71話 退避
華美にならない程度に装飾された広い部屋、そんな有力者の屋敷に備えられた客間のような一室に、真也達一行は身を隠していた。
炎上する宿から脱出した真也達は盗賊ギルドの本部へと逃げ込むと、ビゲルに事情を話し、彼の知る限り最も安全な場所へと匿って貰っていたのだ。
「クソが!! ノーマンの野郎、この街で火付けなんてことをしでかして、タダで済むと本気で思ってんのか!?」
真也達をこの場所まで案内したビゲルは、先程から苛立ちをあらわに怒鳴り声を上げ続けている。
「やかましい、大声を出すな」
「す、すいやせん……」
だが、いつまでも続く怒声に眉をしかめた真也がひと睨みすると、ビゲルは途端に態度が小さくなってしまった。
「ここは本当に安全なんだろうな?」
「へい、ノーマンの野郎でもここに手を出す程の度胸はない筈でさぁ」
ビゲルが自信満々に断言した理由は、真也達のいる場所が盗賊王ギナールの住居の客間だからであろう。
「そのノーマンって奴が今この街にいないギナールのことなんて気にせず、この屋敷にまで乗り込んで来るなんて事態にはならないだろうな?」
「流石にそれは……」
「盗賊ギルドのルールを平然と踏みにじるような奴に、今更ギナールの威光が通じるのかは疑問だがなぁ」
「……ここに逃げ込んだことはバレてねぇ筈だ。屋敷に入るときに通って来た地下通路は、アニキに近しい人間、それこそギルドの幹部クラスでなきゃ存在すら知れない隠し通路。ノーマン程度の奴が知ってる筈がねぇ」
ギナールの屋敷の隠し通路は前作にも出て来たものなので、プレイヤーならばその存在は知っているだろう。
ビゲルの言葉を聞いても、真也が険しい表情を変えることはなかった。
「例え攻め入られたとしても、この屋敷は安全ですよ」
その自信有りげな言葉は、今しがた部屋に入ってきた第三者のものだ。
真也とビゲルの話に割り込んできた人物は、昼に盗賊ギルドの本部で受付のようなことをしていたメガネの優男だった。
「建物は襲撃者を想定した構造になってますし、何より警備の者達が優秀です。現在のギルドで活動している構成員の中ではトップレベルの者達でしょう。まあ、本当にレベルの高い方々はギナール様について行ってしまったので今いる人員は少ないんですがね。それでも、皆が皆、ギナール様への忠誠心が高かった信用の置ける実力者達です。ノーマンの手勢程度に攻め落とされる心配はないでしょう」
「なるほど、それで、君はこの屋敷の警備責任者か何かなのか?」
「いえ、別にそういう訳ではないですよ」
優男は真也の質問をにこやかに否定した。
じゃあ一体何者で、なんで突然話に入ってきたんだ、と真也が眉をひそめていると、直後にビゲルが怒声を上げる。
「でしゃばるなルイス!! テメーは関係ねぇんだから引っ込んでろ!!」
「おや、これは失礼しました」
困ったような笑顔で部屋を出て行ったルイスと呼ばれた男。
その去り際、ごく自然な仕草を装ってはいたが、真也達全員に探るような視線を向けていたことを真也は見逃さなかった。
「あの男は?」
「あまり気にしないで下せえ、ただの連絡員なんですが、アイツが訳知り顔で口を挟むのはいつものことなんでさぁ」
「……そうか」
「とにかく、アイツが言った通りここは堅牢で、それは向こうも十分わかっている筈だ。もし居場所が割れたとしても、攻め入ってくるなんてバカなことする訳がねぇ」
ルイスの出て行った扉をじっと見つめながら険しい表情を崩さない真也に、ビゲルは安心させるように断言した。
「ただなぁ……最近のノーマン野郎は、様子が少しおかしいというか……何をしでかすか分からねぇというか……」
「おいおい、さっきと言っていることが違うじゃあないか。何か気になることがあるのか?」
しかし、すぐに前言を翻すようなことを言い始めたビゲルに、呆れの混じった口調で問う真也。
