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79話 ムカデ狩り

 翌朝、真也はビゲルを連れて〈アーレア〉周辺の荒野に来ていた。

 その目的は、ビゲルのレベルを上げることだ。

 ノーマンに直接ケジメをつけるという大仕事をビゲルがこなすには、レベルが低すぎる。

 せめてノーマンのレベルくらいは越えてもらわなければ、敵地のど真ん中に侵入して粛清することなど夢物語だ。

 そのため、例の大会が闘技場で開かれるまでの4日間で、ビゲルのレベルを40程度には上げなくてはならない。

 真也がそんな説明をすると、ビゲルは途端に不安そうな表情となる。


「なあ、旦那、本当にそんなことが出来るのか?」


 普通に考えたら不可能だ。

 それも、プレイヤーとパーティを組む補正を考慮しても、である。

 だが、もちろん真也には考えがあった。


「任せておけ。お前は指示に従っていればいい」


 そう自信ありげに言った真也が向かう先は、荒野にぽつぽつと点在する縦穴の一つだ。


「……おいおい、まさか、〈キラーセンチピード〉を相手にしようってのか!?」

「そのまさかだ。あの大ムカデはこの辺じゃあ破格の経験値をくれる。乱獲すればレベルはすぐに上がるだろうな。なら、当然狙うべきだろう?」

「だ、旦那~、そりゃ見込み違いってもんだ。あいつは確かに経験値を大量にくれるが、それ以上にクソ強いことで有名なんでさぁ。縦穴にさえ近寄らなければ避けられる相手だから、狙うなんて馬鹿なことは誰もしねえ。オレらも避けた方がいいですぜ」


