76話 解決策
「だけど、どうするんだ? ロケと言えば世界屈指の実力者だった奴だし、二十年経ってるとは言え、まだ間違いなく現役だ。ビゲルとその手下達に協力させたとしても、どうにもならない相手なんじゃないか?」
真也とビゲルの話に入ってきた秀介が眉間に皺を寄せながら問いかけてきたが、真也は余裕の笑みを浮かべ、それがどうした、とでも言いたげな雰囲気で口を開く。
「確かにそうだな、現状でロケと一戦交えるのは無謀過ぎる。だが、ロケと戦う必要なんてどこある?」
「ノーマンに手を出せば、その後ろにいるロケだって出てくると思うけど……何か策があるのか?」
「いや、策なんで言うほど大層なものじゃあない。今の状況の違和感を考えれば答えは簡単に出せる」
「違和感ねえ……今までの話で何かおかしいことなんてあったか?」
「なぜロケはギルドを乗っ取る為に、ノーマンを支援して影から操る、なんて方法を選んだんだろうなあ?」
「うーん、いやまあ、そういうのって効率よく組織を乗っ取る為の常套手段だからなんじゃないか?」
「ノーマンをギルド内で今の立場まで押し上げる為に、ロケはかなりの時間をかけて結構な支援をしていたそうだ。効率がいいとはとても思えないな。大陸で十指に入る強者が率いる大盗賊団が、落ちぶれてまともな実力者もいない盗賊ギルドを吸収する為に、わざわざそんな面倒な手段を取るんだろうか?」
「……確かにそうか。まず脅しつけて、それでも従わないようなら実力行使をすれば済む話だな」
「だが、ロケは敢えて迂遠なことをやっている。ならばそこには理由がある筈だ」
「ギナール達が出てくることを警戒してるとかか?」
「それもあるが、もう一つ、決定的な理由として情勢的なものがあるだろう」
「情勢……国の権力闘争が関わってくるのか?」
疑問符を浮かべる秀介を他所に、真也は話をビゲルへと振る。
「ビゲル、盗賊ギルドは王党派に肩入れしてるそうだな?」
「へ、へい、今の権力闘争が貴族同士の不和程度だった頃から、ウチはずっと国王陛下の味方でさぁ」
「それは明確に旗色を示しているということだな?」
「そういうことになりやす」
ビゲルに確認を取った真也が向き直ると、秀介は納得顔で話し出す。
「なるほど。いわゆる等距離外交のような手でどの勢力とも上手くやりたいロケなら、王党派に味方する組織を堂々と攻撃する、なんて王党派を敵に回すようなことはしたくないって訳か」
「だからこそ、ギルドの実質的なトップにノーマンという操り人形を据えて、ギルドの方からロケに協力関係を求めてきた、という体裁を取りたいんだろう」
「となると今回の件は盗賊ギルド内での主導権争い、単なる内輪揉めとして処理すればいい訳だな?」
「その通り、ビゲルがノーマンを粛清する形ならば、ロケは公然と直接的に介入することなんてしない筈だ。せいぜい支援程度に留まるだろう」
「……だけど、ロケは手を出したことが公にならないよう秘密裏に介入すれば、何の問題もないんじゃないか?」
「実は、ちょうど良くあちらさんによって用意されているんだ、そういうことは出来ないような舞台がな」
そう言うと真也は、ストレージから一枚のビラを取り出し、秀介に見せる。
「闘獣杯? モンスター同士の賭け試合をする大会か」
「ロケはその大会に合わせてこの街を訪れて、闘技場の貴賓席でノーマンと並んで試合を観戦するらしい。大会を見に各地からやって来た貴族や豪商などの有力者へ、ロケが盗賊ギルドを友好的に抱き込んだことを知らしめる計画みたいだ。穏便な協力体制だと外部にアピールすることと、反抗勢力を黙らせて盗賊ギルドを完全に取り込む目的だな」
「じゃあ、その前にノーマンと決着をつけなくちゃマズいんじゃないか?」
「いや、それだと根本的な解決にはならない。ノーマンがいなくなっても、盗賊ギルドが今のままなら、ロケはまた手を出してくるだろうな」
真也はいったんそこで言葉を切ると、ビゲルに向き合う。
「ビゲル、お前には闘技場に集まった観客達の目の前でノーマンを倒して貰う。その後、ロケにはお帰りいただくよう丁重に挨拶でもしようか」
「……」
「そんなに心配する必要はない。むしろこれはチャンスだろう?」
プレッシャーで表情を硬くするビゲルに、真也は自信に満ちた様子で声をかける。
「考えてもみろ、反乱分子を粛清し、あの大盗賊のロケすら追い払う男がいたとする。盗賊ギルドのリーダーとして、この上なく頼りになる人物だとは思わないか? お前の評価は変わるぞ、ギナールの後任にふさわしい男、という具合にな」
「……オレが……アニキの後任にふさわしい……?」
真也の話を聞いて目の色が変わったビゲルに、畳み掛けるように言葉を続ける。
「そしてその評価は、闘獣杯を見に来た観客によって国中に広がるんだ。各地に散らばる盗賊ギルド構成員も、お前にことを見直すだろう。そうなれば、今は疎遠になっている構成員達も、お前のことを認めて戻ってくるかもなあ」
「……盗賊ギルドを、立て直せるのか……!?」
「それはこれからのお前の行動次第だ」
今回の計画は、ロケからギルドの乗っ取りを防ぐだけでなく、ギルドが落ちぶれてしまった根本的な問題も同時に解決しようというものだ。
ビゲルを通してギルドに影響力を持てるようになったとしても、ギルドが使い物にならなければ意味がないからである。
計画にはビゲルの協力が不可欠であるため、やる気の有無を問おうとした真也だったが、ビゲルの顔色を窺うと、その瞳の奥には野心的な意思が燻っていおり、わざわざ聞くまでもないと判断出来た。
散々発破をかけた甲斐があったのだろう。
「まずは準備の為に……」
と、呟いた真也は、少し離れた場所でリーサと楽しそうに話をしているカティに目を向ける。
「うん? どうかしたのか――な、なんだよぅ!?」
視線に気づいたカティが振り向くと、真也はニッコリといい笑顔で笑いかけた。
その笑顔に何か嫌な予感でも覚えたのか、まるで人馴れしてない野良猫のように、警戒感を全身で表現するカティ。
「カティ、お前には闘技場関係者に協力者を作る為の工作をやって貰いたい」
「……ま、まあ、アタシに出来ることなら……」
「じゃあ、またあのお嬢様服に着換えてくれ」
「なんでだよ!?」
抗議の声を上げるカティだったが、真也は気にせず続ける。
「お前を見ていた少年がいただろう? 彼を誑かす為だ」
「は!? た、誑かす!? このアタシが!? そんなんアタシじゃムリに決まってんだろ!?」
「いや、余裕だろ。リーサもそう思うよな?」
「そうね! あの可愛さなら余裕よ!」
リーサに話を振ると全力で援護射撃を始め、カティがたじろぐ。
「だ、だからアタシはかわいいなんてガラじゃ……」
「大丈夫! カティちゃんの可愛さは私が保証するわ! もっと自信を持っていいのよ!」
「え、えうぅ……」
リーサの勢いに飲まれ、丸め込まれてしまったカティ。
真也はその肩を叩き、いい笑顔で語りかける。
「カティ、前に何でもするとか言ってたよな?」
「う……あ、あぁ……」
「じゃあ、約束を守って貰おうか」
「……わ、分かったよ! やってやろーじゃねーか!!」
ヤケクソ気味に答えたカティに、真也は満足げに頷くのだった。




