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81話 侵入

 〈闘獣杯〉が開催される当日の朝、〈アーレア〉の街は異様な空気に包まれていた。

 大規模な賭け試合の大会で盛り上がっている、という訳ではない。

 〈闘獣杯〉はテイムモンスター闘技会の中ではこの街一番の権威ある大会だが、一年に四度も開催されるため、その程度の大会はこの街でなら日常の一部である。

 そして現在の街の空気は、祭りのように華やかなものではなく、どこかピリピリとした剣呑な雰囲気を感じさせるものだ。

 その原因は、現在、中央大通りをゆっくりと進んでいる一台の馬車であった。

 それは多数の護衛に囲まれた立派な四頭立ての大型馬車で、事情を知らない人が見れば貴族でも乗っているのかと勘違いしそうなほどしっかりとした造りをしているが、その外観はどこか武骨であり、高貴さを全く感じさせない。

 それもそのはず、その馬車の主は高貴な身分とは対極に位置する人物なのだ。

 馬車に飾られるのは、みすぼらしくも狡猾なコヨーテを意匠とした特徴的な紋章。ロケ盗賊団の所属を示すものである。

 そんな馬車の一団を不安そうに眺める街の住人たちに紛れ、真也は秀介と共に馬車の様子を窺っていた。


「ホント、ただ事じゃない空気だよなぁ。すぐに抗争でも始まっちゃいそうだ」

「無理もないさ。ギナールの作った盗賊ギルドの本拠地に、敵対する盗賊団の一団が堂々と乗り込んで来たんだ」


 秀介の上げた感嘆の声に真也が答える。


「うーん、ホームのはずの盗賊ギルドの方が怯んでるように見えるぞ。相手は少数なのに」

「乗り込んできたのは盗賊団の頭領、ロケ本人だ。そんな大物、ギナールの不在でバラバラになっている盗賊ギルドじゃあ相手を出来るはずがない。そりゃあ、ビビりもするだろう」


 昨日の夜には既に、ノーマンとロケが手を組んだという話が街中に広がっていて、〈闘獣杯〉の観戦にロケ本人がわざわざ〈アーレア〉を訪れる、という噂で街は持ち切りだった。

 ノーマンがその噂を広めたことは疑うまでもない。

 自分の派閥に逆らう気をなくさせ、確実にギルド長の地位を手に入れるつもりなのだろう。


「でも、なんでノーマンは寄りにもよってロケを後ろ盾にしたんだ? 実質的に盗賊ギルドがロケ盗賊団の傘下にされるような事態なんだし、反発するギルド構成員だって多いんじゃないか?」

「だからこそ、ロケ本人が出張ってそういう奴らを黙らせるんだろうな。それに、ビゲルがギルド長代行を務める今のグダグダな盗賊ギルドよりは状況が良くなるんじゃないか、って期待する構成員も多いみたいだ」

