83話 対決
せり上がるゴンドラに乗って地上に出た真也たちを出迎えたのは、周囲を取り囲む四段の観客席から降り注ぐように押し寄せる大観衆の視線であった。
闘技場の外縁部から戦闘音が聞こえてくる中で、突然アリーナ部分に不審な集団が現れたのだ。状況を不安視する観客たちに注目されるのも当然だろう。
そんな視線に臆することなく、客席の一階部分、貴賓席に視線を巡らせると、その一等地に陣取るやたらと存在感のある男を見つけた。
くすんだ赤毛を撫で付け髪にした大柄な男で、身にまとう装備は見るからにランクが高く、コヨーテの紋章の刺繍された深紅の外套が印象的だ。
その背中には、豪華な装飾の施された反りのある片刃大剣を背負っている。
間違いなく彼こそが、国をまたぐ大盗賊団をまとめる首領、ロケだ。
盗賊と言うには余りに派手な装いだが、彼の役割は無数の部下たちを統率することであり、威厳を示すことこそが重要なのだろう。
そして、ロケの強い存在感に紛れ、彼のおまけのように隣で座る、目つきの悪い小悪党といった風貌の男がノーマンなのだろう。
彼らの方へと堂々と近づく真也たちだったが、そうはさせまいと観客席から飛び降りてくる大勢の男たち。
会場の警備のために観客席に控えていたノーマンの手下たちだろう。
「やっぱり数が多いなー」
「こんな目立つ登場をしたんだ、手厚い歓迎を受けるのも当然だな」
続々と集まるノーマンの手勢を見て呑気に感想を言う秀介に、真也も余裕の表情で返す。
「じゃあ、予定通りいけるか?」
「ふふ、当たり前じゃない、私を誰だと思ってるの?」
真也が確認をすると、嬉々として自信に満ちた返事をするリーサ。
付いて来たはいいものの、今まで場所が狭い通路であったため、錬金術師としての力を存分に発揮できずにやきもきしていたのだろう。
今いる場所は広々とした闘技広場であり、敵は大勢の格下。
彼女の戦闘能力を発揮するには最適な状況だ。
周囲から押し寄せる盗賊たちを見まわしたリーサは、ニヤリと笑った。
そして、指の間に挟む形で大量のフラスコを持ち、腕を交差させる構えを取る。
「伏せて!」
リーサの掛け声とともに彼女以外のパーティメンバー全員が身を伏せると、リーサは勢いよく腕を振り払い、周囲の全方向に計十六個ものフラスコを投擲した。
その直後、小さな爆発音が響くと同時に、濃密な白煙が周囲を満たす。
アイテムの効果が真也たちにまで及ばないよう、秀介が魔法スキルで白煙を吹き飛ばすと、煙で満たされていた真也たちの周囲には、倒れ伏す大勢の盗賊たちだけが残されていた。
それは、状態異常〈睡眠〉を引き起こすアイテム、〈スリープボトル〉の効果を〈広域化〉や〈アイテム強化〉のスキルで強化し、〈全方位投擲〉という〈投擲〉の上位スキルを使ってばら撒いた結果である。
突然目の前で始まった戦闘に観衆たちはどよめくが、戦闘は闘技場の外でも起きているため逃げ場はなく、その場で慌てふためくことしかできないようだ。
そして、まだ観客席に残っていた盗賊たちは先行した仲間たちの惨状を見て怯んだが、闘技場内部から続々と現れる増援と合流し、再び大人数となって襲いかかってくる。
ただ、盗賊たちは先ほどの教訓を生かしたようで、同時に押し寄せては来ない。
真也たちを遠巻きにしながら、彼ら全員が投擲用と思われるナイフを懐から取り出したのだった。
これは不味い、と強行突破を考える真也。
だが、大量のナイフが降り注ぐことはなかった。
「お前らちょっと待て、俺が話をつけてやろう!」
盗賊たちの投擲を制止したのは、ノーマンの大声だ。
「おやおや、これはこれは。誰かと思えば、ギルド長“代理”のビゲルだったのか? ははは、こんなところに突然姿を現すものだから、襲撃者の手先かと勘違いして部下に攻撃させてしまったじゃあないか!」
ノーマンはビゲルを見据えると、いかにもわざとらしい口調で語りだす。
「それで? いったい何の用なんだ? まさか、外の襲撃もギルド長“代理”の仕業だったなんて、言わないだろうな?」
「はっ、分かってて言ってんだろ? 全部、この俺の差し金だ! 裏切り者を粛清するためのな!」
対するビゲルは、敵に囲まれた不利な状況に冷や汗を垂らしながらも、精一杯虚勢を張るように強い口調で啖呵をきった。
「フン! 何を言ってるんだ? 裏切り者? そんな奴がどこにいる?」
「堂々とこの街に敵対勢力の頭を引き込んでおいて何言ってやがる!! テメエが裏切り者じゃなかったらなんだってんだ!? ああん!?」
