73話 逃走劇
席から立ち上がった男達が、気配を消しながら真也の背後へと近づく。
対面に座るカティとリーサの表情に僅かな緊張が走った。
だが真也は、忍び寄る男達の気配を背中で感じながらも動じることはない。
敵対者だと疑われているのだろうが、あくまで疑われているだけで、敵だと確信は持たれていないだろう。
例え真也達の情報を聞いていたとしても、写真もない世界で人づてに人相を伝えるには限界があるからだ。
その上、真也達は金持ちの令嬢とその従者といった風体で、賭博場の上客を装っている。
冤罪をかけて街の評判を落とすわけにはいかず、慎重な確認が必要であり、いきなり襲われるということはない筈だ。
だが、問い詰められればボロが出ないとも限らない。
真也がそんなことを考えながら待ち構えていると、近づいて来た男達の一人が声をかけてくる。
「おい、おま――ッ!?」
それと同時に閃く刃。
男の声は言葉として意味を持つ前に途切れる。
それは真也の不意打ちの結果だ。
背後で男が声を発したタイミングで、真也が瞬時に振り返りシャムシールで抜き打ったのだった。
その剣筋は三人の男達の首元を一閃し、一撃で全員を薙ぎ払う。
視認もせず背後にいる人物達に行うには難しい芸当だが、真也はいとも簡単に成し遂げた。
それもそのはず、真也は最初から男達の動向をしっかりと窺っていたからだ。
手に持った銀製のグラスに写り込んだ彼らの鏡像を確認し、不意打ちを仕掛ける最高のタイミングを見計らっていたのだ。
「キャーッ!?」
剣を振り抜いた真也と倒れ伏す男達、そんな光景を目撃した周りの客が悲鳴を上げ、レストランのホールはどよめきに包まれる。
真也は騒然とする周囲の様子を気にも止めず、〈昏倒〉している側近の男を担ぎ上げる。
ギナールの屋敷まで連れ去り、情報を搾り取る為だ。
だが、その思惑は断念せざるを得ない事態になる。
「こっちです、助けてください!」
先程真也達を案内したウェイターが、店の入り口から助けを呼んでいた。
「何してくれとんじゃコラ!?」
「オメーら俺らに手を出してタダで済むと思ってんのか!?」
呼び込まれてぞろぞろと店に入ってきた来た五人は、皆ノーマンの手下のようで、店内の状況を見て怒声を上げた。
盗賊ギルドの構成員は街の用心棒としての役割も果たしているため、ウェイターの行動は当然のものだったのだろう。
一つ舌打ちをした真也は、側近の運搬を諦め、呼び込まれて来た男達の方へ投げつけた。
「こっちだ!! 走れ!!」
男達が側近を受け止める為に出来た隙を使って、真也はカティとリーサを引き連れて窓の方向へと駆けた。
その途中、ストレージから取り出したフラスコ状のアイテムを後ろに放り投げる。
それを見てギョッとした表情になるカティとリーサ。
「しっかり掴まれ!!」
そう叫んだ真也は、彼女らを抱え込むと背中から窓に飛び込み、ガラスを破壊しながら外へと飛び出す。
直後、店内で大爆発が巻き起こり、押し寄せる爆風に煽られ吹き飛ばされながらも、ギリギリのところで店を脱出した。
抱えた二人を庇うように背中から路上に着地し、転げ回りながら何とか勢いを殺す。
「ふ、普通、室内で私の爆薬を使う……?」
爆炎に包まれた店内を見て顔を引きつらせたリーサが呟く。
「安心しろ、死人は出ない。そういうスキルを使ったからな」
本当はスキルではなくプレイヤーの特性だが、真也はそう言ってリーサを納得させる。
「あ、あはは……例えそうだとしても、この惨状じゃあとても許しては貰えないわね……関係ないお客さんとかもいたのに……」
「まぁいいじゃねーか、そんな奴ら。敵はいなくなったんだぜ! 流石リーサの爆薬だ!」
「そ、それはそうだけど……」
