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74話 情報源の確保

 昼休憩となり、ログアウトした真也はポッドを出るとすぐに移動を開始した。

 その目的は当然、乗鞍が会場を出る前に彼と接触することだ。

 最短距離を早足で進み乗鞍のポッドへと向かう真也だったが、その労力は無駄であった。


「おや? 一之瀬さん、そんなに急いで何かありましたか?」


 いつも通りの笑顔で声をかけてきた乗鞍は、真也が急ぐまでもなく、まるで待ち受けていたかのようにポッドの前でたたずんでいたのだ。


「少し、話があるんだが?」


 余裕な態度を見せる乗鞍に、真也は射抜くような視線を向けて険のある口調で問いかけた。

 漂う不穏な空気に周囲のプレイヤー達から注目が集まるが、気にもせず、むしろ刺々しい雰囲気を強調するかのようにより一層目を細めて睨みつける真也。

 それに対し、乗鞍は笑みを貼り付けたまま眉を八の字にひそめ、困ったような表情を作っている。


「そんなに怖い顔をされる覚えはないんですがねえ?」

「それはどうだろうな?」

「わたくしは、しっかりと、忠告いたしましたよ?」

「忠告ねえ? なるほど、随分とまぁ心()()()()()忠告だったじゃあないか。あたたか過ぎて感動してしまったよ、有り難いなあー」


 乗鞍の弁解を聞いた真也は、わざとらしく獰猛な笑みを浮かべ、棒読みでいかにも白々しい感謝の言葉を述べる。


「ふふ、お役に立てたようで何よりです。こちらとしても忠告した甲斐がありました」


 乗鞍は真也のあからさまな嫌味にもニッコリといい笑顔を作り、いけしゃあしゃあと恩着せがましい言葉で返した。

真也と乗鞍は互いに種類の異なる笑みを作りしばらく無言で睨み合う。


「おや、何やら周囲の皆さんがこちらに注目してますねえ」

「いったいどうしてだろうな? 全くもって不思議だなあ」


二人の作り出す緊張した空気が原因なのは明らかだが、敢えてとぼける真也。


「まあ取り敢えずは場所を移そう。こんな場所じゃあ詳しい話は出来ない」

「ええ、いいでしょう。きっとお互いに利のあるお話をしていただけると信じていますよ」


 提案を了承し不敵に笑う乗鞍を連れ、真也は人目を振り払うように会場を後にした。









 乗鞍を自室へと連れて来た真也は、備え付けのテーブルを挟んで向かい合う。


「余り時間に余裕のない昼休憩に悪いな」

「いえいえ、構いませんよ」


 会場でのギスギスとした空気はまるでなく、ただ冷静な様子で話し合う二人の姿がそこにはあった。


「それより、何か、憤りを感じる程の強いご不満があったのでは?」

「そうだな、だが、今はそんなことどうでもいいだろう? 取り敢えずその問題は棚上げしよう」

「そうですね、一之瀬さんならそう言っていただけると思っていましたよ」


 少し挑発気味な口調で投げ掛けられた質問に、真也が大した興味もなさそうに素っ気なく返すと、乗鞍は満足げに頷いた。


「昼食の時間がなくなるからさっさと本題に入ろう。こちらの要求はノーマン陣営の情報だ」

「おっと、わたくしが一週間早くアーレアに来て得たアドバンテージを、寄越せとおっしゃいますか」

「それだけの価値がある対価を用意しよう」

「ほう、それは楽しみですね。しかし、いったい何をいただけるんでしょうか?」


 乗鞍の問いかけに、真也は静かに目を閉じ黙り込む。

そしてゆっくりと開かれた瞳の奥には、不気味なほど冷酷な光が揺らめいていた。


「お前の命、なんてのはどうだ?」

「……なるほど」


 異様に重みを感じさせる声で問う真也と、いつもの営業スマイルに若干の影を落とし、深刻そうな声で呟く乗鞍。


「ノーマンの一味は例外なく全員処刑。その中には当然わたくしも含まれる。殺されたくなければ情報を流せ、と?」

