66話 新たな旅路
昼休憩が終わり、真也は再びイートゥスの外門まで来ていた。
目の前には、〈第二期EXP強壮薬〉のビンを片手で摘みつつ、怪訝な表情でそれを凝視する男。
この場所で真也は、盗んだ特典アイテムの返却を行っていたのだった。
「本当に本物なんだよな?」
「勿論ですよ。不安ならある程度レベルの高い誰かに〈鑑定〉を頼めばいいでしょう」
半信半疑といった態度の男が問いかけ、真也はそれにきっぱりと返答した。
「もっとも、飲んでみるのが一番早い確認方法だと思いますが。レベルを少し上げて解毒系のアイテムを用意しておけば、死ぬことはないですよ?」
「……おい」
まるでビンの中身が毒であるかのような真也の言い草に頬を引きつらせる男。
そんな男の表情に笑いそうになりながらも、真也はすぐに言葉を続ける。
「まあ、それは本物ですから心配はいりません。それと、これは迷惑料です」
「……まあ、別に損害はなかったから構わないが」
そう言って真也が五千ゴールドほど握らせると、男はどこか釈然としない顔をしつつも、取り敢えずは納得したのか街の中へと帰って行く。
盗賊以外の第二期プレイヤー全員に迷惑料を渡し、アイテムの返却をする作業は今の男で終わりだ。
ただ、柳田を除いた盗賊の中でも一人からは特典アイテムを盗んでいたため、真也はそれも返そうと考えていた。
「いつまでそこで見ているつもりだ?」
「す、すいません! 盗賊の僕にも返してもらえるのか不安で……」
門の陰に視線を向けた真也が問いかけると、そこに隠れていた若い男が慌てたように飛び出してくる。
まだ特典アイテムを返却していない最後の一人である盗賊の青年、白石優希だ。
「例外はないから安心するといい」
そう言って特典アイテムの小瓶を差し出した真也だったが、白石はそわそわとするばかりで一向に受け取ろうとしない。
「……どうした? 要らないのか?」
そんな青年の態度に眉をひそめた真也が問う。
「いえ、その、実は……ここに来たのは特典アイテムを返してもらうためじゃあないんです。そもそも、盗賊が盗んだアイテムはゲームのシステム上、もう一之瀬さんの物でしょう? システムで認められた行為に文句をつけて盗まれたアイテムを返してもらうだなんて、おかしいじゃないですか」
「……じゃあ、何の為にここに来たんだ?」
「それは……」
白石は少し言い淀んだ後、何か覚悟でも決めたかのような顔になった。
「一之瀬さん! 僕をパーティに入れて下さい!! その為にここに来ました!!」
意志のこもった声で言い放った白石だったが、真也はただ無言で見定めるような視線を送るだけである。
そんな真也の反応を見て、白石は説得するかのように語り出す。
「僕は、一之瀬さんに憧れてこのゲームに参加しようと思ったんです。自由奔放、思うがままに行動して、邪魔者は策を巡らし押し退け、最終的には弱きを助ける義賊になる。動画を見ていて痛快でした! 僕も一之瀬さんのようになりたい、そう思ってこのゲームの参加者選考に盗賊として応募したんですが、運良くチャンスが巡って来たので、出来れば一之瀬さんと一緒にゲームを攻略したいんです!!」
「……俺のパーティに入るならば、君は大きなアドバンテージを手に入れるだろう。だが、俺が君をパーティに迎え入れる利点が、果たしてあるんだろうか?」
「対価と言える程の物じゃあないんですが、僕に返す予定だった特典アイテムは一之瀬さんが有効に活用してもらって構いません。それに、柳田さんに言ってましたよね? 盗賊ギルドで活動する為に盗賊の人手は多い方がいいって。あれは本心から言っていたところもあったのでしょう? それなら盗賊の僕はきっと役に立つ筈です! 役に立つように頑張ります! いえ、役に立って見せます!!」
精一杯といった様子で自分をアピールする白石に、真也は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑顔を作る。
真也を見つめる白石の瞳からは、純粋な尊敬や憧れといった感情しか読み取ることができず、悪意や害意といったものは一切感じ取れなかった。
これが全て白石の演技であったとしたら、真也は完敗を認めざるを得ないだろう。
乗鞍のように笑顔の仮面で本心を隠す訳でもなく、剥き出しの感情をぶつけた上で、こちらにごく僅かな胡散臭さすら感じ取らせない程の演技が、経験の浅い年下に出来るなど、真也には到底思えなかった。
「そう言って貰えるならこっちとしても有り難いな……よし、分かった、白石君をウチのパーティに歓迎しよう」
「ありがとうございますっ!! きっと後悔はさせません!!」
真也は自分の洞察力を信じ、白石をパーティに受け入れることにした。
