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85話 扇動者

「な、なんで俺がアイツらに攻撃されるんだ……」

「いいからさっさと立て!! 迎撃するぞ!!」


 呆然とするビゲルを一喝し、自身も剣を構えて臨戦態勢を取る真也。

 今は襲われる理由を考えるより、攻撃を凌ぐことが先決である。

 四方八方から飛んできたナイフを、カティとリーサとビゲルが同じくナイフの〈投擲〉で迎撃して数を減らし、真也と秀介が残りを剣で弾いていく。

 先ほど相手をしたノーマンの手下よりは敵の数が少なく、現状はなんとか対処できている。

 だが、敵の増援は続々と観客席になだれ込んで来ていて、状況はどんどん悪くなっていた。

 しだいにナイフが掠るようになり、ごく小さなダメージが蓄積していくが、とにかく致命傷を受けないことを最優先で叩き落していく真也たち。

 それでも、皆の表情に焦りが出ることはない。

 なぜなら、その攻撃に対処するための手段を、真也たちのパーティは持っているからだ。


「〈レンジドアタック・プロテクション〉!!」


 瑠璃羽が大急ぎで発動させた魔法は、飛び道具を使った攻撃に対する防御用の補助魔法だ。

 それは、バリアのような半球状の結界を展開し、外側から結界を通過する飛び道具の速度と威力を減衰させるスキル。

 彼女はその結界を最大限の広範囲で展開し、パーティメンバー全体をかなりの余裕をもって覆ったのだ。

 それにより、敵に投げられたナイフが真也たちのところに到達する手前で減速し、たとえ数が多くとも容易に叩き落せるようになる。

 これで、〈投擲〉だけの袋叩きでやられる心配はなくなった。

 だが、防ぐだけで状況は良くならない。

 事態を打開するため、リーサが再び攻撃アイテムを取り出し、〈全方位投擲〉によって周囲八方向にばら撒く。

 直後に響く爆発音。

 この攻撃を繰り返せば、敵はあっという間に減っていくだろう。

 しかし、そう上手くはいかなかった。


「――え……ウソ!?」


 驚きの声を上げるリーサ。

 彼女の攻撃が、すべて敵に防がれたからだ。

 リーサの投げた爆薬は、目標に到達する前に迎撃され、空中で爆発してしまっていた。

 迎撃したものは、鋭く〈投擲〉された敵のナイフだ。

 それは、レベル四十四のリーサが使用したスキルと同等以上の〈投擲〉スキルを持っていなければできない芸当。

 ビゲルの手下であったはずの取るに足らない盗賊たちにできることだとは、とても思えなかった。

 だが、それができてしまうのであれば、すぐに別の手で攻めなくてはならない。

 幸い、こちらには〈投擲〉では迎撃できない攻撃魔法スキルを持つメンバーがいる。


「秀介、頼んだぞ!」

「任せとけ! 〈サンダーランページ〉!!」


 既に魔方陣を足元に展開し、魔法スキルを発動する準備を整えていた秀介が、使用するスキル名を声高に宣言して雷の奔流を解き放った。

 それは雷属性の広範囲攻撃魔法。

 直線状に荒れ狂う雷撃を放出し、その命中地点を中心に大量の電撃をほとばしらせて周辺一帯にダメージを与えるという、現在の秀介が所持する中で最上位のスキルである。


「おお、かなり敵が減ったな」

「MPもがっつり減ったけどな」

「なに、〈MPポーション〉はたっぷりあるんだ。どんどん撃ってくれ」

「発動まで時間がかかるんだから、それまでは攻撃を防いでくれよ?」


 さすが広範囲攻撃魔法というだけはあり、秀介の〈サンダーランページ〉が猛威を振るった観客席の一角では、大勢の盗賊たちと巻き込まれた観客たちが、〈昏倒〉状態で倒れ伏していた。

 その惨状を見た他の観客たちはパニックを起こし、悲鳴を上げながら観客席の出入り口へと押し寄せる。

 そして、出入り口が必死で逃げ出そうとする観客たちに埋め尽くされ、今までそこから入ってきていた敵の増援が止まった。

 これでひとまず、真也たちは今観客席にいる盗賊たちだけを相手にすればいい。

 さらに、〈レンジドアタック・プロテクション〉のおかげでナイフの〈投擲〉は防ぐことができ、相手が接近戦をしかけてくる様子もないので、敵の盗賊たちが真也たちにダメージを与える手段はない。

