75話 説得?
再びゲームにログインした真也は、皆で潜伏しているギナールの屋敷の一室にて、ビゲルを呼び出し相談をしていた。
「はあっ!? ろ、ロケだって!?」
真也の説明を聞いたビゲルが、素っ頓狂な声を上げ大げさに驚く。
「なんだってそんなとんでもねえ大物が出張ってくんだ!?」
「ロケはギナールと事ある毎に対立するような、いわゆる犬猿の仲だったらしいじゃないか。そんなロケが盗賊ギルドを潰しにきたって、何ら不思議じゃあないと思うが?」
「そ、それはそうだが……ロケは恐ろしい男でも、陰湿なヤツじゃねえんだ。ギナールのアニキがいなくなったギルドに、アニキとのわだかまりを理由に手を出してくるとは思えねえ……」
ロケに怯えているのか、どこか情けない声で反論をするビゲルに、真也は淡々と事実を突きつけていく。
「ギナールがいないからこそ、盗賊ギルドが魅力的な獲物に見えたということなんじゃあないか? なんせロケの盗賊団と対抗出来る程に大規模な盗賊組織はここだけだ。傘下に加えたいとでも考えてるんだろう」
「だ、だがよ! こう言っちゃあなんだが、ウチは今、そんな御大層な大盗賊様がわざわざ乗っ取りに来るような組織じゃねえ。」
まるでそんな事実は信じたくないとでも言うかのように、ビゲルは必死になって真也の話を否定している。
「だが、それでも盗賊ギルドは盗賊ギルドだ。この意味が分かるな?」
「……その名前だけでも、取り込む価値があるってのか……」
「ああそうだ。今どんなに落ちぶれていようが、かつて大陸中に名を馳せた盗賊ギルドの看板は魅力的だろう。傘下に組み入れれば、ロケの盗賊団はその覇権を内外に示す大きな役割を果たす筈だ」
ロケの関与を認めたがらないビゲルに、真也は問いかける形で危機的状況を認識させていく。
「でもよう……そんな突然……」
「お前もギナールの後継者としてギルド長を自称するなら、ロケ達の動向ぐらい探っているんだろう?」
「……ロケの盗賊団は最近、中小の盗賊団を取り込む動きが活発らしい……」
「なんだ、予兆はあったんじゃあないか」
ようやく現状を受け入れたのか、ビゲルは苦虫を噛み潰したような表情で俯いている。
「そもそも、不穏な政治情勢の中で気を抜き過ぎなんじゃあないか?」
「……面目ねえ」
「国の上がやってる権力争いで、ロケはどう立ち回っているんだ?」
「それが……どこの勢力とも均等に協力関係を結んでやがるんだ」
「なるほど、旗色は明確にしないで勢力間を上手く泳ぎ回る、か。各勢力から最高の待遇を引き出した上で、最終的には勝者の味方をして、権力闘争で生じる恩恵を最大限享受するつもりだろう。ついでに権力者達がお互い牽制し合っている隙に、邪魔者の排除と盗賊団の拡張をする、といった思惑が今回の件の背景なんだろうな」
「……」
青い顔で黙りこくってしまったビゲルを見て、真也は眉をひそめつつも思考を巡らせる。
真也の計画は、ビゲルを中心にしてノーマンを排除し、同時にロケにギルドへの干渉を諦めさせるものだ。
ロケという大物盗賊の登場ですっかり怖気づいてしまった今のビゲルに、そんな大役を任せても尻込みしてしまうだけだろう。
この情けない男をどうやって奮起させるか、といった画策を頭の中で纏めると、真也は優しい口調でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「まあ、そんなに心配するな。ギナールが街を出て行く際、幹部の中でお前を残らせたということは、信頼するお前にギルドを任せたということだろう? だが、今回の相手はあのロケだ。お前には荷が重過ぎることぐらいギナールだって分かっている筈だ。お前の尊敬するギナールは、まず間違いなく助けに来るだろう」
真也の言葉に、ビゲルは少し楽観的な表情となり安堵の息を漏らした。
「――なんて、馬鹿なことを考えているんじゃあないだろうな?」
だがしかし、突如真也は穏やかだった表情を一変させ、軽蔑の眼差しをビゲルに向けた。
