアンネなんじゃないか?」

「えっ」


 こんな状況だというのにやはり現実逃避をしていたリューディアはアウリスに指摘された初めて気が付いた。

 確かに、冷却魔法が得意だというマリアンネなら、この冷気を発生させられるかもしれない。


「そうかもね。ってことは、寒くなる方に向かっていけば、マリィがいるということかな」

「……先に私たちが凍りつかなければいいけどな」


 リューディアはアウリスのその物言いに苦笑した。確かに、進むにつれて冷気が強くなっている気がする。リューディアはアウリスに上着を返そうかと思ったが、たぶん、受け取ってもらえないだろうと考えて言葉には出さなかった。

 寒さに震えながら進む。廊下には霜が降り、凍っていく。吐く息が白い。夏になると、涼しくならないかなぁ、と思うが、これは涼しすぎだ……。

 やがて、氷の世界に小柄な背中が見えた。黒い魔法研究所の制服を着た、アッシュブロンドの髪の少女。


「マリィ!?」

「あっ!」


 振り返ったマリアンネが眼を見開く。その大きな瞳に涙がたまった。


「リューリお姉様!」


 駆け寄ってきたマリアンネはリューディアにしがみついてわあっと泣きはじめた。とりあえずマリアンネを抱きしめたリューディアだが、さすがに訳が分からない。彼女はアウリスと目を見合わせた。


 とりあえず、聞いておこうか。


「マリィ。ユハニは君を置いてどこに行ったんだい?」


 マリアンネはユハニと組んでいたはずだ。暫定・最強の男であるアウリスと、魔術の天才マリアンネの2人がコンビを組むと、かなりの戦闘力になるはずだ。よほどのことがなければ、はぐれるということはないはず。


「は、はぐれました……っ」

「……」


 再び顔を見合わせるリューディアとアウリスだ。何が起こってはぐれるんだ。


「マリアンネ。ユハニに置いて行かれたのか?」


 比較的穏やかな口調でアウリスが問う。さすがに、小柄で少々気の弱いところがあるマリアンネには、アウリスも気を使うようだ。マリアンネはこくりとうなずいた。


「……置いて行かれました……」


 ……とりあえず、ユハニ、見つけたらぶん殴る。


「それで、マリィは何してるの? すっごく寒いんだけど」

「あ……えっと」


 リューディアが身震いして見せると、マリアンネはしどろもどろになって氷柱を指さした。そう言えば、さくっと無視していたが、マリアンネが立っていた辺りには四本ほどの氷柱が……。


「って、何これ」

「あれじゃないか、キマイラ」


 純度の高い水が凍ったのだろう。透明な氷が透け、氷柱の中身が見える。いつだかに襲ってきたキマイラによく似ていた。鼻をすすりながら、マリアンネは言った。


「それはキメラです。キマイラをベースにして作っているので、よく似ていますが、シロラ湖で襲ってきたキマイラはキマイラに洗脳魔法を施したもの、これは、キマイラを素体に、新たな生き物に生成し直したものです」


 うん、かわいらしい少女から聞く言葉ではないな。しかも、リューディアにはいまいち違いが判らない。


「合成獣ということか」

「はい。通常とは違い、魔物を素体としているので強力です」

「つまり、マリアンネがこれの足止めをしている間に、ユハニはどこかに言ったのだな」

「えっと、そうです。ヴァルト様を追って行きました」

「……あいつかっ」


 アウリスが珍しく声を荒げる。リューディアに引っ付いたままのマリアンネがびくっと体をすくませた。リューディアはそんな彼女の背をたたいてやる。

 以前、少し王位継承権の話について触れたと思う。アウリスがいなくなれば、王位はアウリスの弟、第2王子に。第2王子もいなくなれば、誰にその王位が引き継がれるのだろうか。


 今のところ、候補は2人いる。1人は王立研究所所長のユハニ。もう1人は、王立軍の将軍の1人、ヴァルトだ。


 ユハニはアウリスの従弟だ。彼の母親は王女で、マルヴァレフト公爵家に嫁いだのだ。現王の妹にあたる。つまり、彼にも王位継承権はある。

 一方、彼よりも血筋的には王位に近いと言われているのが、現王の弟の子であるヴァルトだ。年は、ユハニと同じくらいだったと思う。

 カルナ王国では、王位や爵位の継承は男系を優先される。そのため、女系王族であるユハニよりも、男系王族であるヴァルトの方が正当性は高い。だが、ヴァルトは性格に問題がある・

