幕切れ
「何を、言ってるんだ?」
そのとき俺は本当にアレクの言っていることの意味がわからなかった。
だって、もう終わるはずなんだ。ハッピーエンドのはずなんだ。このあと瀕死のグレイヴを倒しに行って、ティオと和解して、それでリーサと何年かぶりに話して。
「グレイヴの魂の半分は、もうすでに僕の魂と癒着してしまっている。このまま進行が進めば完全に僕は乗っ取られてしまい、二度と意識を取り戻すことはないだろう。最初はそれでよかった。破滅してでも復讐を成し遂げたかった。でも、リーサの言葉を聞いて、目がさめた。自分とグレイヴの境界線が曖昧になっていた僕を、引き戻してくれた。僕はこのままグレイヴの魂とともにこの世を去る」
そんな。そんなことって。何か他に方法はあるはずだ。なにか、なにかないか。
「僕も色々考えたが、もうグレイヴの魂を引きはがすことはできない。本当は自分でこの剣を心臓に突き刺したいところだが、あいつのせいか身体がうまく動かない。きっと、こうやって僕が話せる時間は残り少ない。こんなことを頼めるのは、君しかいないんだ。頼む、その剣で僕を」
「できねぇよ! せっかく正気を取り戻したっていうのにそんなこと! やり残したこと、たくさんあるんだろう!」
「僕だって! 僕だって、まだ死にたくない! 大罪人だという自覚はあるけど、それでもあと少しだけ生きたいよ! そこにいるんだ、ずっと焦がれてきたリーサが! だけど、どうしようもなく時間がないんだ。このままわがままを通したら取り返しがつかなくなってしまう。あっちでリーサに会わせる顔がなくなってしまう。さあ、あいつが戻ってくる前に!」
なんて残酷なことを頼むんだ、アレクは。
でも、今この状況では俺にしかできないことだというのは理解できる。
やるしか、ないのか。
『ソーマ、アレクの言う通りにしてあげて。私からもお願いするわ。あの人の願いを、叶えてあげて』
「リーサは、それでいいのか」
『だってあの人ガンコだもの。それに、あっちの世界でゆっくり話すことにするわ。もしあの人が地獄行きだったとしてもついてくしね』
「わかったよ。そこまで言われたら、俺も腹をくくるしかない」
『ありがとう。そして、ごめんね。こんなこと、任せちゃって』
「お礼を言うのは早いよ」
魔宝剣を、まっすぐに構える。
また俺は1つ罪を重ねる。
でも、この十字架なら一生背負ってもいい。そんな風に思えた。
「……一歩遅かったな、人間」
「! お前、まさか!」
「おバカさんだね。うだうだ迷わずひと思いにやってしまえばよかったものを」
バカだ、俺。覚悟がなってないばかりにアレクの願いを叶えてやるチャンスをつぶしてしまった。
いや、諦めるのは早い。さっきわずかな時間とはいえアレクの意識が戻ってこれたんだ。まだ可能性はある。
大剣を、構えた魔宝剣にたたきつけられ後方へ飛ばされる。
グレイヴはそれ以上何も言うことなく、回れ右をしつつ翼をはばたかせて猛スピードで去っていく。
あの方向は……国境付近!?
あいつまさか、本体に合流しようとしているのか。
「行かせるかあぁぁぁあああ!」
俺もすぐさま翼に魔力をこめ、あいつを追いかける。
早く、もっと早く!
「邪魔を、するな!」
後ろから剣を振るったが、尻尾で弾かれてしまう。
くそ、この速度で飛びながらだとどうしても狙いが甘くなる。
俺が何度攻撃してもあいつは器用にかわす。それを繰り返してる間にも眼下の風景はどんどん過ぎ去っていき、決定打を与えられないまま距離と時間が過ぎてゆく。
こうなったら、竜魔法を使うしかない。最高速度で飛行し、剣を振るいつつ発動させるのは至難の技だが、ここでやらなきゃどうする!
イメージしろ。並の竜魔法じゃ太刀打ちできないぞ。
今までの集大成、最高最強の魔法を。
俺の中での力の象徴。
それは、剣。
はじめて使った魔法も、剣の魔法。
万物を斬り裂き、邪なるものを貫く刃。
「――銀王剣!」
いつものように何本も何本も出現するわけでなく、ただただ巨大で、シルバの身長の2倍はあるくらいの剣が現れた。
威力の塊。大量の魔力が凝縮されたそれは、神の威光のように銀白の光をあたりにまき散らした。
「邪魔をするなと、言っているだろう! ――魔王斧」
あいつもまた竜魔法を発動する。
性質は異なるが、それは俺の銀王剣とよく似た魔法。
紫黒の光を放ちながら迫るその巨大な斧を、白銀の剣で受け止める。
俺のこの魔法は間違いなく今までで最大の魔法。それを使っても、敵わないというのか。
あいつを本体に到達させてはならない。本能がそう警告していた。具体的にどうなるかわからない。よりパワーアップし手がつけられなくなるかもしれない。魂の浸食スピードが上がるかもしれない。
焦りで手元が狂いそうになっていた俺の耳に、何かが通り過ぎる音が聞こえた。
なんだ? まさか、新手?
その答えはすぐにわかった。
1頭の虚竜が、グレイヴに突撃していったのだ。
不意をつかれたあいつはたまらず体勢を崩す。
あのとき突然味方を襲い始めたあの虚竜だ!
「なんだお前は! なぜ我の命令を聞かない! ……主!? まだ抗える精神力が残ってい……アーサー? アーサーなんだろ?」
「グルオォ」
これは、きっと1つの奇跡だ。
自分が葬った竜の身体を復活させ、使役する魔法。
あの身体はアレクのかつての契約竜・アーサーのものだろう。
本来は魂など宿るはずのない身体。そこに、とっくに旅立ったはずの魂が戻ってきたのだ。
「ごめんな、アーサー。君には償っても償いきれないことをした。なのに、こうしてもう一度会いにきてくれたなんて……」
アーサーはただ静かにアレクに並走する。まるで、寄り添うように。
「ソーマ。なんとかこうしてもう一度意識を取り戻すことができた。でも前ほど長くは保ってられない。本体との距離がどんどん縮まってきているし、きっとこれが最後だ。……頼む」
もう、迷わない。この場面で迷うことは許されない。
「く、う、ああああぁぁぁぁああああ!」
色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、叫ばずにはいられなかった。
魔宝剣ドラグサモンが、俺自身の手で、アレクの胸に、突き刺さる。
その時ちょうど麻痺毒が翼の付け根あたりにまで回ってきていて、上手く制御できず、飛行していた勢いのまま、森のある一点に墜落したのだった。