 怖気づいたように説得を試みるビゲル。


「誰も狙わないのなら、個体数は多いんだろう? ならちょうどいいじゃないか」


 だがそれを、真也はむしろ都合がいいと切って捨てた。


「な、なら、無茶はしないで他の仲間も連れて来た方がいいですぜ。正直あっしじゃあ、あんな化け物相手の戦力にゃなれねえ。それだと旦那一人で戦うようなもんだ」

「集団でタコ殴りにしたら、せっかくの高い経験値が分散するだろうが。それに、今回はお前のレベルを上げに来たんだ。メインで戦うのは俺じゃない、お前だ」

「……は? いやいや! ちょっと待ってくだせえ! あっしに死ねとでも!?」


 大慌てで抗議するビゲルだったが、真也は涼しい表情で対応する。


「ちゃんと攻略法は用意してあるから心配しなくても大丈夫だ」

「ほ、本当ですかい? 化け物に食われて死ぬなんてオレは絶対に嫌ですぜ……」

「まあ、とりあえず手本を見せてやる」


 半信半疑といった様子で不安げに確認してくるビゲルをよそに、真也は一人、荒野に空いた縦穴に向かっていく。

 そして、穴からある程度離れたところで立ち止まると、ストレージからフラスコ状のアイテム、リーサから買い取った爆薬を複数個取り出し、その中の一つを放り投げた。

 放物線を描いて飛んでいく爆薬は、〈投擲〉スキルにアシストされ、ちょうど縦穴の中へと入っていく。

 その直後、爆音と同時にギチギチといった不快な鳴き声、〈キラーセンチピード〉の悲鳴が聞こえてくる。


「よし、いきなりビンゴか」


 そう喜びながらも、真也は油断なく縦穴の出入り口を睨みつけ、次に投げる爆薬を構える。

 今さっき投げた爆薬は、最も安価で大した威力はなく特殊な効果もない爆薬、〈初級爆薬〉で、その穴に大ムカデが潜んでいるかを確かめる目的で投げたものだったからだ。

 そして今、真也が振りかぶっている〈上級爆薬〉こそが、ダメージを与えるための本命であった。

 タイミングを計り、穴周辺の地面が揺れ始めたことを確認すると、真也は〈上級爆薬〉を勢いよく投げつけた。

 鋭い軌道で縦穴出入り口に飛んでゆく爆薬。

 そこに、ちょうどよく穴から顔を出す大ムカデ。

 その直後、轟音が響き、大ムカデの頭部が爆炎に包まれる。

 そして、大ムカデは縦穴から中途半端に飛び出した状態で、その巨体を横たえた。


「はあ!? も、もう倒したのか!?」


 〈キラーセンチピード〉の煙となって消えていく様子を驚愕の表情で見届けたビゲルが、素っ頓狂な声を上げた。

 かなりの強敵だと思っていたモンスターが瞬殺されたことにショックを受けたのだろう。


「〈上級爆薬〉を顔面に直撃させさえすれば、〈キラーセンチピード〉だって一撃で確殺出来る。楽勝だろう?」

「直撃させさえすればって……もし外したら、どうなるんだ?」

「弱点の顔に当てなきゃ〈上級爆薬〉が三つか四つは必要になりそうだから、一つで確実に仕留めろ。高い爆薬なんだからな」


 〈上級爆薬〉の精製は大変高コストで、リーサから多少安く仕入れても、〈キラーセンチピード〉のドロップアイテムよりずっと高価である。

 一匹倒すために一つ使うだけで赤字なのに、複数個使うようでは大赤字になってしまう。

 通常、NPCが経験値を稼ぐ目的だけでやるには非現実的なコストがかかってしまう手法だが、プレイヤーとパーティを組んで格段にレベルが上がりやすくし、ある程度の出費を覚悟すれば可能になるレベル上げ方法なのだ。


「ああそうだ、外したら反撃で頭からガブリとやられる可能性もあるから気をつけろ」

「ひいっ!?」


 真也が脅すような一言を付け加えると、ビゲルは分かりやすくすくみ上がるので、笑いそうになってしまう。


「一つ目の爆薬は俺が投げるから、お前はただ〈上級爆薬〉をムカデの頭に当てるだけでいいんだ。〈投擲〉を持っていれば余裕だな。さあ、やってみるぞ」

「そ、そんな簡単に言うが、相手だって弱点の顔に何かを投げつけられたら避けるんじゃあ……」

「……まったく、お前はいったい何を見ていたんだ?」


 腰が引けているビゲルに、真也は呆れの視線を向けつつ、大ムカデ攻略法の説明を始める。


「ムカデが穴から飛び出してくる前に、予兆があっただろう?」

「……地面の揺れか?」

「分かってるじゃないか。実は、地面が振動してからムカデが飛び出すまでの時間はどの個体でもほとんど一定らしい」


 それはこの世界がゲームの中だからこその仕様だ。

 モンスターの行動はある程度単純化されていて、プレイヤーが倒しやすいように設定されている。

 そうでないと、いくら武器の扱いや身のこなしをスキルで補えたとしても、巨大な化け物と渡り合うことは難しいためだ。

 そして、地面が揺れてからムカデが穴から出るタイミングは、昨日のうちに確認しておいてあった。


「だから、穴からムカデが顔を出すタイミングで、ちょうど爆薬がぶつかるように投げれば、確実に命中する」


 いわゆる、相手の行動に合わせて事前に攻撃を置いておく、という手法だ。


「そ、そんな上手くいきやすかねえ……」

「上手くいかなきゃフォローはしてやる」


 真也の話を胡散臭そうに聞くビゲル。

 だが、そのやり方で〈キラーセンチピード〉を 一匹、二匹、と順調に狩っていくと、半信半疑のようだったビゲルの表情は驚愕のものへと変わっていった。


「す、すげえ、すげえよ……!」


 そして、見る見るうちに上がっていくレベルに、ビゲルは目を見張っている。

 だが突如、その様子に更なる変化が生じた。


「凄すぎるぜ……オレ。そうだ……これがオレの本当の実力だったんだ……」


 ビゲルが、野心を色濃く感じさせる傲慢な表情になっていく。


「きっと隠されていたオレの才能が開花したんだ! これなら、誰からも指図なんてされずに――ひぃ!?」


 不穏なことを言い出したビゲルだったが、その喉元にシャムシールの切っ先がかすると悲鳴を上げて黙り込んだ。


「……今、何て言った?」

「ひいっ!! す、すいやせん!! ちょ、調子に乗りやした!! これも全て旦那のお陰でごぜえやす!! この御恩は一生忘れやせん!!」


 レベルを上げてやった恩を忘れるなど、当然、真也が許すはずもなかった。


「次にふざけたことを考え出したら……分かっているよな?」

「へ、へいっ!! 二度と馬鹿なことは考えやせん!!」


 真也が無表情でシャムシールをチラつかせると、顔を真っ青にして何度も頷くビゲル。

 やはりこいつはあまり信用できないな、と思いつつも、時折、裏切らないように調教を交えながら、真也はビゲルのレベルを上げていくのだった。

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