 このまま押し切れそうだ。

 しかし、真也がそう考えたとき、再び魔法スキルの使用を宣言する声が響く。


「〈サンダーランページ〉!!」


 それは先ほど秀介が放った魔法と同じであるが、声が秀介ではない。

 声が聞こえてきた方向は観客席の方向。

 そして、敵の真っただ中から飛び出してきた、のたうち回るように荒れ狂う雷撃が、真也たちの目前に迫る。

 回避は不可能だ。

 一つ舌打ちをした真也は、外套を盾にするように翻し、少しでもダメージを軽減する姿勢を取る。

 その直後、視界が真っ白に染め上がった。


「クッ……!!」


 雷撃の衝撃に耐えつつ、見る見るうちに削られていくHPを確認して、苦い声を漏らす真也。

 だが、HPは半ばほどで下げ止まり、一安心して外套を戻すと、目の前には、パーティメンバーを庇うようにして立つ瑠璃羽の後ろ姿が見えた。


「……みなさん、だいじょうぶですか?」 

「ああ、ルリハちゃんのおかげだよ。女の子に盾役なんてやらせちゃってごめんね」

「いえ! これがわたしの役割ですから!」


 〈精神力〉のステータスが五しかなく、極端に魔法防御力が低い真也が生き残れたのは、瑠璃羽が攻撃の矢面に立ってくれたおかげだ。

 瑠璃羽は真也たちの前に飛び出し、敵の魔法攻撃を軽減する防御魔法、〈アンチマジック・シールド〉を発動してパーティ全体のダメージを大幅に軽減してくれていたのだ。

 当然、防御魔法を使っていても、他のメンバーを庇うように自分から魔法の直撃を受ける瑠璃羽には、相応のダメージが入る。

 ただ、プリーストである瑠璃羽は〈精神力〉のステータスが高く、装備しているローブにも高い〈精神力〉補正がついているため、魔法防御力は同レベル帯ならトップクラスである。

 さらに、今回の攻撃は相手の魔力が低かったようで、大したダメージは受けなかったようだ。

 だが、安心はしていられない。

 魔法攻撃を何度も使われれば、真也のHPはいずれゼロになるだろう。

 〈HPポーション〉や回復魔法も、降り注ぐナイフを弾きながらでは、確実に使える保証はないからだ。

 真也が倒れれば、全員で協力して何とかしのいでいた敵の〈投擲〉が、確実に捌き切れなくなってしまう。

 魔法スキルを使ってきた敵を、秀介の魔法で先に倒してしまえば問題は解決するが、それも難しいだろう。

 高い威力を持つはずの〈サンダーランページ〉を使われても、受けたダメージがそれほどではなかったことを考えれば、敵は魔法の威力より発動速度を重視したステータスをしているはずだ。

 魔法スキルの発動準備をしているうちに、敵から攻撃を受けて妨害されてしまうと、魔法スキルの発動はキャンセルされてしまうため、間違いなく秀介の高威力魔法は潰されてしまう。

 そんなことを考えながら、どう対処しようかと真也が敵の様子を窺っていると、敵の集団中から、今回の反乱の扇動者と思われる人物が姿を現した。


「皆さん、全員生き残りましたか……なかなかしぶといですね」


 やれやれ、とでも言いたげなその人物は、真也たちもよく知る顔。


「なんでお前がそこにいる? 白石!!」

「ははは、一之瀬さん、そんなことも分からないようだから、僕が今ここにいるんじゃないですか?」


 真也を嘲笑うように、あるいは責めるように問いかけてくる白石。


「あなたは、僕が裏で色々と動いていたことに全然気づかなかったんですか?」

「……」

「はぁ……本当に残念です」


 真也が黙り込んでいると、白石は蔑みの感情が色濃く表れた態度でため息をついた。

 そして、まるで己の裏切り行為を誇るかのように、饒舌に語りだす。


「僕のこと、まだレベルが低いからって軽く見ていたんですか? でしたら、その認識は大間違いです。なんせ、僕のレベルは、この街に来た時点で既に三十になっていたんですから」

「白石、お前のレベルは二十にも届かない程度だったはず……」

「それくらい分かっているでしょう? 僕も盗賊なんです。〈偽装〉していたんですよ。ああ、レベルの上げ方ですか? 〈テイクソウル〉って、一之瀬さんも知っているでしょ?」

