72話 手掛かり
襲撃の翌日、ギナールの屋敷を隠し通路からこっそりと出た真也は、カティとリーサを連れてアーレアの街を歩いていた。
「……この周辺だけは賑わってるわね」
大小様々な賭博場が軒を連ねる大通り、そこを行き交う通行人達に興味深そうな視線を送っていたリーサが、ポツリと呟く。
「ここは街の中心部で賭博場の為の区画だからな。その外は採掘者達の生活圏だから多少辛気臭いのも仕方がない。中心部は街の外からの客が多いし、貴族や豪商が結構お忍びで来ていたりするから華やかなのも当然だな」
「へえ……だから私達がこんな格好でも目立たないのね」
真也の説明を聞いて納得の表情浮かべたリーサ。
その服装はエプロンドレスであり、いわゆるメイド服だった。
淡い金髪をサラサラと風に揺らす美少女メイドがそこにはいた。
「なかなか似合ってるじゃないか」
「そう、ありがと。でもこれ使用人の服じゃない。あんまり嬉しくはないわね」
真也の褒め言葉を聞いても、リーサはどこか不満げな様子だ。
「そういうのが好きな男だっているんだし我慢してくれ」
「……アナタもこういう服が好きなの?」
「いや別に。単にそういう奴らもいるって話だ」
「何よ……なら、そんなどうでもいいこと言わないでよ……」
真也の言葉に少し何かを期待したような顔になったリーサだったが、すぐにつまらなそうな顔になってしまった。
「アナタもなかなか似合ってるわよ、召使いの格好が。私が主人だったらこき使ってやりたいくらいだわ」
「はは、そうならなくて良かったよ」
素っ気なく嫌味を言ってくるリーサに苦笑いを返す真也の服装は、いかにも執事というような燕尾服だ。
ノーマンの手下達に気付かれないよう、豪商の令嬢と二人の従者、といった設定で変装しているからである。
「うぅ……なあ、ホントにこの格好じゃなきゃダメだったのか?」
だが、カティはその服装が気に入らないようで、先程から情けない声で不満を漏らしている。
「あら、カティちゃんは一番いい役なんだからいいじゃない。すっごくかわいいわよ?」
「い、いゃ……アタシには、似合わねーよ……」
リーサに褒められたカティだったが、嬉しさよりも気恥ずかしさの方が勝ったのか、頬を染めモジモジとしている。
カティの着ている服は、豪勢にレースで飾り上げられた仕立ての良いワンピースだ。
彼女自身も瑠璃羽に丸洗いされて小綺麗になっており、いつものポニーテールは下ろされ、緩やかにウェーブのかかった銀髪をキラキラと日差しで輝かせている。
外見だけは、どこからどう見てもいいとこのお嬢様としか言えないものになっていた。
確かに内面的には全く似合ってないな、などと笑いそうになる真也だったが、今笑えばリーサから大顰蹙を買うことは目に見えているため、何とか堪える。
「そんなことないわ、すごく似合ってるじゃない!」
「で、でも……アタシはこんな服、ガラじゃねーし……」
「かわいいんだからそんなことどうでも良いのよ! ホントにかわいいわ! カティちゃんかわいい!」
「う……うぅ……」
リーサの褒め殺しに、カティは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
普段の自分との余りのギャップに戸惑っているようだ。
その反応を見ても、なおかわいいと連呼し続けるいい顔をしたリーサは、おそらくカティの恥ずかしがる様子を楽しんでいるのだろう。
面白そうだと思い、真也もそれに加勢することにする。
「可愛らしいお嬢様には大変お似合いなお召し物でございますよ」
「フンッ!!」
「痛っ!? スネを蹴るんじゃねえ!?」
「じゃあアタシをからかうんじゃねえ!!」
満面の営業スマイルで執事の真似事をする真也だったが、手痛い一撃を貰い悶絶させられた。
「おいコラ、リーサと対応が随分違うじゃねえか」
「リーサはいいんだよリーサは!」
「理不尽な……」
真也が扱いの違いに不条理を感じながらスネをさすっていると、こちらの方向を見つめている人物に気付く。
