84話 糸を引く者
「は、はは……コケ脅しだ……俺が見切れない程の攻撃をしただって? ビゲル、お前にそんなことが出来るはずない……」
その事実を受け入れられないのか、引きつった笑みを浮かべるノーマン。
対するビゲルは、先ほどまでの怖気づいた態度はどこへやら、動揺するノーマンの様子を見ると、強気の笑みを浮かべた。
「はっ! まだ理解できないのか。じゃあ、これから俺様が教えてやろうか?」
「この野郎っ!? 調子に乗りやがって!!」
ビゲルの挑発に激昂したノーマンが、短剣を構えて走り出した。
さすがはレベル三十代後半の盗賊、といった速度で、ノーマンはビゲルに迫る。
だが、その刃がビゲルに届くことはなかった。
「がっ……!?」
短い悲鳴を上げ、無様に転げ回るノーマン。
あと少しでビゲルを短剣の間合いに捉えるといったところで、ノーマンはビゲルの何らかの攻撃によって呆気なく吹き飛ばされてしまっていた。
ビゲルの攻撃の正体は、先ほどと同じく〈投擲〉だ。
ただ、今回投げたものは、重量のある手斧。
その直撃は、ビゲルとノーマンの距離が再び開いてしまうほどの威力があったのだ。
「な、なんで、避けられねえ……!?」
ノーマンが声を震わせ愕然としながら立ち上がる。
先ほどのナイフのときと違って、重い手斧は〈投擲〉する際に少し振りかぶる必要があったお陰で、ノーマンもビゲルが〈投擲〉することを察していたらしく、直前で回避行動をとっていた。
今のノーマンの様子を見るに、タイミングさえ読めれば余裕で避けられると思っていたのだろう。
確かに、ビゲルのレベルはノーマンより少し高い程度なので、普通なら避けることができたはずである。
だが、ビゲルの〈投擲〉は普通ではない。
なぜなら、真也のパワーレベリングは、〈投擲〉しか使わないものであったからだ。
NPCのスキル取得はレベルアップに繋がった経験によって決まるので、ビゲルは〈投擲〉のスキルレベルだけ突出して高い状態になっている。
そのためビゲルは、こと〈投擲〉に関してだけは、レベル以上の異様に高い実力を発揮できるのだ。
間合いさえある程度離れていれば、ノーマン程度なら近づく前に封殺することすらできるほどである。
「おいおい、ノーマン? さっきまでの余裕はいったいどこへいったんだ?」
「ふ、ふざけやがって……たまたまだ……偶然当たっただけだ……あのビゲルが俺より強いなんてことは絶対にありえねえ……グッ!?」
目の前の現実を必死に否定するノーマンの腕に、ナイフが突き立つ。
「ははは、また当たっちまったぜ! すごい偶然もあったもんだ!」
嗜虐的な笑みを浮かべながらナイフを次々と〈投擲〉していくビゲル。
少々調子に乗っている様子ではあるが、それも真也の想定のうちだ。
今までビゲルがギルドをまとめられなかったのは、ノーマンをはじめとする構成員たちに舐められていたせいだ。
ビゲルはある程度調子に乗っていた方が、その力を彼らに示すためには適しているだろう。
「……っ!? ……クッ!?」
「なんだぁ? こんな攻撃も凌げないのかぁ?」
高速で飛んでくるナイフを短剣で弾いていくノーマンだが、ビゲルの投げるナイフの数は多く、半数程度しか撃ち落とせていない。
弾き損ねたナイフは、ノーマンの腕や足といった急所以外の場所に次々と傷を作り、いたぶるようにダメージを与えていく。
それは、トドメを刺そうと思えばいつでもさせる、とでも言いたげな、明らかに舐めた攻撃であった。
「な、なんで……ビゲルのヤツ、あんなに強かったのか……?」
「おいおい……こりゃマズいんじゃねーか……」
ビゲルとノーマンの一方的な攻防が続き、ノーマンの手下たちの漏らす不安そうな声がちらほらと聞こえてきた。
「……クソがっ!! おい!! お前ら!! なにやってやがる!? 構うことはねえ!! こいつらを袋にしちまえ!!」
そんな状況を我慢しきれなくなった様子のノーマンが、周囲の手下たちに向けて怒鳴り散らす。
ノーマンがビゲルに圧倒されていることに呆然としていた手下たちは、その怒声で我に返り、戸惑いながらも〈投擲〉用のナイフを構えた。
だが、そこにビゲルが大声で問いかける。
「おいテメーら!! ノーマンなんて雑魚がギルド長になれるなんて、本気で思ってるのか? 今、テメーらがどんな立場にいるのかよく考えることだな。うちのギルドで裏切者がどうなるか、分かってんだろ? 今なら、まだ間に合うぞ?」
ビゲルの言葉を聞いて、どよめくノーマンの手下たち。
