80話 決行前日
ノーマンを粛清する計画の準備は順調に進み、〈闘獣杯〉が始まる前日の夜、真也たちはギナールの屋敷の一室に集まり、計画の最終確認を行っていた。
「キールの様子はどうだった?」
「ふふん、問題ねーな」
真也の問いかけに、カティが自慢げに答える。
テイマーの少年、キールの篭絡は既に完了しており、闘技場の関係者しか立ち入れない場所へと侵入する手助けをさせる約束を取り付けていた。
そしてその最終確認のため、今日もカティをキールのところへ行かせ、様子を見てきてもらっていたのだ。
「まぁ……なんかよく分かんねーけど、どもりながら絶対にアタシの役に立って見せるとかなんとか言って、スゲーはりきってたぜ」
「おお、やるなあ。色仕掛けの才能があるんじゃないか?」
「へへっ、アタシは盗賊だぜ? それぐらいできてトウゼンじゃんか。アイツ、アタシのユウワクにすっかりトリコになってたぜ!」
胸を張り得意げな表情でそう断言したカティ。
「へえ? 今さっきよく分かんないとか言ってたくせに、なかなか言うじゃないか。じゃあリーサ、カティの様子はどうだった?」
そこで真也は、意地悪そうな笑みを浮かべると、カティの付き添いを任せていたリーサに、キールとのやり取りの様子を尋ねる。
「ふふふっ、どんどん積極的にアピールするようになってきたキール君に、どう対応すればいいのか分かんなくなったカティちゃんが、言葉に詰まってオロオロとする姿はとってもかわいかったわよ? まあ、フォローするのは大変だったけどね」
「リ、リーサァ……! それは言わないって約束したじゃないかぁ……!」
少しだけ意地悪そうに微笑みながら真実を話すリーサに、カティはあたふたとしながら縋り付く。
そんなところだろうと分かり切っていたが、それを必死に隠そうとするカティの姿は非常に面白かった。
そこで、もう少しからかってやろうと考えた真也が、ニヤつきながら問いかける。
「んん? なんだ、もしかしてカティもキールのこと、まんざらでもないのか?」
「……は? そんなわけねえだろ?」
だが、返ってきた反応は随分と冷めたものである。
カティは、なにバカなこと言ってんだ、とでも言いたげなジト目になると、真也のからかい交じりの問いかけを、つまらなそうな口調で切って捨てた。
赤面してうろたえるような反応を期待していた真也だったが、カティはその真逆の様子で拍子抜けしてしまう。
「アイツ、こっちのこと全然考えないでずっと話しかけ続けてきやがるし、それも、聞いてもねえのに自慢話ばっかだ。正直、ウザったくて相手するのがしんどいぜ」
「うわ……ひどい言いようだ……」
眉を寄せ不快感を露わにした様子で、キールに対する不満を口にするカティ。
その様子からは、残酷なほど脈がないことがはっきりと感じ取れてしまい、キール少年に少し同情の念を抱いてしまう真也。
「まあ……とりあえず侵入する手段に問題はなさそうだな」
「……なあ、旦那ぁ、本当にやるつもりなのか?」
キールのことは必要な犠牲だったと割り切る真也に、ビゲルが不安そうに声を上げた。
「おいおい、ここまで来てまだビビってるのか……? あれだけレベルを上げてやったんだ、それなのにやっぱりやめますなんて、まさか、言わないよな?」
「い、言わねえ! もちろんそんなこと言わねえさ! ただ少し確認したくなっただけでさぁ!」
真也が凄むと、反射的に顔を青くしたビゲルが慌てて否定をし、無理矢理な弁解を口にする。
裏切られる可能性を抑えるため、ビゲルにはしっかりと上下関係を教え込んでいたので、その成果ともいえる反応を確認し満足げに頷く真也。
「お前だってレベルはもう43になってるんだ。自信を持て、レベルが40もないノーマン程度に勝てないはずがない」
レベルが上がるごとに調子に乗って天狗になるビゲルの鼻を、真也が一々へし折っていたため、ビゲルは少し自信が持てないのかもしれない。
「それに、明日は俺たち全員がサポートしてやる。お前はただ格下のノーマン一人を叩きのめせばいいだけだ。安心しろ」
「だ、旦那ぁ……すまねえ……オレなんかのために……そこまで……」