「うわぁ……どんだけ能力ないんだよ、アイツ。結局、こうなったのも大体はビゲルの責任か」

「そうだな、なんたって今ビゲルが影響力を持っている派閥なんて、ギルド全体の二割程度らしいからな」

「……おいおい、残りの八割はノーマンの派閥、つまり敵ってことか?」

「いや、ノーマンの派閥も三割程度らしいから心配はない。残りの五割はどっち付かずだ」

「そいつらがロケの介入でノーマンになびくってことか」

「そうなればビゲルの派閥だって、なし崩し的に吸収される」

「あはは……じゃあ、このタイミングがビゲルに残された最後のチャンスってことか。……なんかもう手遅れな雰囲気になってるけど」

「まあ、この街の人間、ギルドの構成員から一般の住人までほとんど全員が、ロケの来訪を知ってノーマンのギルド長就任を確信しているだろうな」

「そこからひっくり返そうってのが、今回の計画か。これは大変そうだ」

「いやいや、むしろ都合がいい条件が揃ってる。ノーマンを排除するだけなら案外簡単そうだ」

「ははは、真也はどんな厳しい条件のときだってそんなこと言ってる気がするけどなぁ」


 そんな会話を秀介としつつも、真也はロケの馬車の様子を窺い続ける。

 ロケが乗っているらしき馬車の窓を執拗に覗き込むが、残念ながら中の人物を見ることは出来なかった。

 おそらく〈アーレア〉の住人もまだ誰もロケの姿を確認していないだろう。

 それでも、皆が皆ロケの来訪を信じて馬車の一団から目を離せずにいる。

 そうさせるような重苦しい迫力を、ロケは姿を見せずとも感じさせるのだ。

 今回の計画で少しでも選択を間違えれば簡単に殺されてしまう、そんなプレッシャーを感じながらも、真也はニヤリと笑みを浮かべる。


「既に切り札は切ってあるんだ、問題ないさ。さて、これ以上馬車を見てても意味はないし、さっさとモンスター牧場に戻って闘技場に行く準備を始めようか」


 そんなことを言いながら〈第二期EXP強壮薬〉を手の中で転がすと、真也はノーマンを粛清する計画のため行動に移るのだった。







 〈アーレア〉の中央大通りを四頭立ての馬車が一台、街の中心部に向かってゆっくりと進んでいく。

 それは普通の街ならば滅多に見かけないようなかなりの大型馬車であるが、先ほどのロケの馬車のときとは違い、〈アーレア〉の住人たちは皆、その馬車がこの道を通ることになど興味を示さない。

