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78話 テイマーの少年

 職員の男に連れられ牧場の奥に進んでいった真也たちは、石組みの堅牢な牧舎へと案内される。

 その牧舎の中には、真也たちの目的の人物がモンスターの世話をしていた。午前中に街中で見たテイマーの少年だ。


「おい、お前にお客様だぞ!」

「は? お客さま? 何言ってん……だ……」


 職員に声をかけられ、疑問符を浮かべながら振り向く少年だったが、着飾ったカティの姿を一目見ると、茫然としたような表情で固まった。


「じゃあ、私はこの辺で失礼を……。おい! くれぐれも失礼のないようにな!」


 職員の男が去り際に怒鳴りつけると、少年はハッと我に返り、カティのもとへと駆け寄ってくる。


「こ、こんにちは! オレの名前はキールって言うんだ。よ、よろしく!」

「カティって呼んでくれ。よろしくな」

「……も、もしかして、オレに会いに来てくれたのか?」

「まあ、そうだよ。何か文句でもあるのか?」

「いやいや! 文句だなんてそんな! ある筈ないさ! オレに会いに来てくれるなんて信じられなくて!」


 焦り気味に言葉を並び立てるキールと名乗った少年に、素っ気なく返答するカティ。

 いつもの乱暴な口調は多少マシになっているが、その態度から見るに、あまり取り繕うつもりはないようだ。


「お嬢様は街であなたを見かけた際、テイマーという職業に大層興味を持たれたそうです。よろしければ、そのお仕事の詳細ををお嬢様にご紹介していただけませんか?」


 これはある程度助け舟を出すべきだろう、と判断した真也が口を挟んだ。


「……テイマーに? ま、任せとけ! こう見えてもオレ、見習いの中じゃあ一番実力があるんだぜ!」

「ふーん」


 必死に自分のことをアピールしようとするキールだが、当のカティは大して興味がなさそうである。


「この街のテイマーたちは、みんな闘技場の賭け試合で勝ち抜くためにモンスターを育ててるんだ。この〈デビルブル〉も闘技場用のやつで、オレが育てたんだ」


 そう自慢げに語ると、キールは牧舎にいた紫色をした闘牛のようなモンスターをひと撫でした。

 〈デビルブル〉は凶暴そうな見た目であったが、キールにひと撫でされると気持ちよさげに鼻を鳴らす。


「うわぁ……! かわいいですねっ! あの……わたしでもなでられますか!?」

「……ああ。喉の下辺りを撫でると喜ぶぞ」


 それを見た瑠璃羽が目を輝かせ、〈デビルブル〉へと駆け寄る。

 自分のモンスターを褒められたキールだったが、反応したのがカティではなかったせいか、目に見えて残念そうに対応している。


「真也さん、見てください! この子かわいいですよ!」

「……可愛い……か? デカいし、目は血走ってるし、なんか凶悪で禍々しい見た目してるぞ……」

「それでも、かわいいじゃないですか! ほら! なでてあげるとこんなに気持ちよさそうに笑うんですよ!」


 首をかしげる真也に、口を尖らせ抗議する瑠璃羽。

 〈デビルブル〉はそのごわごわと固そうな毛皮で覆われた首元を撫でられ、喜んでいるのか鼻息を荒くし目を細めている。

 ただ、その厳つい見た目のせいで、笑っているというよりも嗤っているという表現の方が合っているように感じてしまう。

 どう見ても可愛いという言葉とは結びつかない。


「まあ……感性は人それぞれだし、可愛いって見方があってもいいんじゃないかとは思うかな」


 苦し紛れに曖昧な言葉でごまかす真也。


「そうですよね! 真也さんもこの子の魅力を分かってくれますよね!」

「は、ははは……」


 だが瑠璃羽は、それをどう都合よく好意的に解釈したのか、満足そうな笑顔で喜んでいる。

 別に可愛いなんて一言も言ってないんだが……、と言いたい真也だったが、とても嬉しそうな瑠璃羽の様子に、曖昧な笑顔を浮かべるだけに留めておいた。

 そんな真也たちのやり取りをよそに、キールはカティへのアピールを続けている。


「オレはこの年でもう自分のモンスターを闘技場に出してるんだぜ!」

「へえ、すごいじゃないか。でも、まだ見習いなんだろ?」

「ふふん、見習いの中でも一番実力があるって言っただろ? レベルはもう17もあるんだ。あとちょっとで一人前だって認められるんだぜ! 神童なんて呼ばれたりすることもあるんだ、すごいだろ?」


