第21話 アイスクリーム
「コラッ! 命狙われてるんだから勝手に抜け出すんじゃねえ! 後で事情はたっぷり聞かせてもらうぞ」
顔を合わせた第一声は、ま、そうだよなと予想出来る一言であった。
気絶している元濱の前でスマホを使い、警察に通報。しばらくすると蔭山率いる警察が、ゾロゾロと森の中に踏み込んできた。
怒られながらも経緯を説明し、元濱は殺人未遂および今回の事件に大きく関わっているとして――また、城崎に濡れ衣を着せた真犯人として緊急逮捕。
保護された鉄生とともに桜田門へと連行された――。
許可され、覗き窓から覗き見る、取り調べ室の様子。会話が壁と窓を挟んでこちらに聞こえてくる。
この窓は室内からは見えないのだという。蔭山と向かい合って机の向こうに座っている元濱には鉄生の顔は一切見えず、よそ見しないで蔭山の方をずっと見ていた。
「……なるほど。それでお前は金田からクレジットカードを盗んだんだな?」
「はい。全部あいつの命令で。すべては金田を陥れるために。城崎はその場に居合わせたちょうど計画を実行するのに都合の良い奴だった」
取り調べは犯行の手口とその経緯について訊く所から始まった。
全部。クレジットカード盗難、手紙の投函、殺し屋の派遣。それは独断ではなく、すべてあいつの指示。やれと言われたことを忠実にこなしただけ。
「城崎のパソコンにはどんな細工をしたんだ? 乗っ取られた痕跡はなかったぞ」
「あいつの、裏社会で生き残るために磨いたというハッキング技術は一級品だからな。痕跡も綺麗に消しちまう。<アイスクリーム>と例の動画ファイルを仕掛けて、やったことに見せかけたのさ」
遠隔操作マルウェア<アイスクリーム>。暑い時に食べると冷たく美味しいアレではない。
個人のパソコンに対し、外部から痕跡を残さずに特定の動作をさせる目的で開発されたウイルスだ。
仕掛けられるとそのパソコンに常駐ソフト――パソコンが起動している間は常に稼動し続けるプログラム――として活動。
予め命令された動作――特定のファイルを指定された相手に送る――を使用者の気づかない所で一つだけ勝手に実行する。
そして、このマルウェア最大の特徴。
それは一つだけの命令を実行し終えると自動的にマルウェアそのものが削除される自滅関数を有していること。
直接パソコンそのものに不具合をもたらすわけでもなく、予め与えられた仕事を終えて勝手に自動消滅する運命。
まさに時間とともに溶けて無くなる冷たくて美味しいアイスクリーム。ウイルスなどのストレートな単語を使わない、隠語じみたネーミング。
「旅行で金田と城崎をハメるために、高谷を唆したのか?」
「唆してはいない。旅行は高谷が勝手に趣味で企画した。それを裏で金田をハメるための工作に利用しただけさ」
年が明けて、最初の一週間の週末に三泊四日の四国旅行。誰かが悪事を働かなければ楽しい旅行で終わるはず……であった。
親交の深かった元濱が持っていた四国のパンフレット。たまたま一緒にお茶をしていた時、持っていたそれから旅行を知ったあいつは便乗し動き出した。
「お前があいつと呼ぶ人物――裏でこの事件の絵を描いてる奴の名前はなんなんだ?」
「……森野汪」
「今回の事件の実行犯は俺だが、計画を立てたのは全部あいつだ。俺は狗となってただ全力でやったまでだ――償いのために」
「償い?」
「中学の頃、一時期俺はあいつを笑い、いじめてた時がある。ところが大学で再会して友達になった時思った。償いたいとね。だから俺は今の他の友達裏切ってまで、あいつの力になりたいと決めたのさ」
直後、寒気がする戦慄とともに鉄生の忘却の彼方からあるものを呼び覚ます――。
たとえ何年経っても、会わなくなっても、決して忘れることのない名前。蘇る因縁。彼と森野汪はかつて互いの学校の期待を一心に背負ってぶつかった。
"金銀龍"として。今となっては遠い昔。十四年前のこと――。