 それは牧場から闘技場へとモンスターを移送するための馬車であり、この街では日常の一風景に過ぎないからだ。

 御者台にキールが座るその馬車は、荷台部分がモンスター用の檻となっていて、その中には〈キラーセンチピード〉が入れられている。

 そして、真也はビゲル、秀介、カティ、リーサ、瑠璃羽と一緒に、その馬車の荷台の上で揺られていた。

 もちろん、モンスター用の檻になっている荷台に人の座るスペースはないため、真也たちは普通に乗ってなどいない。


「おい、せめーよ! もっと詰めてくれ!」

「お前はチビなんだから、少しは我慢しろ」

「は!? チビじゃねーし!!」

「バレるだろ、静かにしろ」

「くっ……!」


 カティの抗議を軽く一蹴する真也。

 真也たちが乗っている場所は、〈キラーセンチピード〉の檻の真下である。

 荷台の底板部分に細工を施し、二重底のようにして作れた床下の隙間に、皆で隠れ潜んでいるのだった。

 いくら馬車が大型だと言っても、そんな狭い隙間に六人も詰め込んでいるので、すし詰め状態になってしまっているのだ。


「ふふっ、なにか、ちょっとおもしろいですね」


 暗闇の中、皆で密着した状態で息を潜めるという奇妙な状況がおかしかったのか、瑠璃羽が小声で楽しそうな声を上げた。


「ああ、ルリハちゃんは大丈夫? 狭くない? キツかったら少しでも出来る限り詰めるよ?」

「いえ、大丈夫です! あ……その……なんでしたら、もう少し……わたしの方に寄っていただいても……」


 おずおずと、だがどこか期待するような声色で申し出た瑠璃羽。


「いや、俺は全然大丈夫だから、ルリハちゃんは気を使わなくてもいいんだよ?」

「そ、そうですか……」


 真也があえて優しい言葉で断ると、瑠璃羽の少し残念そうな声が返ってきて、なにやら罪悪感を覚えてしまう。

 すると、真也と瑠璃羽のやり取りを聞いていたカティが、再び抗議の声を上げる。


「おいコラ! アタシのときとずいぶんと対応が違うじゃねーか!」

「気のせいだろ?」

「どう考えても気のせいで済ませられる違いじゃねーだろ!? アタシにももっと優しくしろよ!」

「あ~はいはい、考えとくわ~」

「こ、このヤロウ……」


 真也の明らかに気のない返事を聞いて、苛立ちを隠せない様子のカティだが、ここでこれ以上大声を出さないだけの分別はあるようで、悔し気に声を漏らす。

 そのとき、馬車の車輪が石でも踏んだのか、荷台が大きく揺れた。


「キャッ!? ちょっと!! ねえ!? 上の板は大丈夫!? あの虫が落ちてきたりしないわよね!?」


 すると、〈キラーセンチピード〉の真下に隠れると知ったときから顔を青くし、一言も発さず黙り込んでいたリーサが悲鳴を上げた。


「落ち着けリーサ、こんな狭いところで暴れるな。大丈夫だって、そんなに簡単に壊れないように作ってある。というか別にリーサは無理についてこなくても大丈夫だったんだぞ? あんまり正体がばれるようなところには出ない方がいいんだし」

「私だけ隠れて何もしないなんて、なにか役立たずみたいじゃない」

「いや、アイテムを提供してくれるだけでもすごい助かってるんだがなあ……」

「それに……私だって守られてるばかりじゃないってとこ、アナタに見せたかったのよ……」

「……まあ、無理はしないでくれよ」


 まるで気恥ずかしさを隠すように、拗ねたような口調でそんなことを言うリーサに、苦笑してしまう真也。

 だが、そのときリーサの態度が一変する。


「――って、ちょ、ちょっと!! どこ触ってるのよ!?」

「いや、どこと言われても、真っ暗で何も見えないんだが……」

「じゃ、じゃあ、もっと離れてよ!」

「いや、これ以上は詰められないだろ……リーサがこんな狭いところで暴れるから変な体制になったんだろうに。少しは我慢してくれ」

「が、我慢って、そ、そんなところ触っておいて、よく言えるわね!?」

「いや、そんなところと言われても……」

「というかアナタ、暗視できたわよね!? それで確認しなさいよ!?」

「まあ、今スキルを使えば見ることは出来るけど……確認したって問題は改善できないんだぞ? むしろ俺が何かに触れている状況を見続けるようになる訳だから、余計に意識してしまうんだが……」

「……っ!? やっぱりやめてっ!!」


 真也とリーサが言い争っていると、そこに秀介が口を挟む。


「おいおい、お二人さん、もうじき馬車は闘技場につくよ? そろそろ静かにしないとホントに不味いんじゃない?」

「あっ……そ、そうね、ごめんなさい……」


 状況を思い出したのか、リーサは抗議を諦め口をつぐむ。

 時折もじもじと動くリーサのせいで、腕がなにやら柔らかいものに挟まれている感触が余計に伝わってくるが、極力意識しないよう試みる。


「なんかスゲー居心地悪いんだけど、俺」


 すると、呆れたような口調の秀介が、小声で文句を言ってくる。


「狭いんだから当たり前だろ」

「そういう意味じゃねーよ!? 分かってて言ってるだろ! お前のせいだよ、お前の! とぼけんな!」

「ははは、いったいなんのことやら」

「あーあ、掲示板の奴らに刺し殺されねーかな、コイツ」

「おいコラ、物騒なことを言うんじゃない」


 秀介のかなり現実味のある恨み言に、冷や汗を垂らす真也。


「一番気まずいのは……あっしなんですが……」


 そこにちょうどよく聞こえてきたごく小さな呟き声。


「……ビゲル、俺たちは全部お前のためにやってやっているのに、何か、文句でも、あるのか?」

「ひいっ……なんでもありやせん!」


 それを聞き逃さず、ここぞとばかりに八つ当たり気味でビゲルを威圧して気を紛らわし、真也は秀介の恨み言で感じてしまった寒気と、先ほどから腕に感じている温もりと柔らかい感触を意識の外に追いやった。

 それで少し冷静になった真也が、これから敵地に乗り込むというのに、なんとも気の抜けた空気になってしまったなあ、と少し反省しつつ、馬車に揺られ関係者しか入れない闘技場の奥へと侵入していくのだった。

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