「いや、それがですねえ、あの野郎、少し前までは出来るだけ目立たねぇようひっそりと悪さをしていたんですが、最近では遠慮がねぇんでさぁ。ギナールのアニキがこの街に戻って来て、ケジメをつけさせられる可能性をノーマンはかなり恐れてた筈なのに、今はそんな様子が全くねぇ。賭博場での悪事も突然派手になったし、今回の火付けの件もそうだ。アニキの耳に届けば確実に消されるようなことを平然とやりやがる」
「ギナールのことをを恐れなくていい何かしらの事情があるという訳か」
「その可能性が高いと思いやす」
ビゲルの話を聞いて少し考え込む真也。
「取り敢えずはその事情とやらを探りつつ、ノーマンを潰すチャンスを窺うとするか……奴のレベルは把握してるのか?」
「四十には届かない程度だったと思いやす」
「なんだ、結構低いな」
「……それでも、今の盗賊ギルドじゃ最上位クラスなんでさぁ……」
「まぁその方が楽でいい。それで、根城はどこにあるんだ?」
「……いや、その、それが……」
「……分からないのか?」
「すいやせん、野郎は粛清を警戒してか、一箇所に長居しねぇで拠点を転々と移すんでさぁ」
「なるほど。だがまあ、賭博場を牛耳ってるならその周辺に必ず現れるだろう。そこを押さえればいい」
真也が当面の方針を決めていると、そのやり取りを聞いていた秀介が口を開く。
「隠密行動が主体になるなら、俺はあまり役に立てそうにないなあ」
「ああ、秀介には別行動で一つ確認してきて欲しいことがあるんだが、頼めるか?」
「……俺が出来る範囲のことにしてくれよ」
「話が早くて助かる」
具体的な話を出さずとも仕事を引き受けてくれた秀介に礼を言う真也。
そこに、今度は白石が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あの、僕も一之瀬さんの隠密行動に同行するにはレベルと能力的に不安が……」
「そういえばレベルはまだ十九だったか?」
「はい……それに、モンスターとの戦いに少しでも貢献しようと戦闘重視のスキル構成にしてるんです……〈気配〉スキルなんてまだレベル一なんです……」
「気にするな、そうしないと経験値がほとんど分配されないなんて事態になるから仕方なかっただろう」
同行するには明らかに能力不足で、気落ちする白石にフォローを入れる真也。
「まあ、今回は一人でも十分だから問題ないさ」
「おいおい、何言ってんだ、アタシはシンヤと一緒に行くぞ!」
単独行動を取ろうとする真也の発言に噛み付いてきたのはカティである。
「変な気遣いはいらねーよ。シンヤには返せねえくらいの恩があるんだ。少しでもシンヤの役に立つならアタシは何でもするぜ!」
「……お前はリーサに付いていてやらなくていいのか?」
「うう……」
威勢の良い言葉を放ったカティだったが、リーサの名前を出した途端に言い淀んでしまった。
だが、そこに当のリーサ本人が口を挟んでくる。
「あら、それなら問題ないじゃない。だって私もついていくんだから」
「ん?」
「カティちゃんはアナタの役にも立てるし、私を守ることも出来るわ。どう? 完璧でしょ?」
まるでそれが完璧な理論であるかのように自信満々で、かつ少しおどけた風に言ってくるリーサに、真也は苦笑いで返すことしか出来ない。
「返せない程の借りがあるのはカティちゃんじゃなくて私の方よ。借りを借りたままなんて性に合わないの。きっと何かの役に立てるし、足手まといになりそうなら自分で帰るわ。お願い、私も連れて行って」
一転して真剣な表情となり、真っ直ぐな瞳で見つめてくるリーサに、真剣な表情で見つめ返す真也。
「まあいいさ、そんなに役に立ちたいと言うなら働いて貰おうか。おいビゲル、ノーマンの手下の名前と特徴のリストを明日の朝までに作れ」
許可の言葉聞いて嬉しそうにしている二人をよそに、真也は翌日の準備を進めていくのだった。