「その通り」

「果たして、一之瀬さん達にノーマン一味を粛清することなど出来るのでしょうか?」

「出来るさ、例えノーマンのバックに誰かがついていたとしてもな」

「それぐらいの情報は仕入れていましたか。ですが、彼の介入があればいくら一之瀬さんでも厳しいでしょう。だから親切心で忠告をしてあげたんですよ」

「だが、お前も分かっているんだろう? その彼とやらがいくら強者だろうと、ノーマンの支援をするという形でアーレアに影響力を持とうとしている人物ならば、やりようはいくらでもある」

「……」


 策はあると断言した真也を、乗鞍は見定めるように無言で見つめる。


「ノーマンのことはビゲル自身にきっちりとケジメをつけてもらう。それも大衆の面前でだ。この意味が分かるな?」

「……そうですね、そうなるとまた、話は変わってきますね」


 真也の問いかけに思案顔となった乗鞍は、しばらく考え込むと、やがて納得したかのように語り出す。


「……ノーマンの背後にいる人物は、大陸中に縄張りを持つ大盗賊団の首領です」

「……よりにもよってロケか、随分と凄いビックネームが飛び出してきたな」


 ロケはこの大陸で最も大規模かつ強大な盗賊団の首領で、本人自身の強さも大陸有数と言える。

 前作では複数のルートで敵として立ちはだかったキャラで、やたらと強く、多くのプレイヤーの心を折ったことでも有名だ。


「その情報は本当なんだろうな?」

「当然ですとも。ビゲルに協力することを考え直すなら今ですよ。ノーマンの陣営につけば、盗賊ギルドを実質的に牛耳る側につくことが出来る上、ロケとの友好的な繋がりを得るチャンスまで手に入ります」

「そうだなあ……」

「ビゲルの依頼を律儀にこなしたとしても、恐らく大した情報は得られないでしょう。ビゲルとノーマン、どちらにつくべきかは明白だと思いますよ? 今からでもノーマンの陣営に鞍替えしませんか? わたくしが仲介して差し上げますよ?」

「馬鹿らしい。どんな恐ろしい交換条件をつけられるか分かったもんじゃないな」


乗鞍の提案に肩をすくめ、即座に却下する真也。

その反応は当然予想していたようで、乗鞍はすぐさま次の話に移る。


「それでは、ここから先の情報、一之瀬さんが欲しいであろうノーマン達の詳細な事情と

これからの動向を提供するにあたって、こちらから条件を提案させていただきたいのですが?」

「言ってみろ」


 乗鞍が脅されただけで情報を提供するなどとは真也も思ってなかった。

対価を要求されることは予想していたので、素直に要求を聞く姿勢を見せる真也。


「ノーマンの粛清が成功した後、わたくしの立場を保証していただきたいのです」

「ノーマンが居なくなった後も賭博場の利権に絡めるよう、ビゲルに仲介して欲しいと?」

「その通りです」


 乗鞍の要求内容は真也の予想した通りのもので、思わず苦笑いしてしまう。


「粛清が成功すれば、スパイとしてノーマンに近づいたということにして、その功績を元にビゲルに取り入る。もし粛清が失敗すれば、そのままノーマンの元に留まる。どっちにしろお前は勝馬に乗ることになるなあ」

「ふふふ、まさか。そんなことは心にも思っていませんよ。一之瀬さんが勝つと、わたくしは信じていますからね」


 真也の嫌味にも、乗鞍は笑顔で白々しい言葉を返す。


「まあ、いいだろう。粛清後の立場は保証しよう。そういうやり方に思うところはないからな。ただ、そんな姿勢じゃあ信頼は得られないことぐらい分かっているだろう?」

「ええ、肝に銘じていますよ」


 真也と乗鞍はお互いに薄く笑い合うと、交渉成立の握手を交わすのだった。

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