「それが裏切りかどうかを決めるのはギルド長だ。そして明日にでも、俺は構成員の大半から認められてギルド長に就任するだろう。何の問題もないじゃないか?」
「ふざけやがって!! 今のギルド長は俺だ!! その俺が裏切りだと判断してんだよ!!」
「ははははは、ふざけたことを言っているのはどっちだ? お前は所詮、大多数の支持を得られなかったギルド長“代理”でしかないだろう? お前が情けないせいで、盗賊ギルドはどうなった? お前がギルドを纏められなかったせいで、構成員の俺たち全員が苦労させられたんじゃあないか。お前のせいで敵対勢力に見くびられ、ギルドの依頼者にも侮られて、しまいには構成員にさえ舐められる。これからは、お前の代わりに俺が纏めてやると言ってやっているんだ、礼の言葉くらい言ったらどうだ? ん?」
「……ぐっ」
ニヤついたノーマンの馬鹿にするような問いかけに、言葉を詰まらせるビゲル。
そこで、真也が後ろからこっそりと近づき、耳打ちをして言うべきセリフを教える。
「……て、テメエだって、他人の力を借りなきゃギルドを纏められねえ癖に、なに言ってやがる!」
「はははははっ! それを今のお前が言うのか!? これは傑作だ!! お前の周りにいるのはいったい誰だ? 全く見たことのない連中じゃないか。ギルドの構成員じゃないんだろ? どこから連れてきたのか知らんが、そんな雑魚どもに守られながらじゃないと俺の前にも出てこれない癖に、どの口がそんなことを言える? ん? 言い返す言葉まで教えてもらえるなんて、ビゲルちゃんよかったでちゅねえ?」
「テメエ……!!」
とことん虚仮にした口調で挑発するノーマンに、ビゲルが目の色を変えて激昂する。
煽り合いの末、ビゲルが逆上することは真也のシナリオ通りのことである。
もちろん耳打ちをしたこともわざとであり、ノーマンに侮らせるための行動だ。
単純なビゲルはシナリオ云々など関係なく、ノーマンの言動に本気で怒り狂っているようだが、その方が都合はいいためほっておく。
「なあビゲル、俺の連れてきた支援者を見れば、格の違いってもんが分かるだろ? それに比べてお前のツレはなんだ? その辺の酒場でくすぶってたクズみたいな冒険者にでも土下座して助力を頼んだのか? ひ弱な女に小汚いガキまで混ざってるゴミみたいなパーティじゃないか。ははは、そのいけ好かないツラをした男に騙されてるんじゃないか? おっと、お前にはお似合いのパーティメンバーだったか! いずれにしろ、お前じゃあそんな奴らの助けを借りなきゃ何もできないんだろ?」
分かりやすい挑発をしてくるノーマン。
ビゲルの周囲にいる真也たちが一筋縄ではいかず、部下たちに大きな被害が出る可能性に感づいて、ビゲルだけをつり出すつもりなのだろう。
「上等だこのヤロウ!! 降りてこいこの裏切者が!! テメエ程度、俺だけでケリをつけてやる!!」
その挑発にあっさりと乗ったビゲルが、一人で前に進み出て、真也たちから離れたところで啖呵を切った。
真也はそれを止めることなく、不敵に笑うのみである。
その展開は乱戦になるよりもずっと好都合だからだ。
「はははっ! お前に俺が倒せるとでも思ってるのか? 相変わらずお花畑な思考だな。すぐ図に乗って自分の力量もわきまえず馬鹿らしい行動をする。お前はいつもそうだ」
ノーマンは真也の思惑に気づく様子もなく、自分の挑発がうまくいったことに得意満面の笑みを浮かべた。
そして、堂々と一人で観客席を降りると、近づいて来ていたビゲルと相対し、懐から短剣を取り出す。
「状況を理解する能力もなく、無謀なことばかりするお前らしい最期だ。わざわざ俺がお前を切り殺すための舞台を作ってくれたことに礼を言おう。せいぜい俺がギルド長に就任するための象徴的な犠牲になってもら――」
勝ち誇るノーマン。
だが、その表情は得意げな語りの途中で凍り付く。
「――は?」
ノーマンの語りを中断させた原因は、彼の頬をかすめていった何か。
信じられないものでも見たかのように、頬を押さえて愕然とするノーマン。
その視線の先には、何かを〈投擲〉したように腕を振り抜いた姿勢のビゲル。
ノーマンの頬をかすめていったものの正体は、かろうじて視認できる程度の恐ろしい速さで飛んで行った投擲用ナイフだったのだ。
「おいノーマン、状況を理解する能力がないってのは、どこのどいつのことなんだろうなあ? ああん?」
獰猛な笑みを浮かべて咎めるように問いかけるビゲル。
それに対してノーマンは、先ほどまでの余裕な態度はどこへやら、驚愕の表情を浮かべることしかできないようであった。