自分の作ったアイテムが無差別攻撃に使われたせいか、リーサがなんとも言えない表情になっていると、そこにカティが無邪気に笑いかけ、リーサはより一層表情を引きつらせる。
「今はとにかくここを離れるぞ。少し目立ち過ぎた」
「じゃあなんで街中で爆薬なんて使ったのよ……」
呆れたような視線を寄越すリーサに、その方が見栄えがいいからだ、などと真也はとても言えなかった。
「クソッ! いったい何があったんだ!?」
「おい、もしかしてアイツら……」
流石に賭博場周辺はノーマンの手勢の数が多いようで、爆発音を聞きつけてやって来た大勢の男達。
「アイツらの仕業だ!! 奴らがノーマンさんを狙ってるとかいう連中だ!!」
その中の一人が真也達を見つけ、指を差しながら大声で叫んだ。
すぐさま真也は、集まった男達のど真ん中に向かって爆薬を投げ込む。
危険を感じ取ったのか蜘蛛の子を散らすように逃げ散る男達を尻目に、真也達は体勢を整え逃走を図った。
背後で起きた爆発が街に与えた被害を無視し、アーレアの街を駆け抜ける。
逃走経路は事前に目星をつけていたため、逃げる方向に迷うことはない。
街の中央区、ノーマンの勢力圏から、敵に先回りをされないよう確実に最短距離で離脱出来る道を選んでいく。
賭博場の寄り集まった地区を抜け、追いかけて来る盗賊達には時々爆薬を放り投げて撃退しつつ、真也達は街の地下に広がる坑道へと逃げ込んだ。
そこは採掘のために無計画に掘り進められた迷路のような坑道で、行き止まりも多く、土地勘のない人間では通り抜けることなど不可能だが、あらかじめ通るルートを決めていた真也達は、問題なく先に進んで行く。
「チッ、ヤツら、まだ追いかけて来るぜ」
〈気配〉スキルによって追跡者達を感知したカティが悪態をついた。
「向こうも盗賊だ、〈気配〉スキルのレベルが高い奴だっているだろう。追いつかれる前にさっさとここを抜けるぞ!」
そんな声を上げた真也だったが、背後から迫る追跡者達にじわりじわりと距離を詰められてしまう。
こちらには錬金術師のリーサがいるため、どうしても盗賊しかいない追跡者達より速度が出せないせいだ。
薄暗い坑道を走り着々と出口に近づいていくが、徐々に真也のスキルでも背後の追跡者達を感知出来るようになり、ついには敵に足音が聞こえるまで接近を許してしまう。
だが、焦る真也達の前に一条の光が現れる。
「出口だ! 予定通りにやってくれ!」
「任せて!」
追跡者達にあと少しで追いつかれるというところで坑道を脱出した真也達。
その直後、リーサが背後に爆薬を投げつける。
強烈な爆発音と、その後に鳴り響く轟音。
リーサのスキルで強化された強烈な爆発によって、坑道の出口を崩落させた音だ。
「相変わらず凄い威力だ……」
「フフッ、当然でしょ? 私の作ったアイテムなんだから」
「まあそうだな。カティ、周りに敵はいるか?」
自信満々に胸を張るリーサを適当にあしらい、カティに状況を確認する真也。
「ハハッ、坑道の中で立ち往生して困り果ててる奴らぐらいしかいねーよ。ざまーみやがれってんだ」
追手は完全に撒けたようだ。
そう判断し、周囲を警戒しつつも帰路についた。
真也達が辿り着いたのは、採掘者達の居住区にある一軒のボロ屋だ。
その地下にある、ギナールの屋敷に続く隠された地下通路へと入って行く。
ここまで来れば安全は確実である。
「……かなり向こうは警戒していたわね。余り情報は聞き出せなかったけど、大丈夫なの?」
リーサが心配そうに口を開いたが、真也は余裕の表情だ。
「あれだけでもまあ十分な収穫だろう。それに、情報を手に入れる手段は何も諜報活動だけじゃあない」
「何かまだ他に当てがあるの?」
訝しげに尋ねてくるリーサに、真也はニヤリと笑いながら答える。
「ああ、当然あるさ。確実に敵の情報を持っていて、会おうと思えばいつでも会える奴、そいつと取引でもすればいい」