「お前ら!! ビゲルの戯言なんてまともに聞くんじゃねえ!! 俺がこんなバカに負ける訳ないだろうが!!」
ビゲルへの攻撃をためらう手下たちだったが、ノーマンの叱責に急かされ、慌ててナイフを〈投擲〉する。
だが、そんな統制しきれていない攻撃に、真也たちが対応できないはずはない。
真也たちは即座にビゲルと合流し、四方八方からバラバラのタイミングで飛んでくるナイフを、一つ一つ迎撃していく。
それに対してノーマンは、動揺しているせいで足並みの揃わない手下たちの攻撃を見て、このままで不味い、と感じたのか、再び大声で一喝する。
「動揺してんじゃねえ!! ビゲルの野郎はもう終わりだ!! こっちには誰がついてると思ってるんだ!?」
その言葉は劇的な効果を発揮し、手下たちの雰囲気を一変させる。
「そうだ、なにビビってたんだ……」
「オレたちにはロケの旦那がついてるじゃないか!」
「ビゲルみたいなクズじゃ、どうあがいても勝ち目なんてねえ!」
たとえノーマンがビゲルに負けそうであっても、いざとなればロケが手を貸してくれるのだから何も問題はない。
ノーマンの手下たちはそう考えているのだろう。
彼らの散発的だった攻撃が、どんどん熾烈なものに変わっていく。
このままでは不味いと感じた真也が、今回はビゲルに耳打ちをする余裕はなかったため、自分で声を張り上げる。
「あなたたちは、ロケが助けてくれるなんて与太話、本当に信じているんですか? ロケは盗賊ギルドと対立する組織の頭でしょう? ロケはロケで、自分の目的のためにここに来たというだけの話。ノーマンは、ただ都合よく利用されてるだけだ。現に今、ノーマンがここまで追い詰められているのに、ロケは一切助けようとしていないじゃないか!」
外野からの攻撃を真也たちが凌いでいる中、ビゲルはいたぶることやめ、ノーマンを本気で追い詰めている。
だが、ロケは助けるどころか、まるで下らないものでも見るかのような冷たい目で、その様子を眺めているだけだった。
真也の言葉を裏付けるかのようなロケの態度に、ひどく動揺するノーマンの手下たち。
「何も知らないヤツがバカなことを言うな!! ロケさんは盟友だ!! 俺を見捨てるなんてことはねえ!!」
そんな手下たちの様子に焦ったのか、血相を変えたノーマンが真也の言葉に怒鳴り散らしながら反論した。
そして、ビゲルの〈投擲〉を受けながらも、助けを求めるように観客席の方向、ロケのいる場所に駆け寄る。
「すまねえ!! 手を貸してくれ!! アンタならあんなゴミどもを始末するくらい簡単だろ!?」
客席にいるロケを仰ぎ見るように懇願するボロボロの姿のノーマン。
しかし、ロケは失望したような視線を一瞬だけノーマンに送ると、後は目もくれず、返答もしなかった。
絶望した表情を浮かべるノーマンを、ロケは完全に無視する。
そして、ロケはその不機嫌そうな顔を、真也へと向ける。
「裏で糸を引いているのは、お前だな?」
この人物が気まぐれを起こせば、簡単に殺される。
そんな事実を実感させる重苦しい雰囲気にあてられ、肝が冷える真也だったが、表面上は涼しげな表情を保ち、何でもないように答える。
「そんなことはありませんよ? 私は、あくまでもギルド長代理の部下ですから」
「戯言を」
真也の軽口を一言で切って捨てるロケに、真也は、盗賊ギルドのことは諦めてさっさと帰ってくれ、と内心で冷や汗を垂らしながら願う。
そんなとき、傍に控えていた付き人らしき男が、ロケに何かを耳打ちをした。
「フン、少しは面白いことになったか」
すると、ロケは意味ありげな言葉を呟き、まるで演劇の続きを鑑賞するような態度で、闘技場を見まわす。
その直後、闘技場内部の通路と観客席を繋ぐ出入り口から、大勢の男たちが姿を現した。
「おお! テメーら! ノーマンの手下どもを片づけてきたのか!?」
その男たちはノーマンの増援ではなく、ビゲルに従う盗賊たちだ。
「はははっ! なんだ、俺の完全勝利じゃないか!! テメーら、よくやってくれた!! ノーマンの手下たちも大したことなかっ――ぐえっ!?」
手下たちを迎えようと歩き出したビゲルだったが、真也がその襟首を強引に引き戻した。
「な、なにすんだ……は、はあっ!?」
尻餅をついてしまい、真也に抗議しようとするビゲル。
だが、その言葉の途中で現在の状況に気づき、素っ頓狂な叫び声を上げた。
「な、なんだ? どういうことだ? なにが起きてる!?」
ビゲルの足元、先ほど彼が移動しようとした場所に突き立つ無数のナイフ。
それは、間違いなくビゲルの手下たちが投げたものであった。