 カティと同年代で本当にそのレベルなのだとしたら、かなりの才能を持っているのだろう。


「アタシのレベルはもう28だけどな」

「……」


 だが、真也たちと同行していたカティのレベルには、たとえ才能があったとしても越えられないほどの壁があった。

 茫然とした表情で黙り込んでしまったキール。

 これは不味いと判断した真也が、横から口を出す。


「お嬢様、またそのようなお戯れを。吟遊詩人の歌う冒険譚を自分の経験のように思い込むのは、もうおやめ下さい」

「……はあ?」


 物語と現実の区別もつかない子供のような扱いされたことが気に食わなかったのか、こちらを睨みつけてくるカティ。

 だが、目的を忘れるな、とでも言うように睨み返すと、カティはばつが悪そうに目をそらす。


「……なんだ……よかった」


 キールがほっと一安心した様子で呟いた声を聞いて、安堵する真也。

 彼の才能に対する自信を失わせてしまったら、良家の令嬢と思い込んでいるカティへの恋心を諦めてしまいかねないためだ。

 このまま放っておいたらどうなるのか分かったものではないため、真也はカティに耳打ちをして具体的な指示を出すことにする。


(おい、キールのプライドを傷つけるようなことは言うな。何でもいいから質問をしろ。そしてとにかく相手を立てろ。褒めちぎれ。それから何だ? そのふて腐れたような顔は? もっと笑顔を作れ)

(なんでアタシがそんなこと……)

(何でもするって言っただろう?)

(うっ……)


 カティは不服そうな顔をしつつも、真也の最後の一言を聞くと、しぶしぶといった様子で従いだす。


「な、なあ、キールは他にもモンスターを育ててるのか?」


 少々引きつった無理やり感のある笑顔を作って問いかけるカティ。


「っ!? ああ! もちろん! こっちにオレが育ててるヤツがもっといるから、見せてやるよ!」


 カティの態度は非常にわざとらしかった。

 だが、それでもキールは興味を持ってもらえたと思ったのか、嬉しそうに声を上げると、牧舎の奥へと案内を始めた。


(おい、この大根役者。もう少し何とかならないのか?)

(し、しかたねーだろ! どうすりゃいいのか分かんねーんだよ!)

(すぐそばにいいお手本がいるだろ?)

(お手本……?)


 カティとヒソヒソと話していた真也が、瑠璃羽の方へと視線を向けた。


「わぁ! かわいい動物さんたちがいっぱいいますよ!」

「……」


 牧舎の奥に並んでいるモンスターを見て歓声を上げる瑠璃羽。

 ただ、そのモンスターたちは皆、闘技場用に育てられているため。相応に厳つい外見をしている。

 何にでも可愛いと言う瑠璃羽の感性についていけず、何ともいえない表情になってしまう真也。

 だが、そんな瑠璃羽の愛嬌のある反応は、カティの参考になる筈だ。

 そう考えた真也がカティに視線を戻すと、あれを……アタシにマネしろってのか!? 、という抗議が聞こえてきそうな驚愕の視線を感じたが、そんなものは無視して、いいからさっさとやれ、とでも言うようにあごで指示を出す。