「良かったじゃないかカティ、向こうにもその服がお前に似合ってると感じた奴がいるみたいだぞ」
真也の視線の先には十歳そこそこの少年がいて、見惚れたような表情で着飾ったカティのことを見つめていた。
カティがそちらを向くと、少年は焦ったように視線逸らす。
「ああん? アイツもアタシのことをからかおうってのか?」
「いや、どう考えても違うだろ……」
「何が違うってんだ!?」
「……いや、分からないならそれでいい」
状況を全く分かっていないカティに呆れつつ、実りそうもない恋をしてしまった相手の少年に憐憫の視線を送る真也。
「テイムモンスターを連れてるわね、テイマーなのかしら?」
「この街で一番人気の賭博は闘技場でモンスター同士を戦わせるものだからな。そこにモンスターを供給してるテイマー見習い辺りだろう」
肩に小動物型のモンスターを乗せている少年に、情報収集のため話を聞いてみようかと考えた真也だったが、すぐに取りやめる。
「お喋りは終わりだ」
突然真剣な雰囲気に変わった真也に、カティとリーサも表情を引き締める。
その原因は、大通りの真ん中で周囲を威嚇するように睨みつけながらがに股で歩く三人の男達だ。
ビゲルの情報からあらかじめ目星をつけていた、ノーマンの情報を聞き出す為のターゲットである。
いかにも頭の悪そうな連中ではあるが、中心人物はノーマンの側近の一人であるため、何かしらの情報は持っている筈だ。
真也達は十分な距離を取りつつ三人組を尾行して行った。
男達は、貴族や豪商なども利用しているようなグレードの高いレストランに入って行く。
最近羽振りの良い彼らがこの店を利用していると事前に聞いていたため、計画通りの目的地だ。
真也達の変装も、この店に溶け込む為のものだった。
「お席にご案内いたし――」
「あそこの席がいい」
彼らに続きレストランに入った真也達が席に案内される直前、ウェイターの声を遮りカティが声を上げた。
彼女の指差す先の席は、ノーマンの手下達が座っているテーブルのすぐ隣。
「お客様には、よりふさわしいお席が――」
「聞こえなかったの? あそこがいい」
ガラの悪い連中が座る隣に、金持ちの令嬢風の客を案内する訳にはいかないのか、別の席に誘導しようとするウェイター。
だがカティは、わがままなお嬢様が気まぐれを突き通す、という風な演技で強硬に自己主張をする。
「あの席では何か不都合が?」
「……分かりました、そこまでおっしゃられるならご案内いたします」
更に真也が援護射撃をすると、渋々といった様子のウェイターに、ノーマンの手下達と隣り合うテーブルまで案内された。
真也は男達に最も近い椅子に座ると、背中越しに彼らの会話へと耳を傾けた。
出来るだけ粗暴で迂闊な人物をターゲットにした甲斐があり、全体的に話声が大きく、真也達の席でも何とか会話を聞き取ることが出来た。
ただ、そのほとんどが馬鹿話や愚痴といった下らないものだ。
そんな会話を聞き流しながら、出された料理に手を付ける。
店のグレードが高いだけあり、料理も食器も豪勢だ。
真也が葡萄酒を飲みながら輝く銀製のグラスを眺めていると、男達の話題が興味深いものに変わっていた。
「だがよ、こんなに派手に儲けて大丈夫なんかねえ? いくら幹部達がいないからって、やり過ぎればマズイだろ」
「ノーマンのアニキは急に大胆になったっすからね……」
二人の男が弱気な発言をしたが、側近の男だけは余裕の表情を崩さない。
「心配すんな、なんたって例の方が四日後にはこの街に来るって話だ」
「あんな大物がノーマンのアニキに向こうから会いに来てくれるってのか!?」
「大声出すな!! 闘獣杯の観戦を名目にノーマンさんに会いに来てくれるらしいぜ」
「なんだ、それならもう安心だな」
「ああ、だからいま気を配るべきなのは……おい、ちょっと待て……」
貴重な情報を聞くことが出来た真也だったが、何やら雲行きが怪しくなったことを感じ取る。
男達は訝しげに真也達の方向を見つめると、無言で立ち上がるのだった。