 いや、性格というのならユハニも相当な鬼畜であるが、ヴァルトはそんなレベルではないのだ。人格に問題があると言った方がいいのだろうか。

 とにかく、自己中心的で世界は自分を中心に回っていると思っているような男だ。リューディアもあまりよく知らないが、評判はよくない。


 だが、ヴァルトが関係しているとなれば、ユハニは自分から彼について行ったのだろう。マリアンネを置いて。この冷気の中なら、普通は誰も近づこうとしない。そのため、ここにいればマリアンネは安全だ。むしろ、ヴァルトと対面する方が危ない。

 アウリスが深いため息をついた。


「……狙いは、私のようだな」

「そうみたいだね……っていうか、そう言えばリクは?」


 当初の目的であるリクハルドを忘れていた。マリアンネは「お兄様なら、ユハニ様と一緒です」と小首をかしげた。マリアンネはユハニだけでなく、実の兄にも置いて行かれたらしい。シスコンのリクハルドにしては珍しい。彼も、マリアンネがヴァルトについて行く方が危険だと考えたのだろう。

 アウリスが再びため息をついた。


「このキメラ、仕留めることはできるか?」

「えっと、はい。王宮の中で攻撃魔法を使ってもいいかわからなくて……」


 マリアンネがぽそぽそと言った。どうやら、遠慮した結果がこれらしい。彼女にはいろいろ聞きたいこともあるが、まずはユハニたちを追うのが先だ。アウリスは、マリアンネを連れて行くつもりらしい。確かに、魔術師はひとり確保したいと思ったが……。


「マリィを連れて行くのは危なくない?」


 氷の槍でマリアンネは豪快にキメラを仕留めていく。その音にまぎれ、リューディアは小声でアウリスに尋ねた。彼は冷静な口調で言った。


「一人にしておく方が不安だ。それに、このまま冷気を放出していたら、そのうち王宮が氷の城になりかねん」

「……何となく気づいてたけど、アウリスの中でマリィはユハニと同じくくりの中に入ってるよね」


 リューディアは苦笑して言った。彼女としても、マリアンネという強力な魔術師が同行してくれるのはありがたい。おどおどしたところのある彼女だが、いざという時肝は座っている。リューディアに何かあっても、確実にアウリスを守ってくれるだろう。


「終わりました」


 マリアンネがとてとてとスカートをひらめかせてこちらに戻ってくる。魔法研究所の女性の制服は、ふくらはぎまでのスカートだ。これなら、マリアンネもドレスの裾につまずくことはないだろう。まあ、彼女の場合はそれ以前の問題である気もする。


「マリアンネ。ユハニたちの居場所はわかるか?」

「あ、はい。ユハニ様は、魔力が強いので」


 それは、魔力が強いからわかりやすいということだろうか。やはりマリアンネの言うことはよくわからないリューディアであるが、ツッコミは入れなかった。


「よし。では、案内を頼む」

「はい」


 マリアンネがアウリスの言葉にうなずく。マリアンネが先導し、廊下を歩いて行く。その途中で、アウリスは廊下に飾られている剣を2本取った。そのうち1本をリューディアに渡す。


「装飾用だから実用的ではないが、ないよりましだろう」

「ありがとう。じゃあ、マリィには短剣を渡しておこうか」


 本当なら、マリアンネが接近戦をするような事態にならないのが一番いい。リューディアが差し出したリクハルドの短剣を、マリアンネは恐る恐る受け取った。それをぎゅっと抱きしめる。


「……もう少しです」

「わかった」


 リューディアとアウリスがうなずいた。


 王宮は大きく分けて三つの区画がある。一つは政治を行う政庁、もう一つは研究所や軍、図書館などがある区画。最後に、王族のプライベートスペースだ。

 そのプライベートスペースの奥に、足を踏み入れていた。アウリスによると、あまり使われていない辺りなのだそうだ。この王宮、広いからな。


「この部屋です」


 とマリアンネが指さしたのは、おそらく、来客用のゲストルームなのだろうともう。両開きの扉に、ノッカーがついていた。


「なるほど」


 リューディアは扉に耳をつけて中をうかがうが、何も聞こえなかった。すると、マリアンネが「その部屋、結界が張られています」と言った。もっと早く言ってくれ。マリアンネは発言もおっとりしている。


「あ、私が開けます」


 リューディアが取っ手に手をかけると、マリアンネがそれをとどめて名乗り出た。押し問答しているのもどうかと思うので、リューディアはマリアンネに頼むことにした。


「お願いできる? 攻撃されそうになったら避けるんだよ」

「もちろんです」


 やはりおっとりとした口調で言った。うーん、心配だ……。


「開けます」


 そう宣言してから、マリアンネは両開きの扉の片方を開いた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


スピンオフのはずなのですが、こっちのほうが話が長いですね……。


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