真也が諭すように語りかけると、ビゲルは感動した様子で言葉を漏らす。
元々、ビゲルが自信を失っている元凶は真也であるが、そんな些細なことを一々気にする真也ではなかった。
大げさにありがたがるビゲルを適当にやり過ごすと、今度は秀介に話を振る。
「それで、秀介の方はどうだった?」
「こっちも上々だよ。俺のレベルは39まで行ったし、ルリハちゃんの方は36まで上げられた。カティちゃんは42になって、リーサちゃんはまぁ、大ムカデの見た目が苦手みたいだから遠くからのサポートに回ってもらってたけど、一応44にまでは上がったみたいだね」
「よし、それだけレベルがあれば問題ないな」
秀介には、真也がビゲルのレベルを集中的に上げている間、他のパーティメンバーを連れてのレベル上げを頼んでいた。
秀介と瑠璃羽は〈投擲〉スキルを持っていないため、〈キラーセンチピード〉狩りで手軽に素早くレベル上げ、という訳にはいかなかったが、この街に来るまでにそこそこのレベルになっていたので問題はなかった。
カティとリーサは、キールとの交流に時間を取られていたりもしたが、〈投擲〉のお陰で
秀介たちと同等以上のレベルにすることが出来ていた。
因みに真也は、舐められないために、ビゲルのレベル上げと並行してレベル上げをしていて、47にまで上がっている。
戦う相手は最高レベルが40にも達していないノーマンの勢力なので、真也たちのパーティは十分渡り合える戦力と言えよう。
真也がそんなことを考えていると、瑠璃羽がなにやら申し訳なさそうに口を開く。
「わたしまでレベル上げしていただいて、本当にすいません……わたしがいない方がもっと早く秀介さんたちは強くなれたはずです……わたし、プリーストとしての動きもあまり上手くないですし……みなさんにはお世話になってばかりで……」
「いやいや、今回はレベル上げ目的の戦闘だったから、補助役のプリーストじゃああまり役に立てなくても仕方ないじゃないか。ルリハちゃんはダンジョン攻略とかボス戦とかで絶対役に立てるから、落ち込む必要なんて全くないさ。秀介だってそんなこと気にしてないだろう?」
「そりゃもちろん。それに、ルリハちゃんは物覚えがいいから補助役としての動きもどんどん良くなってきてるし、レベル上げの時だって効率性は下がっても安定性は増すんだから、凄く役に立ってたよ?」
「……そうなんですか? それなら、よかったです」
真也と秀介がフォローすると、申し訳なく感じているだろう雰囲気がまだ少し残ってはいるが、ある程度は安心したようで、笑顔を浮かべる瑠璃羽。
「そうですよ、ルリハちゃんはしっかりパーティの役に立ってるじゃないですか。むしろ役立たずは僕の方ですよ……」
すると、今度は白石が気まずそうにそんなことを言い始めた。
「絶対に役に立って見せるなんて大口をたたいておいて……結局、真也さんのお役には立てませんでした……」
真也たちがノーマン粛清のために準備をしている間、白石は街で情報収集をしていたようだ。
真也は秀介と一緒にレベル上げすることを進めたのだが、白石はそれを断っていた。
自分は真也の役に立つために同行したのであって、寄生するためではない、と言い切った白石は、真也の全面支援によるレベル上げを受け入れられなかったらしい。
そして、少しでも役に立つことをしてみせると意気込んでいたのだが、どうやら成果は上げられなかったようだ。
「まあ、白石君は後発組だし、活躍しづらいのは仕方ないだろう。これから頑張ればいいじゃないか」
「一之瀬さん……! すいません、それに、ありがとうございます!」
真也が少し励ますと、分かりやすいほど喜ぶ白石。
「レベルが低くても出来ることはあるから、明日はしっかり頼むぞ」
「全力を尽くします! 任せて下さい!」
白石の言葉に頷いた真也は、明日の計画について考えを巡らせる。
計画には大きな障害があり、困難な状況が予想される。
だが、その対策はしっかりと打っているので、後は状況に任せるしかないだろう。
そんなことを考えながら、皆と明日の計画に備えるのだった。




