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77話 モンスター牧場にて

 ギナールの屋敷を出た真也は街外れにある牧場を訪れていた。

 同行者はカティとリーサに加え、目的地が牧場だと聞いて目を輝かせていた瑠璃羽も、ついでに連れて来ている。


「あの……ちょっと、さびしいところですね……?」

「殺風景よね、本当にここは牧場なの?」


 だが、真也達の目の前に広がるのは、簡易的な木の柵で区切られただけの赤土の荒野。

瑠璃羽とリーサが疑問の声を上げるのも当然だろう。


「まあ、牧場といってもテイムされたモンスターを飼育する為の施設だしな。それもここで飼われているのは皆、闘技場の為の戦闘用モンスターだ。多少は殺伐とした外観でもしょうがないだろう」

「そうなんですか……もう少し楽しそうなところだと思っちゃってました……」


 牧場という名前の響きに、モフモフとした可愛い動物と触れ合える動物園的な場所でも期待していたのか、真也の解説を聞いた瑠璃羽は、どこか残念そうなしょんぼり顔になってしまった。


「……まあ、考えてみれば当然よね」

「ん? なんだリーサ? お前まで残念そうな顔をして。可愛い動物にでも囲まれたかったのか?」

「わ、私は別にそんな子供っぽいことなんて考えてないわよ!」

「……あの……わたし、やっぱり子供っぽいんでしょうか……?」

「ああ! 違うの! 私は別にルリハちゃんのことを言ってるんじゃなくて!?」


可愛いもの好きな趣味を気恥ずかしく思っているのか、真也の言葉を即座に否定したリーサだったが、その発言が瑠璃羽に刺さり落ち込ませてしまったため、慌てふためきながらフォローを入れている。


「ごめんなさい、遊びに来た訳じゃないのに、わたし、子供っぽくはしゃいだりなんてして……」

「だから、アナタの話じゃないのよ!?」


だが、騒ぎは中々収まりそうもなかったため、仕方なく真也が口を挟む。


「まあ、可愛い動物が好きでも別に子供っぽいなんて思わないけどな。むしろ女の子らしくて可愛いんじゃないか?」

「ほ、ホントですか!?」

「……そ、そうよね、別に子供っぽくなんかないわよね。……女の子らしくて可愛い……か」


 真也の率直な感想を聞いて、大変分かりやすく嬉しそうな雰囲気になる瑠璃羽と、頬を僅かに染めてそっぽを向くリーサ。


「ま、まあ、そんなことより、ついさっきあんな騒ぎを起こしたばっかりなのに、またこの格好で出歩いたりして大丈夫なの?」


赤らむ顔を誤魔化すように、リーサがどこかぎこちなく話題を変えた。

現在の三人の格好は、午前中と同じく執事服とメイド服であった。


「ここは闘技場に所属しているテイマーくらいしか寄り付かない場所だ。ノーマンの手下達も、こんな街外れまで見回りになんて来ないらしいから問題ないさ」


当然、もう一人の同行者であるカティも、名家のご令嬢だと言わんばかりな可愛らしいワンピースドレスで着飾っており、真也達の少し先を歩いていた。


「おいカティ、余り肩肘張る必要はないからな」

「ああん? 張ってねーし!」


破れかぶれな態度で歩くカティに気遣いの言葉をかける真也だったが、不機嫌そうに突っぱねられてしまった。

自分のイメージにそぐわない服を着ている恥ずかしさを、ヤケクソな態度で誤魔化しているのだろう。


「おいおい、そんなんで大丈夫か?」

「ハッ、上手くやってやるよ」

「ほう?」


 変に気負った態度を見せるカティに、真也は不敵な笑みを浮かべる。


「じゃあまず、その大股で歩くのは止めろ。今のお前の設定は、金のある商家のお嬢様なんだから、それ相応の所作をして貰おうか。上手くやるんだろう?」

「そ、相応の……? ……や、やってやろうじゃねーか!」


 そう息巻きながら、豪快な足取りをしずしずとしたものに改めたカティ。

 だが、すぐに真也は駄目出しを入れる。


「駄目だ駄目だ、何も分かってないじゃないか。そんな乱暴な口調で喋るお嬢様がどこにいる?」

「うっ……ど、どうすりゃいってんだ?」

「適当にそれっぽく喋ってみればいいんじゃないか? 語尾にですわとか付けとけば何とかなるだろ」

「……ご、ごめんあそばせ、こ、これからは気をつけ……ますわ」

「……ハッ」

「は、鼻で笑うなー!!」

「悪い悪い、お前にお嬢様のイメージが余りにも似合わな過ぎて」

「オマエがやれって言ったんだろ!?」

「悪い悪い、カティにお嬢様の演技なんて無理なのは分かりきってたことだったな」


顔を真っ赤にして抗議するカティと、笑いをこらえながら謝る真也。


「別にいつも通りの態度でも問題ないからな。口の悪い生意気なお嬢様だっているだろうし。そもそもお嬢様の設定なんて重要なものじゃない」

「……じゃあ、今なんでアタシに演技をやらせたんだよ?」

「え? 面白そうだったから」

「アタシで遊ぶんじゃねえ!!」


 全く悪びれもせずからかっていたことを白状した真也に、カティが怒りをあらわに飛びかかろうとするが、それは実行出来なかった。


「どうしたカティ? いつもみたいに暴力に訴えないのか」

「ぐっ……」


 手を出しあぐね、悔しげに唸るカティを見下ろし、余裕の態度でニヤつく真也。


「はぁ、何バカなことやってるのよ……」


 真也とカティの間に挟まれたリーサが、心底呆れたようにため息をついている。


「テメェ、卑怯だぞ!」

「知らないのか? 卑怯なんて言葉は負け犬の戯言でしかないことを」

「こ、この野郎……」

「勝てばいいんだよ、勝てば」


 カティが手を出しあぐねている理由は、真也のすぐ前にリーサがいる為だ。

 子供相手に少女を盾にとり、勝ち誇る大の大人の姿がそこにはあった。


「人間性で完全に負けてる気がするのは、私の気のせい?」

「ふふふ、楽しそうだからいいじゃないですか」


リーサの冷め切った視線と瑠璃羽の微笑ましいものでも見るような視線が心に突き刺さった真也だったが、極力認識しないよう意識の外に追いやるのだった。









 からかわれてむくれるカティを全員でなだめながら牧場の奥へと入って行くと、真也達の姿に気づいた男が、慌てたように近づいて来る。


「こ、こんなところにどういったご用向きでしょうか?」


 その牧場の職員らしき男は、緊張を隠しきれない様子で問いかけてきた。

 身分の高そうな少女が三人もの従者を引き連れ、場違いなところに突然現れたため戸惑っているのだろう。


「お嬢様が興味を持たれた人物に会いに来た次第です」

「は、はあ……ああ! そういうことでしたか」


 釈然としない様子の男だったが、憮然とした態度のカティを見ると、どこか納得したような様子に変わった。

 わがままなお嬢様の気まぐれで、興味の赴くままにフラフラとここまでやって来たのだろう、などと勝手に納得してくれたようだ。

 そういった勘違いを誘発し、色々な場所へと自然に潜り込めるようにこの変装を選んでいたので、その思惑が功を奏したのだろう。

 午前中に見た少年の特徴を伝えると、面倒事にならないようさっさと満足して帰って貰おう、などといった考えが微妙に透けて見える態度になった男に案内され、真也達は少年のもとへ向かうのだった。

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