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63話 窃盗依頼

「柳田さんですね? 取り敢えず、お話は伺いましょう」

「いやぁ、いきなりすいませんねえ……おっと、海堂さんも来ていたんですか。悪いんだけど、内密な話をするんで席を外してもらえませんかねえ?」


部屋に迎え入れられた突然の訪問者は、秀介の姿を見つけると図々しくもそんなことを言うのだった。


真也が目配せをすると、秀介はやれやれとでも言いたげな様子で小さく肩をすくめ、部屋を出て行く。

その際、秀介が何かかわいそうなものを見るような目で柳田を見ていたのは、恐らく真也の気のせいではないだろう。


「さて、それでお願いとは? 内容によってはお受けすることも考えましょう」

「ははは、あなたは受けざるを得ませんよ」


殆ど受けるつもりなどないと仄めかす真也に、余裕の笑みで返す柳田。


「あなたには、ある物を盗んでもらいたい」

「それは、第二期プレイヤーの特典アイテムか何かですかね?」

「その通り。アイテム名は〈第二期EXP強壮薬〉。飲むと十回分レベルアップに必要な経験値が半分になる後続プレイヤー救済アイテムです。ちなみにそれは、使用できるレベルを四十までに制限されてますが、一つだけしか使えないという訳じゃあない。後は、分かりますよね?」


単に取得経験値を二倍にする、という訳ではないところがなんともいやらしい仕様だ、と真也は思わずにいられなかった。

その特典アイテムは、明らかに盗賊とその他のプレイヤーの駆け引きを誘発するものである。

盗賊は当然盗もうとする筈だ。

盗まれることを防ぐ一番の方法はさっさと使ってしまうことだが、アイテムの仕様がそれをためらわせるだろう。

このゲームのレベルは、上にいけば上にいく程上がりづらくなることが分かっている。

ある程度レベルを上げ、第一期プレイヤーとのレベル差を詰めてから使用すれば、彼らのレベルを追い越すことも可能だろう。

低レベルのうちに使ってしまうのは、明らかに損だ。


第二期プレイヤーが先行者達に追いつける可能性を提示しつつ、それが出来るかどうかは彼らのプレイ次第。

大した苦労もしないで簡単に追いつかせる気はなく、プレイ動画的にも、そちらの方が盛り上がると運営は考えたのだろう。


「おっと、まさか盗んだものを自分で使おうだなんて考えてないでしょうね? もちろん、あなたには無用の長物ですよ。名前の通り、第二期プレイヤーにしか効果がありませんのであしからず」

「それは当然でしょうね」


真也が本気で盗もうと思えば、圧倒的レベル差によって容易に盗めるため、運営が特典アイテムを真也にとって有用なものにする筈がない。

真也が盗むとすれば、純粋に第二期プレイヤーを妨害する目的となる。

そのターゲットとなる可能性が最も高いのは柳田のような盗賊プレイヤーだ。


「おおコワイ、そんな獲物を見るような目で見ないで下さいよ」


その辺の事情を理解しているのか試す目的で刺すような視線を送った真也に、おどけて応える柳田。


「言ったでしょう? あなたは受けざるを得ないと。この依頼の報酬は、リーサさんの居場所を秘匿すること、なんていうのはどうでしょうねえ?」

「なるほど。ですが、ゲームの世界では身元不明の盗賊であり、リーサの事情など知る筈のない柳田さんが、一体どれほどのことが出来るのでしょうね?」

「やりようはいくらでもあるでしょう? 例えば、オースティン公爵の隠し子があの街にいるらしい、といった噂を触れ回ったら、何かしら不都合が生じるのでは?」

「彼女を守りたいであろうNPCに消されるかも知れませんよ?」

「その場合は王党派にでも匿ってもらうことにしましょうかね、お告げの英雄として」


盗賊プレイヤーがこのように脅しをかけてくることは予想していた。

リーサを真也が匿うのではなく、グラネルで会った例の盗賊に任せてしまえば全て問題は解決するのだろうが、それでは動画的に面白くない。

リーサを匿う難易度を下げるため、また、彼女やその関係者といった重要人物との繋がりを維持する為にも、こういった輩にはしっかりとした対処をしなくてはならないだろう。


「あなたがこの依頼を受けてくれないのなら、私はこのゲームをあなたへの嫌がらせで費やす覚悟です。犯罪者でもない私を排除することは難しいでしょうね、プレイヤーはPKなんて出来やしないんだから。どうです? 選択肢はないですよ?」


どう処理してやろうかと考える真也だったが、状況はすぐに変化した。


「……と、いうのは建前です。あはは、いやぁ、ごめんなさいね、脅すようなことを言っちゃって。安心して下さい、本気でそんなことはしませんよ」


先程までは不敵な表情だった柳田が、一転して明るい笑みを作りながらそんなことを言った。


「……では、どういうおつもりで?」

「ですから建前ですよ。一之瀬さん、どうせ今の会話も録音してるんでしょう? それを公開して、脅されて仕方なく盗んだんだ、リーサを守る為には仕方がなかったんだ、という言い訳にでも使って下さい」

「……まあ、あなたの依頼を受けるとしたら、そうしましょうか」

「まあまあ、そんなこと言わずに、受けて下さいよ。ああ、もちろん、先程言ったことは冗談ですから、しっかりと報酬は用意しますよ」

「今からゲームを始めるような柳田さんに、私への十分な報酬など本当に出せるのか疑問ですね」

「出せますよ、一之瀬さんの欲しいだろうものを」


自信に満ちた表情でそう断言した柳田は、更に語り出す。


「今まで判明した情報だけで考えれば、ゲームのクリア条件は政治的混乱の解決である可能性が高いですよね。そして、その解決に関与しようとするのなら、個人じゃあ話にならないことは誰でも分かります。これからプレイヤーは皆、どこかの組織や派閥に入り込んでいくでしょうねえ。お告げの英雄という肩書や、プレイヤーとしての特異性を活かしでもして」

「まあ、そうなるでしょうね」

「一之瀬さんは革命軍に近づくつもりですよね? しかし接触方法が分からない。なのでそれに関係していそうな組織、盗賊ギルドを探るのでしょう?」

「それはどうでしょう? ですがまあ、盗賊ギルドは盗賊王ギナールの作り上げた組織ですから、当然調べてみるつもりです」

「でしたら、それを私が手伝いましょう。盗賊の組織を調べるなら、仲間の盗賊プレイヤーは多い方がいい筈です。もちろんリーサさんを匿う手助けだってしますよ。それが報酬ということでいかがです?」


実に下らない話であった。

報酬と言いつつ、その目的は真也の行動に便乗し、いち早く最前線に行くことであるのは目に見えている。

さらに、大した苦労もせず、リーサを匿うというポジション、重要人物達に関われる可能性の高い貴重な立場も手に入れるつもりなのだろう。

何から何までこちらを利用し尽くし追い抜こうという意図が透けて見える。

全くもっておこがましい。

真也はそうとしか思えなかった。


乗鞍が似たようなことをして成功した手法を浅はかにも猿真似したのだろう。

だが、こんな依頼を受けるバカはいない。

だからこそ、初めに脅しをかけたのだろう。

それはやはり建前などではなく、立派な交渉の材料だ。

建前などと言ったのは、同行する以上、脅迫関係を極力意識させない体裁を取りたかったのだろう。


この依頼を受けるメリットは限りなくゼロに等しく、受けなかった場合のデメリットも、どうにか出来ない訳でもない。


「それはありがたい。柳田さんとは、とてもいい関係が築けそうですね」


だが敢えて、真也は柳田の依頼に了承の返事を返すのであった。

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