62話 第二期盗賊プレイヤー
救出作戦を終え、真也達〈穀倉都市グラネル〉に来たときに通った街道を再び三日かけて戻り、〈港湾都市イートゥス〉へと、無事にリーサを連れ帰ることに成功していた。
リーサは現在、街の地下に広がるダンジョンに身を隠していて、真也達以外で彼女がそこにいることを知っている人物は居らず、一先ずは安全な状態を確保している。
だが、いつまでもそんな場所に隠れ続ける訳にもいかないので、それは一時的な退避でしかない。
ほとぼりが冷めた頃を見計らって他の街に移動し、リーサが最低限の生活は送れるようにするべきだろう。
ただ、今はそれよりも優先するべきことがあった。
『いよいよ第二期のプレイヤーが入ってくるそうですが、皆さんはどう思いますか?』
テレビに映るバラエティ番組内で、進行役をしている今人気の女子アナウンサーが他の出演者、三人の芸能人に話を振った。
『いやまあ僕達はね、一般プレイヤーの方とはまだ余り関わらないでほしい、って運営さんからの要望があるんで何とも言いづらいというか』
『あ、私、その制限もうすぐ無くなるかもって話、スタッフさんから聞きましたよ』
『おお! そんなもんすぐにでも取っ払ってくれたら嬉しいんだけどねえ。その制限のせいでゲームの攻略に関わりづらくてかなわんからなあ』
実は熱狂的なゲームファンだったという大御所男性アイドル、オタク趣味を売りにした有名女性アイドル、ゲームやマンガといったサブカルチャーが大好きな人気男性芸人、そんな三人が雑談するようにコメントをしている。
いずれも知名度の高いタレントで、日曜のゴールデンタイムに相応しい顔ぶれだ。
この番組は、三人の芸能人がクロスストーリーズオンラインをプレイするVTRを流し、でそれについてトークをするといったものである。
真也はホテルの自室においてパソコンで情報収集をしながらも、毎度のごとく部屋に来ていた秀介と、その番組を適当に流し見ていた。
『まあ、一般プレイヤーの方達が起こした大きいイベントに参加出来なかったのは少し悔しかったかなあ』
『でも、街の人から頼まれるクエストも楽しかったですよね?』
『めっちゃ困ってる人多くて笑いましたなあ。それも、お使いクエスト多くない!? って感じで』
『お使いクエストはRPGの定番ですからね。子供に頼まれて病気の母親の為に品薄な薬の材料を取りに行くクエストなんて、いい話だったじゃないですか』
『狩場の異変のせいで、そういうお使いをしてくれる冒険者が求められてたんだろうね。僕が一番楽しかったのは――』
話が脱線し、これまでの冒険についての話で盛り上がる三人だったが、カンペで指示でもされたのか再び第二期プレイヤー達の話に戻る。
『私はやっぱり新規特典が何か気になりますね! 他のゲームなんかじゃ少し強い装備とか経験値ボーナスとかが定番なんですが』
『経験値ボーナスか……レベルとか追い抜かされないようにしたいなあ』
『第二期は二十二人いるんだったっけ? ていうことは、それだけリタイアが出てるって話でしょ? コッワイわ~』
タレント達が思い思いのコメントをし、その区切りのいいタイミングでアナウンサーが新たな話題を振る。
『こちらが第二期プレイヤーの方々の一覧になりますね。皆さんの注目は誰でしょうか?』
スタジオのモニターに二十二人の名簿が大きく映し出された。
『やっぱり彼らでしょうねえ』
『ですよねえ』
『また何かやらかすんじゃないかって期待がある奴らだしねえ』
タレント達のコメントに合わせてモニターの名簿が絞られ、四人のプレイヤーに注目が集まる。
その四人の〈職業〉は、皆一様に盗賊であった。
『盗賊のプレイヤーは大きな騒動を起こした上で、一人を除いて全滅してしまいましたから、やはり注目が集まりますよね。ですので実は今回、ゲストの方をお招きしております。職業を盗賊に選んだ第二期プレイヤー――』
女子アナの声に合わせてスタジオの舞台セットである派手な扉が開き、その奥から一人の男が姿を現す。
『――のことについて意見を語っていただく、クロスストーリーズオンライン評論家の日村拓未さんです』
「なんでだよ!?」
思わずテレビにツッコミを入れてしまった真也。
「そこは普通、第二期プレイヤーの盗賊が出て来るところだろうが……日村があのゲームの評論家とか、一週間以内で消えたお前に一体何が評論出来るってんだ……」
「ははは、まさかの日村か。ていうかそもそもクロスト評論家ってなんなんだよ? 自称評論家なのか? 胡散臭過ぎて笑えるな」