「お前は信頼されて置いて行かれたんじゃない、見捨てられたんだよ。現実を見ろ、お前程度の実力でギルドを纏められる訳がないだろう。連れて行ってもお荷物になることが目に見えていたから放置されただけだ。当然、ギナールは助けになんて来ない」
「……!?」
ビゲルを安心させた直後、真也は辛辣な言葉を浴びせかけた。
上げて落とす、効率的に相手を追い詰める為の常套手段である。
危機的状況下で動揺するビゲルには抜群に効いたようで、安堵の表情から急転直下、絶望的な表情に早変わりだ。
「仮に、ギナールがお前のことを信頼してギルドを任せたのだとしても、今の状況を見たら、きっとギナールも失望するだろうな。なんせ信じて任せたはずの相手が、ギルドを潰す直接の原因になるんだからな」
「ま、待ってくれ……こんな事態になったのはロケなんて想定外の大物が出て来たからで、俺のせいじゃあ……」
「予兆を掴んでいたのに何も対応を取らなかったな? 今回の件は明らかにお前の怠慢による過失だ。お前のせいでギルドは乗っ取られるんだよ」
「うっ……で、でもよう……元はと言えば……」
「なんだ? ギナール達幹部が出て行ったせいだとでも言いたいのか?」
「……ぁぁ」
「それは違うなビゲル」
言い訳を即座に切り捨てられ、萎縮した情けない表情の中に不満の色を混じらせるビゲルに、真也は強い口調で指摘をしていく。
「お前は勘違いをしている。お前がいなければこんな状態にはならなかった筈だ」
「……そ、そんなはずは――」
「ある。ギナール達が去っても、実力もない幹部のお前さえ残っていなければ、本当に実力のある人物がギナールの後任となり、ギルド全体を上手く纏めただろう。そうだったならば、こんな事態にはならなかった筈だ」
「な……!?」
真也は当てずっぽうの言いがかりを、まるで明確な真実でも語るかのような断定口調で言い切った。
「分かってなかったのか? 今回の件の元凶は、全て、お前なんだよ」
「……」
「ギルドの奴らも皆、本当はお前のことを疎ましく思ってるんだろうなあ? 実力もないくせにギルド長ヅラしやがって、とか、アイツのせいでギルドは滅茶苦茶だ、とかいう声が聞こえてこないか? うん?」
「……」
「誰もお前のことなんて認めやしない。そもそもお前は人間的に――」
弱々しく反論していたビゲルを執拗になじり、果てにはその人格までもを否定し、ぐうの音も出ないほど精神的に追い詰めていった。
だが真也は、そこでふと優しく微笑んだ。
「だがなビゲル、お前は落ち込む必要なんてない。お前が頑張っていることを理解している仲間はいる。そんなお前のことでも本気で心配して手助けしたいと思っている友人がいる」
「……?」
「お前には、俺達がいるじゃあないか」
「……!? 助けて、くれるのか……?」
縋るように見つめてくるビゲルに、真也は人を安心させる穏やかで優しげな笑顔で力強く断言する。
「ああ、勿論だとも。俺達は仲間じゃあないか。お前には挽回の、いや、一発逆転のチャンスがある。お前なら必ず掴める筈だ。その手伝いをしてやろう」
「本当かっ!? ……だけどよぅ、相手はあのロケだ……まともにやり合える相手じゃねぇ……」
「大丈夫だ、策はある。俺の言う通りにすれば、必ず乗り切れるさ。俺の言う通りにすれば、な」
「そうなのかっ!? ありがてぇ、本当にありがてぇ……オレには旦那がいてくれて、本当によかった……」
真也の囁くような言葉を聞いて、感動したのか突如涙を流し始めたビゲル。
人格否定の末、突然の優しさを与え、希望を刷り込んだ結果だろう。
弱り切った心に漬け込む説得が成功したことに、満足げに頷く真也。
「……それは説得というより洗脳の方が正しいんじゃないか?」
「なんの話だ? 人聞きの悪いことを言うんじゃあない」
様子を窺っていた秀介が、まるで真也の心を読んだかのようにツッコミを呟いたが、真也はわざとらしくとぼけて見せるだけであった。