威勢の良い返事を返す白石を見た真也は、まあ何かしらの役には立つだろう、などと考えながらこれからの予定を立てるのであった。
柳田の騒動が一段落した日の翌日、真也達はイートゥスの街を出た。
旅のメンバーは、新たに白石を加え、真也、秀介、瑠璃羽、カティ、リーサと、これまで一緒にやってきた面子である。
ただし、乗鞍とは別行動だ。
彼と同行する約束は元々グラネルまでであったこともあり、イートゥスへと帰って来たときにはパーティを抜けていた。
救出作戦に協力する見返りとして馬車を手に入れた乗鞍は、NPC達の商隊に参加し、一足先に街を出たと言っていた。
ただ、乗鞍の目的地も真也達と同様〈賭博都市アーレア〉であるそうなので、そこで再び会うことになる可能性が高い。
今回の移動では乗鞍に渡してしまったために馬車がなく、お尋ね者のリーサを隠れさせる場所がない。
そのため現在、彼女は顔を隠す服装をして冒険者パーティの一員として振る舞っている。
いかにもファンタジー世界の占い師が着ていそうな、頭をすっぽりと覆ってしまうフードのついた薄紫色のローブとフェイスベールを装備しているため、例え知り合いだとしてもリーサであると気付けないだろう。
そんな不審な格好をしていたら目立ってしまいそうにも思えるが、どうということはない。
ここはファンタジーゲームの世界であり、冒険者達の装備には奇抜なデザインのものも多く、ローブとフェイスベール程度では目立つ程ではなかった。
今はもう天馬騎士達がリーサを捜索しているということもないので、見つかることはないであろう。
他のプレイヤー達の動画を見る限り、天馬騎士達は現在、マディソン男爵を王都に連行する部隊、グラネルで反乱軍の痕跡を調べる部隊、マウアー子爵の反乱軍への関与を調べる部隊の三つに分かれているようで、リーサを探すことなど二の次になっている風に思えたため、彼女らを過剰に警戒する必要もないのだ。
「それで、リーサは戦えるのか?」
「一応はね。これでもレベルは40もあるのよ?」
「……そんなに高かったのか」
リーサは中級のアイテムを錬金出来ていたため、ある程度レベルは高いと認識していたが、まさか自分よりも高いとは思っていなかった真也が驚く。
「ふふん、リーサは天才だってアタシが前に言っただろ?」
何故かカティが自慢げにそんなことを言ってくる。
この世界に住む人間のレベルアップはプレイヤーよりも圧倒的に遅いが、その成長速度にも個人差がある。
勿論プレイヤー程の成長速度はあり得ないが、才能のある人間はレベルが早く上がるのだ。
十六歳でそこまでレベルが高いとは、流石レイスコートの娘といったところなのだろう。
「でも錬金術をやり続けて上げたレベルだから、戦うことには余り向いてないの」
謙遜しているような言い回しもしているが、才能を鼻にかけていることが感じ取れる様子のリーサ。
錬金術で得られる経験値だけでレベル上げたのなら、〈技術〉と〈魔力〉と〈精神〉に偏ったステータスで、生産系のスキルばかりなのかも知れない。
打たれ弱く回避能力も高くなさそうなので、レベルが高いからといって余りアテにはできないだろう。
「じゃあ、無理せず後衛でサポートに徹してくれ」
「……向いてなくても、アイテムを使えばその辺の冒険者なんかよりは戦えるんだからね」
「ああ、頼りにさせて貰おうと思っているさ」
頼られていないと感じたのか不満げな口調となったリーサに、真也は苦笑しつつ返す。
「それで、白石君の武器は何にしたんだ?」
戦力の確認のため、真也はもう一人の新参者にも話を振った。
「スリングショットとロッドですね」
「スリングショットは分かるが、盗賊なのにロッド?」
「はい、僕、魔力型の盗賊を目指してるんです。他の盗賊の方が〈魔力〉に依存したスキルを使っていたのを見たので、ありかなって。それに、前作であった〈スペルスティール〉が今作でも習得出来る可能性はありますしね」
「なるほど」
後発組の特権で第一期プレイヤーの動画から得た情報を活かし、更に前作の情報から今後習得可能であろうスキルを予想して、ステータスの振り分けと取得スキルの計画を立てているようだ。
そこで、真也は秀介へと視線を送るが、秀介は仕方ないと言わんばかりに肩を竦めるのみだ。
出来れば白石には前衛を手伝って貰いたかった真也と秀介だが、ゲームを始める前から計画的に決めていたことを変更させるのは難しいだろうと諦める。
六人もいて前衛が二人というなんともアンバランスなパーティとなってしまったが、現状でなんとかするしかないだろう。
そんなことを考えながら、真也は〈賭博都市アーレア〉への旅路を行くのであった。