「経験値を盗むスキルか……じゃあ、まめにポーション類を配って回ってたのは……」

「当然、パーティメンバーからさりげなく経験値を盗むためですよ。まあ、バレそうなので一之瀬さんや海堂さんのは盗んでないんですけどね」


 苦い表情をする真也に、白石は心底見下すような視線を向ける。


「そうそう、宿が放火されたことあったじゃないですか。あれ、やったの僕ですよ。見事に乗鞍さんの仕業だと勘違いしてましたね。ははっ、見ていてとても滑稽でした!」

「何故、そんなことを……?」

「もちろん、一之瀬さんたちの目を僕から遠ざけるためですよ。その間に僕は、この街に来たときに叩きのめした、ビゲルの手下たちに接触してたんです。高いレベルにものを言わせて話を聞かせ、一之瀬さんたちと同じやり方で彼らのレベルを大幅に上げてやったら、簡単に僕の手下にすることができました。それから、他にも彼らの仲間をどんどん僕の配下に引き入れていって、今、この状況があるわけです。ああ、そうだ、リーサさんにはお礼を言わなくちゃいけませんね。レベル上げに必要だった攻撃アイテム、こっそり借りちゃいました。でも、全然気づかなかったんですか? 自分の作ったアイテムくらい、しっかり管理してればよかったのに。はははっ、とんだ間抜けですね!」


 嘲るように笑う白石の指摘に、苦虫を噛み潰したような顔になるリーサ。

 アイテムを整理せず、適当にストレージに詰め込んでいたせいで、強力な爆薬を盗まれたことに気づけなかった責任を感じているのだろう。

 だが今、そんな些細なことを責める場合ではないので、真也は一番理解できないことを白石に問いただす。


「……白石、お前はどうしてそんなことをしたんだ? 俺には、お前が初めから俺を貶めようと近づいてきたようには、とても思えなかった」

「ええ、それはそうでしょう……僕は、あなたのことを蹴落とそうだなんて全く考えていませんでしたから……」


 真也の言葉を聞いて、仕切りなおすように語りだした白石は、なにやら悲しげな顔をしていた。


「僕が一之瀬さんのパーティに入れてもらったときに言った言葉は全部本物です。あなたのプレイスタイルは、僕の憧れ、いえ、理想でした。僕はあなたのようになりたかった。でも、そんなことは無理なんだろうって心のどこかで思ってたんです。なら、せめてあなたを引き立てる役になろうと、プレイ動画を面白くするために裏切者としてやられ役になろうと考えたんです。なのに、あなたはそんな僕の気持ちを踏みにじった! あなたは、僕の裏切り行為に気づきもしなかったんです! それで思ったんですよ、僕の理想はこの程度なのかって。いえ、そんなはずはないんです! 僕の理想は、完璧じゃなきゃいけないんです!!」


 白石の語気から理不尽な怒りを感じ取り、不快そうに眉をひそめる真也。

 だが白石は、真也の表情になど構うことはなく、自分の言葉に酔っているような様子で演説を続ける。


「……一之瀬さん、あなたには失望させられました。残念ながらあなたじゃ僕の理想は務まらない。あなたは、僕の理想じゃあなかった……いや、あなたは、僕の期待を裏切ったんだ! なら! これからは! この僕が! 僕自身が自分の理想を体現するしかないでしょう!? あなたの代わりにね!!」


 白石は高ぶった感情をさらけ出すように言い放った。

 その顔は、どこか狂気を感じさせる笑みで彩られていた。


「じゃあ、さっさと退場してください。一之瀬さん、あなたの時代はもう、終わったんですよ」


 そう言い切った白石は、〈サンダーランページ〉で大幅に減ったMPを回復させるためか、ストレージから〈MPポーション〉を取り出した。

 MPを回復されながら魔法を連射されれば、状況はより厳しくなるだろう。

 だが、裏切りに何も気づいていなかったと思い込んでいる白石の様子と、彼の持つ“一見〈MPポーション〉のように見えるアイテム”を見て、真也は僅かに口元を吊り上げるのだった。

活動報告の方にも書きましたが、書籍版の第一巻が

【8月25日】に発売されます。

(その数日前から売っている書店様もあります)


加筆修正が多く、web版の読者様方にも楽しんでいただけると思いますので、是非ともよろしくお願いいたします。


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