 絶望したような顔になるカティだったが、しばらくするとやけくそ気味に行動を起こす。


「わ、わぁ~! ……み、みんな強そうなモンスターばっかりだねっ!」

「そうだよな! やっぱそう思うよな!!」


 ぎこちないが精一杯の笑顔を作ったカティが不自然な歓声を上げると、なんとも分かりやすく喜ぶキール。


「……プッ」

「……くっ!?」


 そのあまりに似合わないカティの発言に、真也は思わず噴き出してしまう。

 それに対し、怒りと羞恥からか顔を真っ赤に染めて睨みつけてくるカティ。


「……ふ、ふふっ」

「……えぅ!?」

「ああ! ごめんね! 悪気はなかったの!」


 だが、傍らで控えていたリーサにまで笑われてしまい、すぐに情けない表情で涙目になってしまうカティ。

 そしてそれをリーサが慌てて慰める。

 なんとも微妙な空気になってしまったが、キールはカティに褒められ浮かれているせいか、そんな空気に気付くことはなく、モンスターの自慢を続けていった。


 そして、一通りのモンスターを紹介され終えて、真也たち一行は牧舎の一番奥までたどり着いた。

すると、そこでキールが何やら自信ありげに断言する。


「ここに俺が育ててる一番強いモンスターがいるんだ! きっと驚くぜ!」

「……もう行き止まりだぞ。なにもいないじゃないか」

「ふふん、まあ、見てなって」


 カティが疑問の声を上げると、キールは得意げに胸を張る。


「出てこい! リッキー!」


 キールがモンスターの愛称らしきものを叫ぶと、突如、地面が揺れてギチギチと金属をすり合わせたような音が聞こえる。

そしてその直後、地面を突き破り地中から顔を出す大きな影。


「……なっ!? こいつは!?」


 驚きの声を上げるカティ。

 その目の前に現れたのは巨大な大ムカデ、昨日荒野で遭遇した〈キラーセンチピード〉であった。


「凄いだろ! この辺じゃ最強のモンスターだ! ……まぁ、オレだけでテイムした訳じゃあないけど……それでも、こいつは正真正銘オレのモンスターなんだぜ!」


 キールがかなり強力なモンスターを使役していることに感心する真也だったが、すぐにそんなのんきに構えている場合ではなかったと気付く。


「……ひぃ!」


 真也の隣で成り行きを見守っていたリーサが、小さく悲鳴を上げた。

 そして、即座に懐から取り出したのはフラスコ状のアイテム――爆薬だ。


「まてまてまてまて!! 室内でそんなもの投げたら不味いだろ!! 落ち着け!! 相手はテイムされたモンスターだ!! 害はない!!」


 顔を青くして何の躊躇もなく振りかぶったリーサと、それを大慌てで止めに入る真也。


「どいてよ!! 投げられないじゃない!!」

「だから投げんなよ!! ていうかそれ、一番やばい爆薬じゃねーか!! 大丈夫だから落ち着けって!!」


 リーサを羽交い絞めにして諭す真也だったが、取り乱したリーサは一向に落ち着く様子がない。

 助けを求める視線を周囲に送るが、そこにいた瑠璃羽はどうしたらいいのか分からないのか、おろおろと周囲を見渡すのみだ。

 そして、顔面蒼白で動転するリーサを見て、激怒したカティがその原因に詰め寄る。


「おいこらテメー!! なんてモンスターを出しやがる!!」

「……へ? え?」

「ふざけんな!! ケンカ売ってんのかっ!?」

「えっ!? な、なんで……!?」


 だが、キールはカティに怒鳴りつけられても、何が何だか分からない、といった様子で焦りながら困惑するだけである。

 さらに、キールはカティに責められ続け、全くこの騒動を終わらせる行動を取れそうにもない。


「いいから! さっさとそいつをどっかにやれ!!」


 真也がそう叫んでも、狼狽したキールではもたついて大ムカデを地中に戻し終えるまで結構な時間がかかってしまった。

 その間、混沌とした騒ぎはずっと続いていたのだった。






「……ごめんなさい」


 ようやく〈キラーセンチピード〉がいなくなり、やっとのことで落ち着いたリーサがしょんぼりと謝る。


「……いや、大きな被害は何もなかったからいいさ。今日はもう帰ろう」


 精神的な疲れを滲ませながらも、そう言って許す真也。

 主な被害は真也の心労と、あと一つ。

 それはキールのカティに対する罪悪感である。


「……ごめんよ。ホントにごめん……オレ、リッキーの見た目の怖さを全然考えてなかった……」


 好意を持っている相手に嫌われてしまったかのではないかと不安でしょうがない、といった様子のキール。

 だが、それはカティの対応次第でどうとでもなるだろう。

 真也が目配せをするとカティは、そんなこと分かっている、とでも言いたげな表情だ。


「誰にでも失敗はあるだろ。別に、アタシは怒ってないよ」

「本当か……?」


 カティの言葉を不安げに確認するキール。


「ああ、またここに来ても……いや、またキールに会いにここに来てもいいか?」

「……っ!? あ、ああ!! もちろん!! 当然いいに決まってるよ!!」


 帰り際に投げかけられたカティのリップサービスに、しょげていたキールは一転して目を輝かせる。

 この少年なら、あと数回カティが会ってやれば協力者に仕立て上げることが出来そうだ。

 そう判断した真也は一安心して帰路につくのだった。

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