テレビに映る鬱陶しいほ程キマったイケメンヘアに残念な芸人顔の男を見て、げんなりとしながらボヤく真也と、ツッコミながらも笑い飛ばす秀介。
『皆さんご存知の通り、日村さんはゲームの初期に盗賊プレイヤーとして活躍した経験がございます。盗賊の事情に詳しいと思われるので、新規四人の盗賊達はどう動くと考えられるのか、お話を伺ってみましょう』
『どうもこんにちは。このゲームの盗賊に関しては専門分野なので私の話は参考になると思いますよ』
女子アナに促され話し出した日村は、何故か権威でも気取るような偉そうな態度だった。
「コイツ、テレビに呼ばれたからって調子に乗ってんなあ……」
「まあ、日村らしくていいんじゃないか? どうせネタ枠のゲストだろうし、生あたたかい目で見守ってやろうぜ」
少しだけイラッとした真也を、秀介は半笑いでたしなめる。
『新規の盗賊達の行動で注目すべきところは、とあるキーマンとの関わり方でしょうねえ』
『キーマンとは、現在唯一の盗賊、一之瀬真也さんですね?』
『もちろん。奴と敵対して視聴者を奪うのか、同調しておこぼれに預かるのか、はたまた関わり合いを避けるのか、そこが見どころでしょう』
『日村さんはどうなると思いますか?』
『まず間違いなく敵対すると思いますよ』
『どうしてでしょう?』
『一之瀬真也は信用できない口だけ野郎だからです』
『……え?』
『奴と手を組むなんてバカのすることです。あの裏切り者に協力する盗賊などいる筈がない』
呆気に取られた女子アナをよそに、日村は自信満々といった様子で言い切った。
『ははっ、個人的な恨みがめっちゃ入っとるやないかい』
そこに人気芸人の男がツッコミを入れた。
『どこがです? 全て専門家である私が客観的に見た結論です』
『専門家て……そもそもアンタ、ただちょっとゲームに参加してすぐにリタイアしただけやん。それに、アンタのプレイも相当ゲスかったやないか』
『私のプレイは単なる悪役ロールプレイですよ。でも一之瀬真也は違います。あれは生まれながらのペテン師です』
『じゃあどんなとこでそう判断出来るん?』
『そんなの奴の雰囲気を見ていれば分かることでしょう?』
『具体的な根拠ないんかい!? 全然客観的に見れてないやん!? スタッフも随分とアホな評論家気取り連れて来たなあ……』
『アホとはなんだ!? 私は専門家としてここに呼ばれているんだ! それ相応の敬意をだな――』
『ていうかアンタ、自分はロールプレイだとか言ってるけど、他のゲームのプレイ動画でも地雷プレイのゲス行為ばっかりやってるじゃあ――』
芸人と日村が喧嘩腰の言い合いを始め、他の出演者達は苦笑いを浮かべている。
「傍から見てる分には面白いな、コイツ。ピエロの才能がある。まあ、演技じゃあないんだろうが」
「番組は盛り上がるし、なんか妙な人気が出そう。これはホントにクロスト評論家として売れちゃうかもな、炎上芸人的な感じで。テレビでお前の悪口言い続けそう」
「ハッ、勝手に頑張れってところだな。今の状況じゃあ、余り共感は得られないだろうがな」
「ははは、救出作戦で随分とイメージ良くなってるからなあ」
日村の話で笑いながらテレビを見ていた二人であったが、真也は急に思案顔になる。
「まあでも、日村の意見もあながち間違いじゃあない」
「確かに、邪魔になりやすい同業者じゃあ、お前が素直に協力体制を作るのか疑問だし、信用はされないかもな」
「お互い様だがな。でもそれとは別に、運営の都合まで絡みそうに思える」
「運営の?」
「現在のトッププレイヤーが新参の盗賊達と手を組みその地位を盤石にする展開と、俺と新参盗賊がトッププレイヤーとしての地位を争い潰し合う展開、どちらがプレイ動画の視聴者的に面白いと思う?」
「……運営が意図的に野心的な盗賊プレイヤーを採用するかもってことか?」
「単なる予想でしかないが、ただ、そういう盗賊は必ずいるだろう。第二期プレイヤーはもうホテルに入っているらしいから、俺を追い落とす為に動き出しているかもな」
「ははは、トッププレイヤーさんは大変だねえ」
そんな会話をした直後、部屋の呼び出し鈴が鳴り響いた。
「……噂をすればなんとやら、ってところか?」
そんなことを呟きながら玄関へと向かいドアを開けると、そこには予想通りの人物、新参盗賊プレイヤーの一人が立っていた。
「こんにちは一之瀬さん。少しお願いしたいことがあるんですよ」
そして不敵に笑うその男は、とても人にものを頼むとは思えない態度で、一方的にそんなことを言ってくるのだった。




